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額装少女  作者: Little Curly
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第9話 新しく


 新学期、少し早く教室にたどり着いてしまった。

 教室では早くも仲良し同士集まって夏休み中の出来事を打ち明けあう姿が見受けられる。

 未織と学校で会うの、緊張するな……。

 ドアが開くたび、ドキドキする。未織、まだかな。


「あ」


 来た。柔らかい色の、長い髪。

 なんだか懐かしい制服姿。

 夏休みで、私服ばっかり見てたからかな。逆にちょっと新鮮だ。


「……」


 目があった。未織がこっちへ来る。


「おはよう、かなた」


 一学期までとは違う、その呼び方。

 一学期までとは違う、二人の新しい関係。

 夏休み中、そうだったのに、今更になってまたどきどきする。


「おはよう、未織」


 まだ、教室に人は半分もいない。

 二人の関係が変ったことに気づく人も、いない。


「なんか、緊張するね」


「うん……」


「宿題、忘れなかった?」


「大丈夫、全部持ってきた」


 お互い、会話がぎこちない気がする。


「あ。友達、来たみたい。また後でね」


「あ、うん……」


 未織は未練なくあっさりと離れていく。ちょっと寂しい。

 今日の学校は半日でお終い。

 放課後は、二人で帰る約束だし、まあ、いいか。



 セミが鳴いている。


 夏休みが終わったと言っても、まだ暑い。

 夏が終わったわけじゃないからな。


 帰り道でようやく二人きりになって、学生の多い道を外れて歩いた。


「はぁ~。なんか、ほっとするねぇ」


「緊張した?」


「うん、すごく。なんか、避けちゃったかも。ごめんね」


「傷ついたなぁ」


「えっ、ほんと? ごめんね、わたし、無神経で……」


「うそ、うそ。冗談だよ。俺だって緊張したから。避けちゃっても大丈夫」


「ほんと……?」


「うん。平気」


「学校で、どう振舞ったらいいかな。むずかしいね」


「自然にしててよ。そのうち慣れるよ、きっと」


「うん。でも、嬉しいな」


 いまみたいな、瞬間。

 未織が俺のこと好きなんだって、実感する。

 だから、繋いだ手に力をこめる。痛くない程度に、強く。


「かなたは、昨日も学校に来てたんだよね? 部活、文化祭の絵、描いてたの?」


「そう。合宿の仕上げ」


「楽しみだね」


「うん、ありがとう。……中々、未織の絵、描けなくて、ごめん」


「ううん。文化祭の絵を優先して。

 それが終わったら、ゆっくりでいいから、お願いね」


「うん……」


 胸がじりじりする。


 実は期待をこめての謝罪だった。

『そんなの、もういいよ』って言って欲しかった。


 やっぱり、ダメなのか。


 未織の絵を描かなくちゃいけない。

 絵を描き終えたら、別れなくちゃいけない……。


「どこか、喫茶店とか、入る?」


「ううん。少し、歩こう。未織の家まで、送っていこうか」


「ここからだと、ちょっとかかるよ?」


「未織が大丈夫なら」


「じゃあ、途中まで」


 日陰を選んで歩く。

 時折店先で、流れ出てくるクーラーの冷気をありがたがりながら、未織の家へ向かっていく。


「夏休み、終わっちゃったなぁ~。もうちょっとだけ、欲しかったかも……」


「この日が来ると、毎年、後悔しちゃう。

 あれもできた、これもできた、でも、できなかった。

 そんなふうに考えちゃう。損な性格だよね」


「無理もないよ。何事も完璧に計画通りには行かない。

 俺は、でも、今年はよかったよ。

 宿題も前半に終わらせることができたし。未織のおかげでね」


「本当? よかった」


「うん。よかった。未織のおかげで、楽しかったよ。夏休み。

 今までで一番、楽しかった。

 今までで一番、終わって欲しくない夏休みだった」


「でも、学校で毎日、会えるよ」


 指先が、さっきから、触れ合っては離れていく。くすぐったい感じ。


「でも、学校じゃさ。なんか、気恥ずかしくて」


「うん、わたしも、ちょっと……。でも、毎日会えるの、嬉しいよ」


「それは、俺も。だけど、やっぱ、憂鬱だなー、新学期」


「進路も決めなきゃだし?」


「そうそう。はぁ、何も考えてない」


「わたしも、これから」


「だよねぇ。まあ、いいか。まだ、あと半年くらいは」


「かなたは、絵の学校とか、行かないの?」


「美大ってこと? 無理無理無理、あんなところ。

 みんな、腱鞘炎になるまで絵描いて受験するんだよ。俺には無理」


「そうなの?」


「第一、絵を本気で学びたいなんて思ったことない。部活でやるくらいが丁度いい」


「そうなのかなぁ。勿体ないなあ。素敵なのに」


「勿体ないことなんかないよ。それより、ちゃんと就職できるような学校行くべき」


「堅実なんだ」


「将来安泰でしょ? どう、俺、優良物件?」


「あはは……」


 未織が笑う。それからふと、思い出を確かめるみたいな沈黙が続く。


「本当に、楽しかったな。夏休み」


「……うん」


「水族館行って、一緒に宿題やって。

 映画館はしごしたり、お買い物したり。

 お祭りも、プラネタリウムも、花火大会も……、

 ううん。なんでもない日だって。

 かなたが居ると、いつだって、特別な日だよ。ありがとう」


「それは、こっちの言葉だよ、未織。ありがとう。新学期も、よろしくね」


「うん。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げあう。

 いろいろ不安もあるけれど、夏休みは終わらずにいてくれない。


「……二学期は、忙しくなるね。文化祭があって、中間テストがあって、体育祭」


「それから修学旅行があって、期末テストがあって。そしたらもう、冬休みだ」


「きっと、あっという間だね」


「きっと、楽しいよ」


「うん。今まで以上に、楽しいと思う。だって、彼方が一緒だもんね」


 照れ隠しなのか、繋いだ手をぶらぶら揺らす。


「待ち遠しいね」


 少しだけ、俺は嘘をついた。


 楽しみなことが近づくたび、未織との別れも、近くなるから。

 いや、違う。こうも考えられる。

 そういう楽しい時間を重ねて、未織が別れたくなくなるようにすればいい。

 これは、チャンスなんだ。


「俺、頑張るよ」


「うん? あ、文化祭? 絵、楽しみにしてるよ。頑張ってね」


「うん」


 この手を離さずにすむように。俺は、できる限りのことをしよう。


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