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額装少女  作者: Little Curly
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第6話 プラネタリウム-1


「おーっ。山だ~!」


 伊藤の能天気な声がバス中に響き渡るのは、彼女がカラオケのときからマイクを離さないせいだ。

 バスの窓の向こうは、一面深緑。

 さっきからバスが坂道を曲がりながら上っていく。


「……うぇ」


 ……気持ち悪い。

 乗り物酔いはしないと思って油断してたけど、山道は舐めちゃいけなかった。


「部長、ほら、山だよ」


「……てか、さっきからずっと山じゃん」


「あ、ほら、あっちにも山だ」


「……」


「山が山ほどあるよ~!」


 伊藤は元気だな。



 長野県某所のキャンプ場へたどり着き、ようやく解放感を味わう。


「到着。みんなお疲れ様。まずお弁当にしよう」


「わーい、お弁当だ! 香村の弁当は未織の手作りかなぁ?」


「そんなわけないだろ」


「ちぇっ」


 二年生が二人だけだからというのもあるが、伊藤が露骨に俺をロックオンしてくる。

 勝手に隣に座って弁当を広げ、更に俺の弁当を興味深そうに覗き込んだ。


「あ、でも、おいしそ」


「どーも。未織も今、ちょうど旅行中だぜ」


「ああ、恒例の家族温泉か。でもこの時期なんだね、珍しい。

 いつもはお盆は避けてるのに」


「俺の合宿と重なる日程にずらしたらしい。

 そうすれば、会えない時間が減るから、って」


「あーん? 見せつけやがって、生意気だなあ。このから揚げは没収だ」


 迫り来る箸を手で遮って、弁当を遠ざける。

 そんなことをやっていると、松尾先生の声が聞こえてきた。


「お弁当食べたら、好きな場所で描きはじめて。

 ただし、あの樹は画面に入れること。せっかくそのために来たんだからな。

 あとは、まあ、好きに描いて。あ、この絵を文化祭の展示作品にしてもいいから」


 まばらな部員の返事に頷いて、先生は合宿所へと姿を消す。

 途端に解放感を得て部員たちがお喋りになった。


「それにしても、伊藤がちゃんと参加するとは思わなかった」


「なんで? 合宿楽しみだったよ」


「だって、風景画なんてつまんなーいとか言うかと」


「静物画よりはマシだもん。自然好きだし。

 プラスチックのリンゴ描くより、全然良いじゃん」


 おかずもまだ食べてないのに、伊藤はデザートのりんごのうさぎをかじる。

 この常識に捕らわれない行動が作風に表れているのだろうか。


「なるほどね」


「香村のほうこそ来ないと思ったけどなぁ~」


「俺、一応、部長なんだけど……」


「未織と離れたくない! って言うかと」


「お前な……」


「でっ? でっ? この夏休みはいかがお過ごし?」


「いいだろ、別に」


 露骨に華やいだ声が鬱陶しい。

 相手が伊藤じゃなきゃ、喜んでノロケてやるんだけど。


「良いじゃん教えてよ~。

 あ、言っとくけど気になってるのは香村のことじゃないからな。

 未織が楽しそうにやってるか知りたいんだよ~」


「……。普通に、映画とか、美術館とか、宿題やったりとか」


「わぁ、ふっつぅ!」


「だから、普通って言ったじゃん」


「未織を振り回してないでしょうね?」


「ないよ。大体、予定は二人で相談して決めてるし。

 どっちかがどっちかを無理に誘ったりはしないよ」


「ふーん、なるほどね。微笑ましいことで。順調なようで何よりです」


「何なんだよ、一体……」


 りんごを平らげた伊藤は、ようやくお弁当本戦へ進んだようだ。

 妙に凝った絵を海苔や錦糸卵や桜でんぶで描いている。

 これは俗に言う痛弁だろうか。


「ううん。ただ、未織が心配だったんだってば。

 あの子、あれで案外、我慢強いっていうか、やせ我慢しちゃう子だから。

 気づいてあげてよ、香村。支えてあげてよ。未織をよろしくね」


 伊藤の箸の先が何の惜しみもなく、弁当の中のせっかくの絵を切り取ってしまう。


「言われなくても、そのつもりだけど……」


 意外だな。伊藤がこんなにちゃんと考えてたなんて。幼馴染は伊達じゃないのか。


「かーちゃんみたいだな伊藤は」


「そうさ。あたしは未織のかーちゃんさ」


「伊藤が義母になるのは嫌だ」


「あたしだって願い下げだね」


 それからどうでも良い話をしながら、弁当を食べ進めた。

 伊藤は一方的に文化祭の絵の構想を語って、俺をむやみに焦らせる。

 文化祭の絵、まるで考えてない。

 かと言って未織のクロッキーなんて提出したら、余計にからかわれるだろうし。


「さて、ごちそうさま! 私は良いポジション探しに出かけるかな」


 食後すぐにも関わらず、大樹のほうに走っていく。

 ついでに一年生グループにちょっかいをかけて。

 元気だなあ。もの静かな未織と、よく友達づきあいがあったものだ。

 正反対だと、案外仲が続くっていうやつかな。


「支える、ってなぁ」


 伊藤の言葉を思い返して、呟いてみる。

 誰かを支えるなんて、今まで考えたこともなかった。

 できるのかな、俺に。

 未織は、約束の理由だって打ち明けてくれないのに。



 合宿所に引き上げて、風呂から上がって、割り当てられた部屋で過ごす。

 美術部は学年分けができるほど部員が居ないので、大雑把に男部屋と女部屋に分かれている。

 女部屋のほうが人数が多く、壁越しに騒がしいはしゃぎ声が漏れ聞こえ、男部屋の一年生を怯えさせていた。


「あ」


 ポケットで携帯電話が振動した。

 きっと、未織から電話だ。よかった、旅館に電波届いてて。


「俺、ちょっと出てくる」


 一年生に言い残し、ロビーへ向う。

 先生と鉢合わせないかドキドキしたけど、これくらいは見逃してもらえるだろう。

 息を整えて、通話ボタンを押して、一声。


「もしもし」


『もしもし。こんばんは。今、大丈夫?』


「うん。今は、就寝前。十時には寝ろって言われてる」


『そうなんだ。わたしは、ご飯食べ終わったところ。

 今、パパもママも二度目のお風呂』


 未織の声は、電話を意識してるのか、いつもよりちょっとだけ大人っぽい、よそ行きの調子だ。


「いいね。あ、さっきの写メ、見たよ。浴衣似合ってるね。可愛い」


『ほんと? ありがとう』


 合宿所へ戻る道で受け取ったメールで、どれだけ疲れが吹っ飛んだか。

 未織はすごいぞ、特効薬だ。


『かなたも、素敵な場所で、絵描くんだね。描いてる途中の絵も、見てみたいな」


「まだ全然下書きだから。色乗せたら、また写メ送るよ」


『うん。待ってる。お土産、楽しみにしててね」


「うん」


 お土産と聞いて、自然と携帯電話に下がるクラゲのストラップを見ていた。

 なんとなく、外へ出てみる。


 さすが山で、この時期でも少し肌寒いくらいだ。

 虫の鳴き声が沢山聞こえる。

 見下ろす景色に、星空が広がっていた。


「うわ……」


『どうしたの?』


「ううん。今、外に出たんだ。空がさ。星が、すごく綺麗で」


『山だもんね。いいなぁ……』


 夜空を見上げると、平衡感覚が狂いそうなほどに――

 それはもう、たくさんの、一面の星が瞬いている。


「空の向こうに宇宙があるんだなあって気がするよ」


『いいなぁ。絵に描いて、わたしに伝えて?』


「こんなの、絵に描けないよ。直接、見に来なくちゃ」


『あ、今度、プラネタリウム、行きたいな』


「いいね。旅行から帰ったら、一緒に行こう」


『うん』


「……本当に、すごいんだ。

 この景色、未織にも見せたいな。未織と一緒に見たかったな」


『うん……』


「いつか、一緒に来よう」


 返事を期待して、そう問いかけた。


『うん』


 素朴な返事からは、真意は読めない。

 けど、そう言ってもらったことを、今は喜んでおこう。


『あ、パパとママ、帰ってきた。それじゃあ、切るね。おやすみなさい』


「うん。おやすみ」


 いつか、一緒に。今度。


 ちょっとずつ、未織と歩む未来を思い描く。

 いつか叶うように。

 未織が同じ願いを抱いてくれるように。


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