ロバートの憂い
今度は父の話です。
短くまとめる予定だったのですが思ったよりも長くなってしまいました。
『個性』という単語が出てきますが、その説明は10話以降になりそうです。
拙い文章ですが、続きも読んでもらえるとうれしいです。
アルが生まれたあとすぐに、僕はアーグラス砦に召集された。
アーグラス砦の近辺では少し前から魔物が異常発生しており、手を焼いていたのは知っていたがまさか呼び出されるとは思ってもいなかった。
アーグラス砦までは馬をとばしても1か月はかかる。僕の街からその砦に行くのは僕と、その護衛の数名だけだ。そんな遠くまで僕が行く理由は一つしかない。砦の守りの強化だろう。
僕の個性は攻撃には何の役にも立たないが、守りを固めるにはうってつけだ。
僕の個性は単純だ。ただ、シールドを張る。それだけ。
シールドの数は一つだが、そのシールド大きさは守るものの大きさに比例する。人を守ろうとすれば、その人の全身を覆うシールドが現れ、城を守ろうとすれば城を覆うシールドが現れる。
つまり、守れるものはたったの一つだが、その一つを守る点においてはかなり有用な個性であると言えよう。
僕が呼び出されるということは、守りを固めなくては砦が落とされるということを意味している。アーグラス砦はわが国でも屈指の規模を誇る砦であり、その堅牢さは他国にも名声を轟かせるほどだ。その砦が、増援を募るのだ。かなりの苦戦が予想される。
それほど危ない状況だということを知り、これは生きて戻ってこれるだろうかと心配になったのは言うまでもない。
妻を守りたいという気持ちによって発現した個性だが、それによって妻と子と別れなくてはならないとは皮肉なものだ。
生まれたばかりの息子と妻を残して死地に向かうのは、嫌だった。当たり前だ。
だけど上からの命令だ仕方がない。
ただでさえ妻を軍から抜けさせてもらった身だ。これ以上のわがままは言えまい。
軍の中でもかなり上位の実力を持つ妻を僕個人の都合で辞めさせた分の埋め合わせはしないと。
そう考えてかなりの覚悟でアーグラス砦まで行ったのだが、恐れていたほど戦況は悪くなかった。
というか、大規模な戦闘はまだ始まってすら居なかった。
砦に行くまでの道中、確かに魔物の数は多かったが、どの魔物も大したことが無かったし僕が居なくても砦が落とされるようなことにはならないのでは、とさえおもった。
しかしながら、砦に着いた後に聞かされたのは、2万を超える魔物の軍勢がこちらに向かっているという知らせであった。
砦の兵は2000。それに加えて周辺の街から援軍がさらに2000。合わせても4000人しかいないこちらに対して相手は5倍の戦力を誇っている。
精鋭を揃えているアーグラス砦でも、なかなか厳しい戦況になることは間違いがなかった
ただ、僕が来たことによって、守りを気にする必要のなくなった砦は攻撃に重点を置くことができるようになる。
通常、遠くからの飛んでくる魔法に対しては、その一つ一つをこちらの魔法で相殺する必要がある。
僕の個性はそれを一人でこなすことが出来るのだ。今まで防御にまわる予定であった魔法使いを魔物の殲滅にあてられるようになるのは大きい。
ちなみに、僕のシールドは、外側からの、つまり相手からの攻撃は防ぐが、内側からの攻撃は通すことが可能だ。守りを気にせずガンガン魔法をぶっ放せるというわけだ。
もちろん、僕のシールドはどんな魔法でも防げるわけではなく、シールドの強度を超える魔法を撃たれたら壊れる。しかし、さっきも言ったが魔物自体の強さは大したことが無いようだ。僕の作り出すシールドよりも強い魔法を使える敵がいるとは思えない。
自慢じゃないけど、僕の個性は結構強い。僕自身の強さと比べて不自然なくらいだ。
この個性がなければ、今頃僕はこの砦に呼ばれてはいないだろう。
そもそも、妻の引退も認められはしなかっただろうな。
妻の分まで僕が頑張るということで、なんとか辞めさせてもらったのだ。
戦いが始まったのは僕が砦に到着した5日後のことであった。
遠くに蠢く魔物の軍勢を見た時には、どうしても恐怖に駆られたが、不思議と負ける気はしなかった。
大丈夫だ。ここは激しい戦いを何度もくぐり抜けてきたアーグラス砦。どの兵をみても、その鍛え方は半端なものではない。信じよう。
どのみち僕ができることなんて、砦を守る、それだけなんだから。
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魔物の軍勢を打ち破った後も、周辺の魔物の掃討は続いた。
もし万が一、他にも大群がいたら、もし魔物の援軍が押し寄せたら事だ。確認には余念がない。
結局僕が帰路につけたのは更に半年以上経ってからだった。
「ご苦労だったな!お前のおかげで被害が最小限に抑えられたという報告がきている。よくやった!!」
バンバンと僕の背を叩くのは僕の街に駐在している軍の長である、フリード・マルクスさんだ。
遠くからでも一目でわかるほど体格に恵まれ、モジャモジャとした髭がトレードマークの厳ついおっさんである。動きの一つ一つがとにかく大きく、ガハハという笑い方からも彼の豪快さがにじみ出ている。
「いえ、妻の抜けた穴から比べるとまだまだです。今後も一層、力を尽くしていく所存です。」
「お前は本当に固いなあ。そんなに気にする必要はないのだぞ。」
フリードは目を細めていう。
「確かに、そういった声はある。アリス殿の強さは比類なきものだったからな。だがそれがどうした?お前はお前にしかできないことをやった。それに、愛する妻を戦地に行かせたくない気持ちは分かる。たとえそれがどんなに強くてもだ。お前は何も間違っちゃいないよ。もっと力を抜いたらどうだ?」
フリードさんはこういう人だ。見た目は厳ついが、人の心の機微に敏感で、気の利いたことを言ってくれる。そんな彼の部下からの信頼は熱い。彼は部下を大事にする。それだけで彼に従う理由には十分だ。
「それに…実際、今回の砦防衛線での活躍で、お前は結構な有名人になってるぞ。皆お前に感謝しているんだ。アリスの件でお前に不満を持っていた連中もいるにはいたが、今回の事で納得してくれた奴も多いんじゃないか?」
そこで俺は一つの事に思い当たる。
砦に俺を向かわせるように推薦したのは確かフリードさんだった。今回の戦い、確かに激しい者ではあったが、俺が居ればそれほど被害が出ないということは、今から考えれば当然のように思える。
彼は、僕に手柄をくれたのだ。
アリスの件について、誰にも文句を言われないように。
これだからこの人は・・・ 。
「ありがとうございました。」
思わず苦笑してしまったぼくは素直にお礼を言った。
「おかえりなさい!!会いたかったわ!!」
家に帰ると、妻がうれしそうに抱きついてくる。
それだけで、僕は彼女と一緒になってよかったって思える。しかし次に彼女から発された言葉に思わず耳を疑った。
「そんな馬鹿な。まだ1歳にもなってないんだよ?」
「でもあれは…魔力を感じてるとしか…。だって、昔私を怖がった魔法使いたちとおんなじ反応したのよ。私が触れようとしたら、いきなり怯えてお漏らししちゃったの。今はもうだいぶ慣れてそんなことはなくなったけど、実の息子にあの目をされたのはショックだったわ・・・。」
妻の言葉に僕は過去に失禁してしまったのを思い出す。
はぁあぁぁぁー恥ずかしい…。
それにしても、そんなところまで似なくてもいいのにとも思った。
それは置いといて、まずは確認しないと。生まれたばかりで魔力を感じられるなら、間違いなく天才だ。
それにあの子はアリスの子だけあってすごい魔力を持っている。これはとんでもないことになるぞ。
「アル―!パパだぞー!」
久しぶりに見る息子は可愛かった、前回見た時よりもかなり大きくなっているし、表情だって豊かになっている。アリスに似て可愛らしい顔をしている。妻は僕に似ているというが、アルは間違いなく妻似だ。
さて、僕は息子を愛でながらも、注意深く観察した。なるほど…どうやらアリスの言うことは本当のようだ。
魔力というのは多かれ少なかれ誰もが持っているものだ。魔力は通常、体の中を循環しているというのは周知の事実である。しかし、循環しているだけでなく、空気中に霧散していることを知っているものは少ない。水分と一緒だ。知らず知らずのうちに体から魔力は漏れ出ていくのが通常だ。その漏れ方や量で、魔法を使えるかどうかは分かる。
魔法使いの漏れ出る魔力は少ない。体内をきちんと循環し、漏れる量を最低限にとどめているからだ。
それに、漏れた魔力も一般人のようにすぐ霧散することはなく、一定の量までは体の近くに留まり、安定している。体の近くに留まった魔力も、魔法に使うことが出来るため、どのくらいの魔力を留めることが出来るかというのも魔法使いの強さを測る指標の一つだ。
アルの魔力は、一般人に比べてかなり安定しているといえる。
それに、魔力の漏れる量も生まれた時より減っている。通常、魔力は成長するごとに増えていくものであるから、漏れ出る魔力が減る、というのは魔力の制御が出来るようになったということに他ならない。
といっても、この分だと今すぐ魔法を使えるというレベルではまだなさそうだ。
一般人に比べれば安定している魔力も、魔法を使えるほどではない。制御が出来るようになるにはもう少しかかるだろう。
少し安心した。
赤ちゃんのうちから訳も分からないまま火魔法なんて出てしまったら思わず事故が起きかねない。
アルの前で火を扱うのは絶対にやめよう。
それにしても、この子は将来大物になるぞ。魔法使いの僕としては、もちろん教えたいことが山ほどある。
しかし、こんな歳から魔力感知できるなんて周りにしられたらまずいかもしれない。ただでさえ、アリスに似て魔力量が多いのだ。
僕は自分の意思で軍に入ったからいいが、アルがそうとは限らない。望みもしないのに戦いの道に引きずり込まれる可能性は否めない。親としては子供の幸せが第一だ。大人たちの身勝手な事情からは出来るだけ避けてあげたいと思うのが親の心だ。