アリスの思い出
主人公の母、アリスのお話。
私がロバートと初めて会った場所は、戦場だった。
当時の私はかなりの有名人だった。
傭兵の両親を持ち、小さいころから厳しく戦いの訓練を受けた私は、実力が認められ、10歳の頃から国の兵士となった。史上最年少である。
初めての戦で300匹以上の魔物を討ち取った私に付いたあだ名が『鬼の子』。
その後も戦に出るたび魔物の群れをバッタバッタと切り伏せ、鬼の子はいつしか『血濡れのアリス』、『紅化粧などという大仰な二つ名までつけられた。どちらも魔物の返り血に染まった私を畏怖した者がつけたらしい。
同僚から 魔物より魔物らしい女と軽口を叩かれることも多く、笑って受け流してはいたが内心傷ついていた。
当時21歳。
戦いに明け暮れ女の子らしいことなど何一つしたこともなかった私だが、恋愛に対して興味がなかったわけではなかった。
ピンチの時にすかさず現れ、巨大な魔物から私を守る白馬の王子様を思い浮かべた時期もあった。
ただ、周りに私より強い男は一人たりともおらず、巨大な剣を軽々と振り回す私を女の子扱いしてくれるものなど皆無であった。
「恋か…私にはきっと一生縁のないものかもしれないね…」
一人でお酒を飲むたびに呟き、落ち込んだ。
最後に女の子らしい服を着たのはいつだろう。最後に化粧をしたのはいつだろう。
自分で言うのもなんだが、私は器量は悪くないと思う。しかし初めて好きになった人には怪力女と揶揄された。
旅先で魔物から助けてあげたタイプの男の子は私の闘う姿の恐ろしさに失禁した。
私に近寄っただけでガタガタと震えだす人までいる始末。とくに魔法使い達の恐れようと言ったらまるで化け物でも見たかのようだった。
そんな私が恋愛に苦手意識を持つのは半ば必然だったのかもしれない。
魔物を恐れることはなくとも、恋は恐れた。
21年間にわたってまともな恋愛をしたことのなかった私は、誰かを愛することすら怖がった。
戦の道にのみ生きて行こう。
最終的に恋をあきらめた私が出した結論である。
女性らしさを神に捧げて強大な力を得たという逸話まで出来つつあった私は、自分に恋愛など無理だと言い聞かせていた。
だが、そのたびに胸が痛んだのは言うまでもない。
私だって、誰かを愛したい。
私だって、誰かに愛されてみたい。
無理だと分かりながらも捨てきれぬ思いを振り払うため、一心不乱に戦いに打ち込んだ。
戦では先陣を切ってすすみ、半ば無謀とも思える突進を繰り返した。
そんな時のことである。
大量発生したカマキリ型の魔物の群れとの戦闘で、私はいつものように仲間とは別行動で単騎先行していた。独りで戦場に道を切り開き、ボスと思われる一際大きい魔物と死闘を繰り広げ、勝利した。
ボスを殺された魔物はパニックになり慌てて逃げ出すものと、怒り狂いこちらに向かってくる魔物の2種類に分かれた。
向かってくる魔物を返り討ちにしようと踏み込んだとき、地に伏せる死体に足をとられて態勢をくずしてしまった。いつもであれば有り得ないミス。思っていた以上に疲労していたのだろう。
態勢を崩しながら、カマキリの鋭いカマが振り下ろされるのを見た。
私、ここで死ぬのか… こんなところで死んじゃうのか…
何が楽しくて今まで生きてきたんだろう。自分に嘘をついてまで戦いを続けて、その先にまっているのがこんな運命なんて…。
恋、してみたかったなぁ・・・
もうだめだ、と諦めかけていたところに、視界を遮る影が現れた。
ガキン!!という音が鳴り響き、私が目にしたのはカマの攻撃を杖で受け止める一人の男であった。
その姿は、私が憧れ、布団の中で夢想していた、強く気高く爽やかな白馬の王子さまそのもの!!
とは程遠い姿だった。
腰が引けている。あれでは力が入らないだろう。
膝をガクガクと震わせ、怯えているのがハッキリわかった。
その姿は決して勇ましいとは言えなかった。むしろ弱弱しく情けない姿であった。
だけど…彼は私を守ろうとしてくれている。
彼ではその魔物を倒すことが出来ないのは一目瞭然であったが、震える足で魔物の前に立ち、決して逃げようとしなかった。
死の恐怖と闘いながら、私に態勢を整える時間をつくってくれた。
その姿に、私の胸は高鳴った。
鼓動が速くなるのを感じ、頬が赤く染まった。
(返り血以外で赤くなったのはいつ以来だろうか)
そんなことを考えながらも私は立て直し、一瞬で魔物の背後にまわり、首を切り飛ばした。
「その…ありがとう。おかげで助かったわ。」
戦いが終わった後、私は彼に話しかけた。結局近くの魔物はすべて私が倒し、彼を守るような形で戦うことになり大変だったが、彼が居なければ私は絶対に死んでいただろう。素直に感謝していた。
「いえ…こちらこそ守っていただきありがとうございました。」
地面に腰を付ける彼は控えめな笑顔でそう答えると続けて…
「あの…申し訳ありません…腰が抜けてしまって…」
彼は顔を真っ赤にして言った。なんともしまらない話である。
だけど私は、なぜだろう。すごく彼が魅力的に見えた。あの時の私はきっと笑顔だったと思う。
結局私は彼をおんぶして帰った。
帰り道、どうしてあんな前線に彼がいたのかを訪ねた。彼の装備は杖。服装も鎧ではなく布製の軽いものだ。明らかに魔法使いである。
すると、考えてもいなかった答えが返ってきた。
「あなたを追っていました。」
その答えに思わずドギマギしてしまった私は、しばらく固まってしまった。
その後、彼はポツポツと事情を説明した。
なんと彼は私が以前助けたことのある男の子であった。
私のあまりの恐ろしさに失禁した、あの男の子だ。
聞くところによると、あの時私を怖がってしまったことをずっと謝りたかったらしい。
命の恩人に対してお礼も言わず、怖がるという女性に対して失礼な振る舞いをしてしまったことをずっと悔いていたようだ。
「でも、どうしてこの戦場に?」
以前助けた時、彼は兵士ではなかったはずだ。少なくともあの時から兵士であればもう少し…言っては悪いがもう少しまともに戦えるようになっているはずである。
すると彼は少し赤くなりながら
「それも、貴方を追っていたからです。謝りたくて、お礼が言いたくて…そして、貴方と仲良くなりたかった。」
なんと…
「初対面で醜態を晒してしまった情けない男ですが、貴方を追ってここまできました。貴方は…その…」
かれは少し声が震えている。
「すごく綺麗で、、美しい。もしよければ…と、友達からでいいので、仲良くして欲しい、です。」
まさかこの場面でこんなことを言われるとは思ってもいなかった。
21年目にして初めて異性にこんなことを言われてしまった。
現在、私におんぶされている男の子に、告白ともとれる言葉をつげられたわけである。
ムードもへったくれもない状況だったが、素直にうれしいと思う自分がいた。
予想外の事態に焦り、顔を真っ赤にさせながらも、かろうじて答えた。
「も、もちろんよ!私にとっても、その…あなたは恩人よ。よかったら、ぁの…その…」
少し口ごもりながら、尋ねた。
「名前、聞かせてくれるかしら?」
「ロバート。ロバート・ノーティスです。情けない僕ですが、よろしくおねがいします」
彼は少しはにかんで答えた。
『情けなくなんかないよ。
戦うのが弱くたって、貴方は強い人よ。
命がけで私を守ろうとしてくれた貴方。
全然かっこよくなかったけど、かっこよかったよ。
意味わかんないかしら?
頼りなく見えるけど、本当のあなたは誰よりも強くて、信頼できる人だわ。
優しくて、頑張るあなたが好き。好きなのよ。
貴方と一緒なら私、もう何もいらないわ。』
これは後にアリスがロバートに逆プロポーズする際に言ったセリフである。
結婚までするとは思ってもいなかったアリスだが、ロバートを背負いながら帰るアリスの顔は、まぎれもなく可憐な乙女の笑顔であったという。
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私の愛する息子、アルバートが私を見て怯えている。
おしっこを漏らしてガタガタと震える姿がロバートと重なり、過去の恥ずかしい記憶を思い出し頭を抱える。
そういえばロバートは、「君の魔力はハッキリ言ってかなり凄い。異常なくらいだ。」って言ってたっけ。戦士にならなくとも、魔法使いとして大成しただろう、とも言っていた。
後から分かったことだが、ロバートが私を見て失禁したのはこの魔力のせいでもあったらしい。
たしかに、かつて魔法使いの私への怖がり方は尋常ではなかった。あれは私の魔力に怯えていたのか。
魔力を感じることが出来るがゆえに、あそこまで怯えていたのだと知り納得が言った。
となると、アルバートは魔力を感じることが出来るのだろうか。
魔力というのは、才能のあるものが若いうちに何年もかかる研鑽の末に感じられるようになるものだ。
生まれた時から魔力を感ずる者など聞いたことが無い。
私なんて尋常じゃないと言われる程の魔力をもっている(らしい)のに、全く気付かないまま生きていたというのに。
たしかに、アルはハイハイも早かったし、他の子どもと比べても発達が速い。
時々、まるで私たちの言葉を理解しているかのような振る舞いをすることもあって、内心すごくビックリすることまである。
だけど、それにしたって…
あるのだろうか。生後1年にも満たない赤ん坊が魔力を感じられるなんてことが…。
とにかく、アルをロバートに早く見せたい。
アルが生まれてすぐにロバートは戦地に徴兵されたが、そろそろ帰ってきても良いころだ。
早く会いたいし、アルの成長を見せたい。
もし、魔力が見えるというのなら、前代未聞である。
はあ・・・ロバート、早く帰ってこないかしら。
そう思っていたところに、玄関のドアを叩く音がした。