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プロローグ

 俺の両親は教師だった。


 俺は親が務める学校には通っていなかったが、父母共に評判はとても良く、それは俺の耳にも届いた。

 個性を認め、のびのびと育ててくれる両親は息子の俺から見ても良い教育者だったと思う。


 子供の頃はそんな両親に憧れて自分も学校の先生になる、なんて言ってたっけ。


 ただ、その夢が叶うことはなかったし、その努力をしたこともなかった。


 学生時代にドギツイ虐めを受けた俺は、対人恐怖症になった。

 イジメの事を親には言わなかったし、言えるはずもなかった。

 親に心配をかけたくなかった、と言えば聞こえはいいが内実、自尊心が邪魔をしただけだ。

 親に憐みを受けたくなかった。

 こんなに自分を愛してくれて、一生懸命育てた二人に、息子がイジメられているという事実を見せたくなかったというのもある。

 あの時相談していれば、俺の人生は違ったものになったのだろうか。

 両親ならなんとかしてくれたかもしれない。今となってはわからないけど。


 誰にも相談できず、ただひたすら耐えるだけだった学生時代の影響だろうか。それとも、もともとの素養だろうか。俺のコミュ力といったらそりゃあもう低かった。

 どうしても言葉がドモリがちになる。特に初対面の相手だとなおさらだ。

 そんな俺が教師を目指すはずもなく、なるべく人と関わらない仕事を探した。

 無数のお祈りメールのなか、唯一内定をくれた会社に就職した。


 社会人になるにあたって不安は多かった。

 こんな俺が社会でやっていけるのか、という疑問が頭から離れなかった。

 ただ、虐めを受ける前は人と話すのが好きだったことも幸いして、うまくいかないことも多少あったにせよ最低限の人付き合いは出来るようになったと思う。


 だけど、俺の社会人生活は長くはもたなかった。


 入社4年目、俺は取引先でかつてのクラスメイトと再会した。

 そいつは俺をイジメていたグループの中心に居た奴だった。


 そいつの顔を見た時、口の中に生臭い匂いを感じた。

 雑巾の臭いだ。

 濡れた雑巾を口に詰められ、声も出せぬまま何度も殴られた記憶が蘇る。

 忘れたかった記憶。

 忘れようとした記憶。

 心の奥の奥に厳重に隠し、見ないように遠ざけてきた記憶が呼び起こされ、俺は固まってしまった。

 そんな俺を見て不審に思った相手に、

「どうしました?」

 と尋ねられた俺は我に返り、曖昧な返事をしてから商談を始めた。


 商談中、俺の心中は穏やかではなかった。

 かつて死ぬほど憎かった相手が目の前にいる。

 怒りと悔しさが胸の中を渦巻いた。


 なにより、相手が俺の事を全く覚えてないことに愕然とした。

 直接訊いたわけではないが、俺のことなど全く覚えていない様子だ。

 あの仕打ちを、俺の青春をめちゃくちゃにしたあの出来事を、どうやったらキレイさっぱり忘れられるんだ。

 お前にとっては数ある娯楽の一つだったかもしれないが、俺にとってはあの経験が学生時代の全てだったんだ。


 言いようのない感情を押し殺して営業スマイルを続ける俺に追い打ちをかけたのは、左手の薬指に輝く結婚指輪だった。


 人の人生を無茶苦茶にしておいて…

 なんでこいつは幸せになってんだ。


 そのあとの事はあまり覚えてない。

 呆然としながら適当に話をして、適当に帰った気がする。

 会社には戻らず、そのまま家に帰った。

 仕事のことなど、考える余裕はなかった。



 次の日の朝、俺は玄関から出れなかった。

 ドアノブに触れる手が動かなかった。

 ドアを開けたら、アイツが現れる気がした。

 首筋に寒気を感じ、背中は汗でびっしょりだった。

 そのまま俺は動けず、ついに会社には行けなかった。

 その日から無断欠勤が続いた俺は、当然のごとくクビになった。


 社会不適合者の誕生である。



 1年後。


 ニート生活2年目、ついに貯金が底をついた俺は働く必要に迫られている。

 今更社会復帰なんてできるわけもないが、せめてアルバイトくらいはしなくちゃなるまい。

 食費を削れるだけ削ってきたが、そろそろ限界だ。

 このままでは来月にも家賃が払えなくなる。

 退職したことを知らない両親のいる実家に戻ることなんてできない。働かなくては。


 たうん○ーくで今の俺でもできそうな仕事を幾つか探したあと、最寄りのコンビニに履歴書を買いに行った。


 そのコンビニは交通量の多い道路の反対側に位置していて、歩道橋を渡っていくのが最も早い。

 いつものように歩道橋の階段を上っていたが、何故だろう…すごく足が重い。

 眩暈におそわれ、一段あがるごとに、動機が激しくなる。

 あれ・・・なんだこれは・・・なんでこんなにキツいんだ・・・

 そういえば、最後にちゃんとした飯をくったのっていつだっけ・・・

 最近はもやししか食べていなかった。


 足元のおぼつかない俺は階段から落ちた。

 全身に鈍い痛みを感じた後、頬に生暖かさを感じる。

 ああ…これは…俺の血か。

 俺、ここで死ぬのかな。こんな糞みたいな人生で。

 なにひとつやりたいことなんてできなかった人生で。

 そもそも、俺にやりたいことなんてあったっけ。


 そういえば俺、小さいころ教師になりたいって言ってたな。ずいぶん前に捨てちゃった俺の夢。

 父さん、母さんみたいな立派な人間に、なりたかったなあ


 頭から大量の出血をした俺は、病院に運ばれる前に死んだ。


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