いつか王子様が?
「美容室まめはる」はおかげさまで、「予約は一日3人まで」と銘打っているにも関わらず、前の店で指名してくれたお客様や、商店街の皆様が通ってくれるおかげで経営できている。店舗を遺してくれたハルコさん、ありがとう。
今日は桃実がパソコンのメンテなどの仕事ついでに一泊予定なので、2人で「JAZZ Bar 黒猫」に繰り出す予定。
でも、今日の最後のお客様はちょっとやっかいだ。最初名前を見ても分からなかったけど、店に来たときに旧姓を言われて、詮索好きで有名だった中学の同級生だと気がついた。
どうやら詮索好きは10年以上たっても収まっていなかったらしい。私が独身だと知ると自分は既婚だと嬉しそうに結婚指輪を見せた。
さらに近くに事務所がある重光先生の婚約のことまで聞いてきた。どうやら彼女は重光先生のほうが大本命だったらしい・・・そういえば、この子はイケメン好きのミーハーだったな。そこもお変わりないようで。
でも私はちょうどその頃、京都でドラマの撮影に帯同していた。テレビで篠宮酒店の燗さんのインタビューを見て笑いをこらえるのに必死だったのよね~。
仕事を終えて戻ってくれば、顔を出したところすべてで今回の顛末を聞き、その場にいたかったな~と仕事をいれた聡之介さんをちょっと恨んだ。
だから婚約の件に関しては正直に知らないと答えた。最初はなかなか信じてくれなかったんだけど、呆れた様子で「豆畑さんって、昔っからそういう態度だよね。使えなーい」と言い放ち、カット代を払って出て行った。
お客様には違いないけど、きっと最新情報が得られないと分かったからもう来ないだろうな~。
私は外に出ると「閉店」の札をぶらさげ、桃実と打合せを始めた。
私の店から「JAZZ Bar 黒猫」までは徒歩で5分も歩かない。いつもならカウンターにいるユキくんとちょっと話しながら飲むんだけど、さっきから桃実が何か言いたそうなのでソファに通してもらう。
ボトルキープしているウィスキーを水割りにしてもらって、料理も何品か頼む。
「ちょっと、さっきのあの女はなに」
周囲に聞こえないように静かにはなしているものの、声に冷気がただよっている。
「あの子は中学の頃からあんなだったよ。とにかく自分が最新情報を握ってないと嫌みたい」
「うわあ、厄介」
「当時私の友達に彼氏が出来て、なぜか私が相手のことをしつこく聞かれてさ。うんざりして思わずハルコさんに愚痴ったら・・・・」
ここで当時を思い出して笑いがこみ上げてきた。
「千春、思い出し笑いが気持ち悪い。ハルコさんがどうしたのよ」
「気持ち悪いって言うな。話の続きはね、私が愚痴ったらハルコさんが“詮索にはのらりくらりな相槌であしらうのが一番だって教えてくれて。
それでもしつこかったら?って聞いたらさ”気の毒そうな顔と思いっきり同情した声で「ねえ、大丈夫?何かあったの?」と言っておやり“って言われたの。
ハルコさんが言うには、詮索好きは自分が「病的」扱いされるのを嫌うから、気の毒そうな態度が一番効くんだって」
私がそういうと、桃実はぷぷっとふきだした。
「さっすがハルコさん。あ、そうだ。帰るまえにハルコさんにお線香あげたいんだけど、おばさんたちの都合はどうかな」
「わかった、明日電話してみるよ。私も顔出そうかな」
ハルコさんと桃実って、根本的に似ているせいか世代を超えて仲良しだった。2人がそろっているときに酒が入ると面倒見るはめになるのが私。でも、3人で飲むの楽しかったんだよね。
「よろしく~。ところでさ・・・私は千春に聞きたいことがあるんだよ」
「なによ」
「ねえ、聡之介を豆畑家の婿養子にどうよ」
「面白くない。笑えない。冗談としては最悪の部類」
飲んでいた水割りを噴きそうになり桃実をにらむと、彼女は肩をすくめた。
「そりゃそうよね~」
「結婚に関しては桃実のほうが先なのは確実だろうね」
「ん~~、私も婿養子を迎えたりしてね」
「え。聡之介さんは?」
「やつは一人娘に長年片思いしててさ~。きっとその人と結婚なんてなったら名字なんかあっさり相手の姓に変えるわね。あいつはそういうやつよ。うちの親も好きにしろって言ってるし」
「へー、聡之介さんが片思いね~。似合わない~~~うはははっ」
「・・・・面白いくらい相手にされてないな。不憫なやつ」
「なんか言った?」
「なんにも」
桃実はそういうと、私もボトルキープしてくるーっと言ってカウンターに歩いていってしまった。
よほど、ここが気に入ったらしい。
そのとき店内に「いつか王子様が」が流れてきた。