聡之介さんと私:後日談~ハルコさんをふと、思い出す~
聡之介さんは「また来るよ」と言い、帰って行った。商店街を気に入ってくれたのは嬉しい。私もここが好きだから。でもねえ・・・・私はこの後のことを考えるとため息が出た。
その後、【篠宮酒店】の燗さんの軽いフットワークと周囲の人たちの速すぎる情報網で、すっかり聡之介さんの存在は商店街中に知れ渡り、今日は店の前を掃除していたら【桜木茶舗】の桜子さんがにこにこ笑って近づいてきた。
「千春ちゃん、私も彼を見てみたかったのに。今度来たら人となりをみなくてはね?重治さんも張り切っているのよ」
「桜子さん・・・あれは彼氏じゃないです」
桜子さんはハルコさんと少し年齢は離れているものの気が合ったらしく、私がこちらに顔を見せたときに紹介されている。
私が仕事を終えて帰ってくるときには店舗が閉まっていることもあって、お店には行けてないんだけどほうじ茶のいい匂いが時折漂ってきて癒されている。
「彼氏ではなくても、千春ちゃんのそばにいる男性でしょう?」
「それはそうなんですが・・・まあ、悪い人じゃないのは間違いないです」
ついでにいうなら彼は経済的に安定してるし家事も得意だ。まあ「結婚するならこういう人」っていう条件は満たしているタイプだろう・・・性格は謎だけど。
「悪い人間じゃないのは大事なことよ。私も重治さんと出会ったときはそう思ったもの」
「桜子さんたち、相変わらず仲良し夫婦ですね」
「そうでしょう?千春ちゃんも私たちが生きてるうちに“誰か”見つけてほしいわ」
そういえばハルコさんが、ふふふと笑いながら私にこっそり言ったことがある。
-桜子さんのところはいつまでも“ラブラブ”でねえ、ときおり砂糖たっぷりの緑茶を飲んでいる気分になるのさ。まあ、糖分補充は疲労回復につながるからありがたいけどね-
なるほど、確かに桜子さんを見ていると糖分補充されて疲労回復するかもしれない。
「今度、緑茶買いに行きます。ハルコさんのお気に入りだったやつ」
「そう?どうせならお茶にいらっしゃいな。美味しい和菓子も用意しておくから」
そう言うと、桜子さんは店舗に戻って行った。
外の掃除を終えて、店内をモップがけしながらふと思い出す。
ハルコさんの夫・・・すなわち私のおじいちゃんは母が結婚してすぐに亡くなったため、私は直接にはおじいちゃんを知らない。
ハルコさんは、おじいちゃんのことをあまり話してはくれなかったけど、成人式の日に「星の空」を飲みながらちょっと話してくれた。
「あの年代の男性には珍しく共働きに賛成してくれて、仕事を辞めない私に文句を言う姑からも守ってくれたし、家事も得意でねえ。
夏子(私の母)の世話も率先してやってくれたもの。ここを開店したときには誰よりも応援してくれて、私より感動していたよ。いやあ私はいい男を夫にしたわ。千春、あんたも私みたいに男を見る目があるといいねえ」
どんだけおじいちゃんラブだったんだ、ハルコさん・・・当時の私は呆れながらも楽しそうなハルコさんの様子がちょっと可愛かった。
ハルコさんが亡くなった後、母・夏子もしみじみと言っていた。
「お母さんのこと、今頃お父さんは喜んで迎えているでしょうね。外では仲悪いんじゃないかってくらいさっぱりした2人だったけど、家ではよく2人だけで楽しそうに晩酌していたもの。もっとも、お父さん下戸だったから緑茶でつきあってたみたいだけど。
ふふっ・・・悲しいけど、向こうで両親が揃って晩酌してると思ったら嬉しくなるのはどうしてかしらね・・・」
それにしても・・・家事が得意で子育ても手伝ってくれて、共働きOKで・・・おじいちゃん、いろいろ揃いすぎだろう。今でもそんな男性そうそういないとおもう。
下戸で家事が得意な男性・・・・自分の身近だと聡之介さんくらいしか出てこない。
・・・・・ちょっと待て・・・聡之介さんはないない。私はもっと正直な人が好きだ。あれ?そもそも私、仕事にかまけて彼氏がいたのって・・・思わず指折りしてしまう。
「・・・う~ん・・・私もちゃんと考えなきゃだめかなあ~。でも今は仕事以外は考えるのが面倒なんだよなあ~」
モップにアゴをのせて、思わずつぶやいた。