13歳の一大決心
その日「まめはる」にやってきたのは、雑誌を片手に緊張した顔つきの女の子だった。
「す、すいません予約した中原です」
メガネをかけ、きれいな黒髪を肩甲骨くらいまで伸ばしていて、お辞儀をしたときにさらりと流れた。
「いらっしゃいませ中原様。・・・もしかして緊張してるのかな?」
私がそういうと、ちょっとびくっとする。あら図星・・・悪いこと聞いちゃった。
「わ、わたし美容室に一人で来たの初めてでっ。いつもマ・・・母と一緒だったから。で、でもっ、ど、どうしてもしてみたい髪型があって・・・・あ、あのこれです!!」
そういうと中原様は手に持っていた雑誌をめくり目当てのページを私に示した。
それはローレイヤーのロングスタイル。中原様の場合、長さは今のままでいいけど髪の毛の量はちょっと調整したほうがよさそうだ。
でもまずは、彼女の緊張をほぐしてあげるのが先決かな。
「中原様、まずはこちらにどうぞ?」
私が椅子をすすめると、中原様はおずおずと座った。視線がめずらしげにあちこち見ているのがよくわかる。
「まめはる」をリフォームするときに、私はハルコさんが海外の蚤の市で買い集めた雑貨や食器を活用することを決めていた。
だから出来上がった店内は最新の備品と、ブロカントの青いチェックのホーロー製調味料入れ、生前のハルコさんがグリーンを入れるのに愛用していたいろんな色のピッチャー。古いお菓子や紅茶のティン缶やカフェオレボウル(レジの脇に置いたボウルの中にはアメをいれた)などなど、ハルコさんが買った統一性のない雑貨類が配置されたなんともいえないインテリアになってしまった。
でも私はこのごちゃ混ぜ感が好きだ。なんかハルコさんが「しっかりやんなさいよ!!」と背中を叩いてくれている気がするから。
なかにはぎょっとする人もいるけど、どうやら中原様は気に入ったみたいだ。
「ごちゃごちゃしてるでしょう。まずは紅茶をどうぞ」
紅茶をテーブルの前に置く。
「いただきます。はい、確かに・・・あ、すいませんっ!!でも、とっても楽しくなります」
「この雑貨は、私の祖母が海外旅行で買い集めたものなの。ブランド品とかには全然興味がなくて、蚤の市が大好きな人だった。ここの美容室はもともと私の祖母がやっていたんですよ」
「あ、それは聞いたことあります。母が、このお店の前を通ったときに“まめはるがオープンしてたの~”って電話で祖母に話してましたから」
紅茶を飲みながら話す中原様の顔からは先ほどの緊張感が消えていた。これなら大丈夫かな。
「中原様、それでは髪型の相談をしましょうか。長さはあまり短くしなくてよさそうですね、ただローレイヤーだから少し短くなる部分もあるかな。あとは・・・」
私は中原様の髪の毛をそっとさわってみる。ちょっと広がりやすいかも・・・。
「ちょっと広がりやすかったりしませんか?」
「は、はいっ。雨の日とかは特に」
「じゃあちょっと髪の毛の量を調節しましょうか・・・と、中原様は中学生かな?」
話しながらハサミをいれていく。
高校生にしてはちょっと幼い感じがするんだよね・・・って高校生だったらごめんなさいだな。
「は、はいっ。13歳の中1です」
「じゃあ、校則で髪の毛のことを決められているでしょう」
「はい、肩より長い子はみつあみです。それと前髪が目にかかる人はヘアピンでとめること」
「ふふ、私が中学生の頃と同じですね」
ときおり雑談をしながら、一人で全ての作業をこなす。中原様はときどき自分の髪型が変わっていくのをじっと見つめていた。まあ気持ちは分かる。
「-はい。いかがですか?」
手鏡を中原様に渡し、私は大きな鏡を持って後ろを映す。
「わあ・・・。普段はみつあみにしちゃうのが残念」
心底がっかりしているような中原様の様子がかわいい。そこまで喜んでもらえたらこっちがありがたい。
「気に入ってもらえてよかった。確かにみつあみにしてしまうとレイヤー部分がわからないけど、そこは休日のお楽しみにしたらどうですか?」
「そっか。ありがとう、美容師さん!!」
中原様が弾んだ足取りで店を出て、乗ってきたらしい自転車でさっそうと走って行く。
今まではシャンプーやマッサージの担当の人は別にいて、パーマやカラーだって誰かが手伝ってくれていた。それはとても助かったけど、今日のほうが充実してる。
「・・・さて。中原様の次は・・・」
次の予約は1時間後。私は大きく伸びをして店内の片づけを始めた。