千春と夏祭り
駅前商店街の夏祭りが近づき、販売中の“夏の着付けセット”で1日3組の通常予定が全てそれで埋まった。ありがたいことです。
夏祭り当日。
「はい、これでいかがですか?」
「わあ・・・」
最後のお客様がうれしそうにセットした髪型を手鏡でさまざまな角度から眺めている。
うふふふ、美容師になって何が一番好きかって、これよこれ。私の仕事に心から満足してくれたお客様の笑顔よ。前の職場でも今のここでもこれだけは変わらない。
こういうときは“いい仕事したー!!”って仕事終わりの一杯が美味い。
「豆畑さんは、ここの夏祭りって来たことあるの?」
「ありますよ。祖母がここに住んでましたから。中学生の頃は部活仲間と一緒にうろついてましたね~。ただし浴衣じゃなくてジャージですけど」
「部活帰りじゃ仕方ないよ。豆畑さんは浴衣着ないの?」
「皆さんがきれいになってくれましたから、私はそれで満足ですよ」
「そうなの~?残念・・・っと、そろそろ待ち合わせ場所に行かなくちゃ」
「ありがとうございました」
お客様が会計をすませて出て行くと、入れ違いに桃実が入ってきた。
「千春、来たよ~。そしてお土産“星の空サマースパークリング”!!」
「おおお~!桃実、すごいっ!」
そう言って、桃実がじゃーんと差し出した“星の空サマースパークリング”は、星の空を作ってる酒造会社で今年の夏に限定品として新発売したスパークリング日本酒だ。
数量限定販売で、申し込み多数のあまり抽選になったという代物。私も当然申し込んだんだけど外れてしまって悔しい思いをした。
濃紺の瓶に金の封。ラベルは夏の大三角のイラストというとても夏らしく涼しげな外見を、思わずすりすりと頬ずりしてしまう。
「・・・・千春。そのくせ、男の前ではやめなよね」
「見る男がいませんから、ご心配なく。それにしても、よく買えたわね~」
「いやー、実は私も外しちゃったんだけど、聡之介が入手してくれてさ。持つべきものは謎な性格だけど人脈豊富な兄だよね」
「そうなんだ。今度来たらお礼しなくちゃ」
「あ、それだったら黒猫さんに連れて行ってあげてよ。前に千春と行った話したら、興味もったみたいでさ。あそこだったらノンアルコール類も料理も豊富だし」
「わかった、今度来たときに案内しとく・・・そうだ、夏祭り見に行く?」
「いいよ。そうそう千春に聞こうと思ってたんだけど、青いゆるキャラが子供に囲まれてたのよ。なんて名前なの?」
「それはキーボ君だよ。いいな~、桃実見たんだ。私、仕事で店内にこもりっきりか、朝早く出て夜遅く戻ることが多いから、まだ一度も遭遇したことないのよね~」
「へー、キーボ君というのね。最初うわっと思ったけどさ、よく見ると愛嬌というか忘れられない顔してるよね」
そういうと桃実はからからと笑った。まあ確かに・・・画像で見る限り、忘れられないゆるキャラではある。
私が店を片付けるのを桃実も手伝ってくれて、星の空を楽しむ前に夏祭りの会場をざっと歩く。
とうてつさんではビアガーデンを開催しているし、ぼんやりとしたちょうちんの灯のなか、中央広場では黒猫さんで演奏しているバンドが演奏中。やぐらもあって、子供たちが上がって高いところからの眺めを堪能していた。
「屋台も結構出てるし、なんか“日本の夏祭り”が凝縮されてていいわね。うう、ビアガーデンが私を誘惑する」
「別にいいけど、星の空はどうすんのよ」
「じゃあ、テイクアウトで何か買っていこうよ」
雑貨屋の澤山さんが黒猫のユキくんと楽しそうに話しながら歩いていくのを見かけた。あの2人、お似合いだなあ・・・そういえば、燗さんが2人をくっつけようしてるとかしてないとか噂を耳にしたっけ。
なんか、聡之介さんと燗さんが遭遇しないように気をつけないといけない気がする・・・。
その後、私たちは“星の空サマースパークリング”を堪能した。
今頃、聡之介さんは何してるんだろ。
まあ接待か仕事だろうけど・・・ほろ酔い気分のなか私は彼を黒猫に連れて行くのはいつになるのかなあ、とぼんやり考えていた。
スパークリング日本酒は美味しいです。
日本酒の香りがするのに、シャンパンみたいで不思議な感じ。