六
すっかり投稿するのを忘れていました。
これはずいぶん前に書き終わった作品のはずなんですがね・・・
街から外れた路地は、ネオンや店がなく、人の姿がやっと見えるほど暗さである。
わざわざ人の通りが少ない所を選ばなくても、この時間に人が通とも思えない。望はあえて、すぐに話ができるように、普通の路地を選んだ。
「洋……俺はお前に殺された。前に、俺の親を殺した日に、お前の姿を見て、嬉しさと不安でお前を追いかけて……もしかしたら、こいつが俺の親を殺したんじゃないかって……そう思うと、怖かった」
洋の方に振り向かず、彼に背中を向けてそう言うと、後ろにいる彼からは、何も返事が返ってこない。
「けど……俺を殺そうとしたときに、そして今、全てが分かったよ……」
「全て……」
その言葉に興味を抱いたのか、洋がひと言そう呟く。
「ああ……」
望は、今にも泣きそうなのを堪えて、洋の方に向いた。
「お前は、本当に変わったんだなって……」
「ふん……」
洋は鼻で笑うと、
「変わったわけではない。気付いたんだ……」
「気付いた?」
「人生とは、儚く脆いものだとな……そして、それは人も同じだということもな」
そう言うと、洋は腰に掛けてあるホルスターから銃を抜いて、望に標準を定める。
望の喉がゴクリと鳴いた。
今の洋なら、必ず撃ってくる。
「こんなもので命を落とすくらいに、脆いものだからな」
「それで、何人の人の命を奪ってきた!」
「……馬鹿馬鹿しい、覚えているわけがない」
「父さんと、母さんだって……その銃で……」
息が上がってくるのが分かる。
心臓の音が早くなっていく。
一度銃を前にしただけでは、恐怖感を消すことができない。
その洋の指が絡まっているトリガーを引けば、一瞬で命がなくなる。
「それで、お前は俺になんの用だ? また前にみたいに、俺のところに戻ってこいなんて、甘いことを言うのか?」
「違う!」
「ほう……」
「違う……もう、お前が遙か遠くにいることは分かった。別人なのもわかった。俺のところに戻ってこなくてもいい。だからせめて、人の命を奪うことだけは止めて欲しい……」
望の瞳に涙が溢れる。
泣くものかと決めていたが、意志とは逆に、我慢すればするほど溢れてくる。
「……自首してくれ……」
「…………」
「そして、こんな暗い世界から、出てきてくれよ!」
「望……」
洋がアキになってから、初めてその名で呼ばれた。
望は、俯いていた顔を彼に向ける。
「昔、俺が落ち込んでた時、一人で暗いところに閉じこもってた時、お前は俺を助けてくれただろう! 暗い所にいたら見えるモノも見えなくなる。明るい所へ出てこいって!」
「十年も前の事だろう……その時の俺はまだ子供だったからな。そう信じることができただけさ」
「俺は、その言葉で救われたのに……」
望は、自分に言い聞かせるように、小さい声で呟いた。
その声は、洋には届いていない。
「話はそれだけか? ならもう消えろ」
洋は、トリガーを握る手に力を込める。望に照準を定めて、今にも撃ちそうな勢いだ。
もちろん、望自身も撃たれることは覚悟している。一度撃たれたのだ、覚悟してしまうのは当たり前だった。しかし、信じてはいない。
まだ、洋が自分と会話をしているということは、まだ洋を救える機会があるということなのだ。
「洋、俺は!」
望は懐から一枚の写真を撮りだし、洋に近づこうとする。
すると、そこから近づくなと言っているのか、右足に銃弾が撃たれた。次第に熱を感じて、膝を折る。
彼の望み通り、望はそこから一歩も動くことができなくなった。
(やっぱり、一発で心臓は狙わない。まだチャンスはある!)
銃弾がいづれは足にくることは予測ができた。これ以上、自分に干渉するなという一撃が……。
だからこそ、分かる。
殺し屋といってもプロだ。依頼ではない人は殺さないだろう。
「洋……俺は、昔からお前といるのが好きだった。どんなときも一緒だって、まるで兄弟みたいで……」
望の手から写真が落ちる。
「覚えているか? 十歳の時の誕生にお前がくれたネックレス。俺、いつも身につけていたんだ。そして、今でも……」
「ふん……それが何だというのだ。そんな物で俺の心が変わるとでも思っているのか? そんな簡単にこの道を選んではいないさ」
「洋っ!」
「最後のチャンスだ。話はそれだけか? 今ならお前を殺さずに、逃がしてやる。だが、これ以上俺に関わるのなら、即お前を殺す」
洋……いや、アキの目は本気の目だった。しかし、洋としてでは、やはり、本音を隠しているように見える。
プロが自分の顔を見られて、しかも本名を知っていて逃がすというのは、おかしな話しだ。きっと、それは洋の心……。
「自首……っ!」
サイレンサーの銃は、音もなく望の胸を一瞬で赤く染めた。
洋の心が少しでも残っていたのだろうが、実際に勝ったのはアキとしての心の方であった。
「……よ……う……なん……で……」
「消えろとチャンスを与えたつもりだったが、やはり、お前には理解できなかったようだな……」
望は腕をできる限り洋の方に伸ばした。
もう力が入らないその腕。目の前が霞む瞳。一向に止まることのない足と胸の鮮血。
洋が本当に撃つとは思っていなかった……いや、信じていなかった望は、静かに目を閉じて、そして二度と動くことはなかった。
動かなくなった望の前に足を折り、手から落ちた写真を拾う。
「お前は許すと言ったが、その目は俺を恨んでいた。そうだろう……」
当然、返事は返ってこない。
洋はフッと鼻で笑って、写真を捨てようとした。
すると、裏に字が書いてあることに気付く。その字を読むと、そこには目を疑うことが書いてあった。
【お前の両親を殺したのは、お前の仲間なんだろう。なら、そんな奴らといたら駄目だ。いつか、お前も殺される。俺には良く分かるから。両親を仲間に、親友に殺された俺なら分かるから。だから、今度は二人で暮らそう。何も悲しむ必要はない。何も不安になる必要はない。怖がることもない。俺たち二人ならなんだってできる! だから、俺と一緒に……】
中途半端なところで終わっている、変な文章だった。
しかし、その半端加減が洋の胸には痛かった。まるで心臓にナイフをさされても死ねないような、そんな痛みが走った。
「俺に殺されると、分かっていたのか……いや、二人で暮らそうと書いてあるのだから、それはないか……。第一あの頭だ、俺のこと最後まで信じていたのだろう……相変わらずというか、なんというか……っ!」
洋は、自分で自分が饒舌になっていることに気付いた。
いつも感情を出さないと言われていて、どうやって感情というものを出すのか分からなかった。だが、望と居るときだけは、他の人と話すときよりも楽しかった。
(この感覚はなんだ! 感情なんて、自分にはないはず……)
そして、その原因が横で動かない男だと分かった。
「フっ、自首か……確かに、依頼でもない人を殺してしまったからな」
そう言う洋の身体は震えていた。
自分が望の両親を殺した。そして、望を殺した。
自分の両親が仲間に殺された。そして、自分は……。
(殺されるのか……)
手紙に書かれていた内容が、現実に起こってしまうような気がした。
そして、まだそうと決まったわけではない事に、自分は怯えているのだろうか。
死ぬのは怖くはない。それどころか、死にたいとまで思ったこともあった。人生は儚くて、つまらないものだと気付いてしまったから。
だから、生きている間だけでも楽しいことを見つけようとした。それが、殺し屋の道だった。
自分が死ねない分、人に死んでもらう。そして、自分が死ぬ時をまっていると。
だが、今は死ぬのが怖い。
望と同じように、殺されるのかと思うと、身体が震え出す。
そして、後悔の念が身体中を駆けめぐった。
(今更、後悔したって……遅いだろう……)
今まで奪ってきた命が自分の手の中にあった。
洋はそれを幽霊にでも触られているように、怯え、投げ飛ばした。
カラカラと、銃がコンクリートの上で回った。
(変わらないと思っていた。望にも、変わらないと……殺し屋の道は最後まで通ると言った……。なのに、こんなにも早くしかもさんざん反論した望の言葉で変わるとは思いもしなかった……)
洋は拳を握りしめた。
「……もう、遅いか……」
動かなくなった望の身体を見て、洋は自分がやるせなくなった。
震える身体を無理に張り、洋は仲間がいる方向とは逆の方向に歩きだした。
その手には、幼い頃にとった自分と望の写真がある。
もうすぐ深夜の三時を迎える。その前に、自分が行くべき所へ行かなければならないと思った。
「おや、何処へ行くのですか?」
聞き覚えのある声に、洋の身体はビクリと硬直する。
優しい口調。しかし、よく聞けばそれは氷のように冷たい声である。
「もう、終わったのか?」
洋は何気ない顔をして仲間の方を振り返る。
三人の気配を察知した洋は、もう仕事が終わってフユと共に来たのだと、瞬時に理解した。
「ああ。お前のことはフユから聞いてたが、なかなか戻ってこねーから、様子を見に来たんだよ。ちゃんと少年を殺したかってな」
全身血しぶきで赤く染まっているハルが言う。
「だが、ちゃんと殺したみたいだな……」
ナツは返り血を浴びることなく、仕事をこなした様だが、右手には肉片やら内蔵の一部がべったりとくっついていた。
「それで、僕たちは反対側にいたのに、そっちに向かおうとしたのは、何故ですか?」
不気味な笑顔でフユが問いかけてくる。
(気付いている……あいつの顔は……俺が自首しようとしていることに気付いている)
洋の額から汗が流れた。
同じ殺し屋、レベルは互角だろう。逃げても追ってくるのに一苦労のはずだ。
洋は、言い訳を考えて隙をついて逃げる計算を、頭の中で瞬時に計算した。しかし、
「言い訳など通用しませんよ……」
そのフユの声と共に、ハルとナツが洋を拘束し、地面に伏せさせ身体の自由を奪った。
ハルの力は洋よりも強い。かといってナツの隙を突くことも難しい。彼女は身軽な分、瞬発力に長けている。逃げてもまた抑えつけられるだけだ。
「君の動きは見え見えですよ。筋肉の軋み、額から垂れた汗、そして、隙を見つけるかの様な瞳。まるで、逃げようとしているのがバレバレです」
洋は舌打ちするだけで、為す術がない。
「おおよそのことは分かっています。あなたが僕たちから逃げて何をしようとしているのかもね」
「俺を殺すか?」
そう言った瞬間、フユの顔に笑顔が浮かぶ。
そう、殺し屋四季の中で一番殺しが好きなのは、彼だ。いつもハルに譲って自分は見張りをしているが、人を殺して一番喜んでいるのは、フユである。
しかも、その殺し方は、残酷だった。
これでもかというほど、相手が一番苦しむやり方で、殺すことを選ぶ。
俺はどんな殺され方をするのだろうな……洋は自然にそんなことを考えていた。
別に生きていても価値などない、未練もない。生きていても死んでも変わりはしないだろう。そう思っているのだから、不思議と恐怖感はなかった。
「さよなら、アキ……いいえ、秋元洋くん……」
不気味なほどの笑みを浮かべ、洋の髪を掴み上げると、その額に銃を当てた。
何も思い残すことはない。
ただ一つ、言わなければならない言葉がある……
ぱんっ!
サイレンサーの銃は音を出すことなく、洋の頭を貫いた。
「すなまかった……のぞ……む……」
それが、洋にとって最期の言葉になった。
ほぼ、即死といってもおかしくはない。フユにしては珍しい殺し方だった。
洋と望の死を確認すると、秋の季節が抜けた殺し屋四季の三人は姿を消した。