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 ガチャっ

 勢いよく部屋に飛び込んだ望は、ドアに鍵を掛けてその場に座り込んだ。

 まだ息が苦しく、汗が額から流れ出す。

「……はぁ……はぁ……洋……が……俺の両親……を……」

 夢で見たことを、飲み物でも飲んで落ち着こうと部屋を出たが、自動販売機の近くにあった千尋の部屋を見て相談しようと思い、しかし、なかなか入れないでいたら、綾音の言葉が耳に入ってしまった。

 思い出せない記憶。

 洋という名前。

 両親の殺される夢。

 そして、タイミング良く彼が自分の両親を殺したとのことを聞いた望には、記憶がなくても、それが全て真実であると確信があった。

 家の前で擦れ違った黒づくめの男たちが、両親を殺したに違いないと、夢を思い出す。

 自分の中で、夢と記憶がシンクロしてしまったことに、不快感を覚える。

 どこに怒りをぶつけて良いか分からずに、望は部屋の物全てを投げ捨てた。ベッドの布団に、まくらを投げつけ、机にあったプリントや筆記用具を全てばらまいた。

 近くに置いてあった分厚い施設のファイルでさえ投げ捨て、プリントがバラバラに部屋に舞い散った。

 荒れる息を押さえることなく、その場に座り込んだ。そして、足下に落ちてきた一枚の紙に視線を向ける。

 四方がボロボロで、その紙全体が赤茶色と変色している一枚の写真。手にとってみると、そこには、幼い自分ともう一人、同じ歳の少年が写っていた。

「……俺と……洋……?」

 そう口にすると、突如激しい頭痛が襲ってきた。

 痛みと伴って、頭の中に微かに声が聞こえてくる。

 男の声……。

 二人……。

 雨の中……。



「何でだよ! 何で俺と関わりたくないんだよ!」

 そう言ったのは、望の方だった。

「もう、お前と一緒にいたくなくなった。どうせ、高校を卒業したら俺らは別々の道を歩きだすんだ。今別れたって大して変わりはしないだろう」

 望の問いに、写真に写っていたもう一人の男、洋が答えた。

「嘘だ! 洋はそんな奴じゃなかった! 言葉も少ないし思ってることも口にしなくて、何を考えている奴だか分からないけど、誰よりも優しくて、絆とか友達とか、そういうの裏切らない奴だったじゃないか! なのに、なんでお前が……」

「そんなもの、ただの形にしかすぎないと分かったからさ。人間は一人では生きられない。だから仲間や友達といった輪を作る。俺はそれに飽きただけだ。そして、そんなものに縛られ続けているお前にも飽きただけだ」

 言葉そのものが、氷のように冷たかった。

 彼の瞳も、望を見ているのではなく、どこか遠い、そしてその先は闇だった。

「だから、俺の父さんと母さんを殺したのか……俺に飽きたから、俺が嫌いだから……」

「気付いていたのか……」

 洋の瞳が望の方に向いた。

 その目は、些かおどろいているようにも見えた。しかし、それで動揺するのではなく、彼はフッと鼻で笑う。

「本当に、お前が……」

 確信はあった。しかし、それを否定して欲しかった。何かの間違いだと言って欲しかった。

「ああ。お前の親を殺したのは、俺だ。だが、お前とは何の関わりもないことだ。お前の両親を殺してくれと、依頼を受けたからやった事さ」

「依頼……?」

「さっき俺らはいずれ、別々の道を歩きだすと言った。そして、俺にはその道が見つかった。そう、殺し屋という道がな」

「ころ……し……や……?」

 その言葉に望は喉をゴクリと鳴らす。

 そんなものが本当にあるのかなど、知らない。しかし、望はしっかりとその言葉を耳にした。

「そんな、嘘だ! 否定しろよ! 望の父さんと母さんを殺したのは俺じゃないって、否定してくれよ!」

 それでも、望は、まだ信じられなかった。

 親友の洋が、そんなことをするはずがない、と。人を殺すことなんて、できない……と。

 意識する前に身体が動いてしまう。

 洋の胸ぐらを掴み、ただ怒鳴ることしかできなかった。彼の口から違うと聞きたかった。

 望の腕が洋の身体を揺さぶる。それに苛立ち、彼は腰に掛けてあったホルスターから銃を出し、一瞬にして望の耳スレスレを狙い撃つ。

 望は、その事態を把握するのに時間がかかった。

 しかし、手は震えていて洋の服を掴んではいない。足も立っているのが不思議なくらい、ガタガタと震えている。

 そして、洋の手には銃が握られていた。

 サイレンサーがついていたのか、大きな音はしなかった。銃を発砲したのに人が集まってくることもない。

 望は、やっと事態が飲み込めて、その場に腰を抜かした。

 目は瞳孔が開いていて、脂汗が吹き出てくる。

 その汗は、雨で地面へと流されるが、それでも額からは流れるように汗が出る。

「ふっ……銃が初めての奴の反応だな。間抜けなお前を見るのは初めてではないが、今までで一番間抜けだな」 

 洋は、そんな望の顔を見て嘲笑した。

 汗だけではなく、望の瞳から涙が流れ始めた。

「銃が怖くて泣いているのか、それとも両親が殺されて泣いているのか」

「……がはっ……はぁはぁ……はっ……はぁ……」

「呼吸困難になる程とはな……」

 地面に手を突き、肩で苦しそうに息をする望の姿を、ただ冷たい視線が見下ろしていた。

 フッと再び鼻で笑い、洋は踵を返してその場を立ち去ろうとする。

 しかし、何かに掴まれて足が動かなかった。

 後ろを振り返ると、望が力の入らない震えた手で、洋のズボンの裾を掴んでいた。

「ふっ、俺を恨むか?」

 血の気の引く涙顔で、望は首を横に振る。

「……はぁ……戻っ……はっ……はっ……ぜぇぜぇ……こ……い……っ……はっ……」

「ふざけるのもいいかげんにしろ……」

 手に持っていた銃を、瞬時に望の左肩に定めて、トリガーを引く。

 その銃弾は一ミリも狂うことなく、彼の左肩に命中する。

 銃弾を受けた衝撃で、望は洋のズボンの裾から手を放し、痛みに悶え、嗚咽する。

 洋は抵抗することのできない望の身体を、壁に押し付けた。

 その反動で望は更に顔を歪ませる。

「俺はお前と違ってお人好しでも何でもない。本来ならば依頼がなければ人は殺さないことにしているが、お前は、この俺が今すぐに殺してやる」

 洋の表情は氷のように冷たいものから、炎のように熱いものへと変わっていた。

 次に彼が銃を向けたのは、望の右足だった。

 ガウンという音と共に、望の身体が沈んだ。鮮血が雨に流され、コンクリートへと流れていく。

 望は小さく嗚咽する。

「お前みたいな奴は一瞬で殺してしまうのは惜しいな……」

 洋の口が、斜めに吊り上がる。

「……ぜぇぜぇ……はっ……は……」

 痛みと銃への恐怖、親友の信じられない言葉で、望は言葉を出すことができない。

 洋の足が彼の鳩尾を蹴り上げる。

 望は吐血し、数メートル蹴り飛ばされ、その場で倒れて動かない。そんな彼に詰め寄り、再び、鳩尾や銃で撃ち抜いた足を蹴り飛ばす。

 やがて、望の嗚咽もなくなり、目は焦点があっていなく、半開きになった口からは血と共に涎が流れている。

(俺は……殺されるのだろうか……もう、身体が動かない。洋……洋……)

 望の目から一筋の涙がこぼれる。

 それを見て、洋は最期の銃弾を彼の胸目がけて撃つ。

「がはっ……」

 それ以上声がでなかった。

「……これでお前も親のもとへ行ける。あの世で感謝することだな」

 薄れていく意識の中で、立ち去る洋の背中を見つめる。

 呼び止めることもできないまま、望の意識は途切れる。

 

 雨はまだ降り続いていた。



 洋と家族の記憶が一部、頭痛と共に蘇ってきた。

 雨の中、路地裏で倒れていたと千尋から言われていたことを思い出す。

 保護センターに運ばれる前に、自分と洋が何をしてきたのか、夢と、写真と綾音の言葉で思い出した。

 そして、洋との関係……。

 彼とは、友達という簡単な言葉では表せない。友達以上、親友……。いや、無二の存在というべきだろうか……。

 その洋に裏切られ、その衝撃のあまりに記憶を失った自分を悔やんだ。

 まだズキズキと痛む頭を押さえ、望は足下に落ちていた写真を見た。

 望はそっとその写真をとると、優しい笑顔を向けた。このボロボロの写真が、まだ自分と洋を繋いでいると思えたからだ。

 取り戻した記憶。まだ全てではないけれど、望にとってはそれだけで充分だった。

 そんなことを考えていると、ドアを叩く音が全く耳に入らなかった。

 その音に気付いたのは、それからしばらくしてからだった。

 頭痛がして、今は、千尋たちに合う気がしなかったが、記憶が戻ったことを伝えなければと、鍵を開けた。

 真っ先に入ってきたのは、耕治だった。

「お前、さっき千尋さんの部屋の前にいただろう」

 単刀直入に言われ、ただ頷くことしかできなかった。

「あたしが言ったこと……もしかして聞こえてた?」

 耕治の後ろにいた綾音が恐る恐る聞いてくる。

 それにも望は、ただ頷くことで答えていた。

 その場の空気が思いのが、誰にでもわかった。

「けど、そのお陰で、少しだけ記憶取り戻したから……」

「え……」

 綾音は嬉しさと、不安が混じった表情を望に向ける。

「その写真……」

 ドアの前で立っていた千尋が、綾音の肩越しに見た、望が持っている写真に気付く。

「それ、望くんが運ばれてきたときに君の服の中に入っていたものだわ。気が付かないうちになくなってて、不思議だと思っていたんだけど……」

「ああ……この写真と、皆瀬さんの言葉で俺は洋のことを思い出せたんだ。感謝してるよ」

「でも……」

 綾音は不安を隠しきれなかった。

「大丈夫です……。洋は俺の親友だから。考え方が違うのはいつものことだったし、俺はまだ死んではいません」

 表情は頭痛を我慢していているようで、辛そうにしていたが、望の声は、優しさそのものだった。

「俺が生きてたのは洋の計算違いだったか、あるいわ、わざとなのか、その辺は分かりませんが、今は彼との関係を取り戻すためにただ、時がくるのを待っていようと思っています」

 望の言葉の一つ一つに、三人とも重みを感じていた。そう、彼の決意は揺るがないものだと……。

「望くんがそこまで言うのならしょうがないわね。あなたが運ばれて来てから今までのことを全て、正直に話すわ」

 千尋が溜息をつきながら、望の部屋に入ってきた。


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