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 望が次に目を覚ましたのは、それから三時間が経った時のことだった。

 ずっとそこにいたかは分からないが、望が起きるのと同時に白衣の女性が体温計を持ってきて計れと言ってきたので、彼は何の抵抗もなくそれを自分の脇に入れた。

 不思議と前に起きたよりも痛みがない。それでもまだ頭は痛む。

 約三分ほどの時間で体温計は鳴り、それを白衣の女性に渡すと、彼女は安心した表情になった。

 眠っていたときにでも熱があったのだろうか、望にはその記憶はなかった。

「起きて早々に悪いんだけど、あなたのことを聞いてもいいかしら?」

「…………」

 少し頭がいたいことを考えて欲しいが、ただ話をするだけなら差し支えはない。ましてや、断る理由もないのだ。それに、望には何故、自分がここにいるのかも知りたいところだった。

「……わからないんだ……。望って自分の名前と、洋って……多分友達だと思う人の名前しか出てこない……」

 白衣の女性は望が話し出したと同時に、ベッドの横に腰を掛けて話を聞く形をとった。

「綾音、書く物を持ってちょっとこっちにきなさい。それから、さっきのプリントも持ってきて」

「はあ〜い!」

 遠くからあの甘い声が聞こえる。

 嫌味ではないが、彼女の声はどうも頭に響く。望は頭痛を堪えるのに必死だった。

 白衣の女性に呼ばれて、彼女にプリントを渡しながら腰を掛けた女性は、ニコリと望に笑顔を向けた。

「ああ、私たちの自己紹介がまだだったわね」

 プリントを読もうとした白衣の女性が、思い出したようにそう呟いた。

「私の名前は森山千尋。ここの社員で担当は医師よ。身体の調子が悪かったら気軽に声をかけて」

 白衣をきていたのは、医師だからだったのか、と半ば感づいてはいたものの納得する。

「そして、あたしの名前はね、皆瀬綾音。同じくここの職員で、担当はカウンセラーですっ! よろしくねぇ」

 カウンセラーがどういうものか、望は詳しくしらないが、なんとも相談しやすいというか、しずらしというか、しかし、掴みは悪くはなかった。

「悪いけれど、あなたのことは調べさせて貰ったわ」

 プリントを見ながら千尋は淡々とそう言った。

「持月望、十七歳。公立の普通高校に通っている。家族構成は父、母の三人暮らし」

「そんな情報……」

 信じられないといった感じで望は千尋の方を見る。

 しかし、覚えているのはその中でも自分の名前と歳くらいだった。

 父と母がいると言われても顔も名前も何も覚えてはいない。

「あなたは、昨日の夕方に雨の中路地裏で倒れていた所を発見されたのよ。発見してくれたのがうちの社員で良かったわよ。変な所に連れて行かれると、説明しろだとかなんだとか言って、尋問の毎日だもの。ましてや、望くんは記憶喪失の可能性もあるわ。そんな子に尋問なんて、辛いだけよ」

「記憶……喪失?」

「何も覚えていないのでしょう? ちゃんと調べたわけじゃないから、一種のショック状態って可能性もあって、すぐに思い出すかもしれないけれど、きっと、記憶を失っているはずだわ」

 だから、何も思い出せないのか、と望は落胆した。

 不思議と怖くはなかった。

 記憶がなくても、普通なんだと実感した。

 普通の人だったらどんな反応をするのかな、などと、そんなことを考えてみる。

「それで、なんでそんな所にいたのか、それは覚えているかしら?」

「雨……路地裏……分からない……」

「そうよね。やっぱり覚えていないわよね……」

 何故、そんな言い方をするのか、望は気になったが、あえて聞くことでもないと思ったので、次の言葉をまっていた。

 何を聞かれても分からないと答えることしかできないが、自分のことももっと知りたいと思った。自分のことなのに、人に聞くのは変な感じだと、望は思わず笑みをもらしていた。

「熱も出してたし、いきなりこんな所に連れてこられて、不安じゃないかと心配してたけど、大丈夫みたいね」

 望の笑みを見ていたのか、千尋は望に対して笑みを返した。

「今日はここまでにしておくわ。色々聞いてもただ不安にするだけだし、記憶がないなら、時間をかけて思い出せばいいことだからね。私たちもできるだけ協力するから、望くんも頑張ってね」

 彼女の笑みは勇気が出てくる。

 記憶がなくなって、不安なのかは分からないが、疲れているのは本当だった。そういってもらえると、ここにいる罪悪感もなくなる。望にはそれが嬉しかった。

「部屋はここを使ってもらってかまわないわよ。あと、そっちの机にここの設備の配置と説明書があるからよく読んで置いてね。ここ、広いから見取り図とか読まないと迷うからね」

「お昼とかも食堂でもとれるし、ルームサービスも頼めるのよ! 自動販売機とかはファイルに入ってるカードを挿入させれば、使えるから使ってね」

 今まで、千尋の隣で望が言ったことを目もしていた綾音が、声をだした。

 彼女が喋るとその場は明るくなる……というよりも、むしろうるさくなる。

「あとは、これから望くんの記憶回復のために班が組まれたんだけど、今、みんな忙しくて呼べないから後々紹介するわね。それじゃあ、ゆっくりとしててね」

 そう言って、二人は部屋から出ていった。


 お昼を大分過ぎていたが、望は何も食べる気がしなかった。ずっと寝ていたせいなのか、思い出せない『洋』という名前のせいなのか、どちらにしろ、動くのも面倒で、ベッドに横たわったままただぼうっとこれからの事について考えていた。


 プープープー

 プープープー

 いつの間にかまた寝てしまっていたのだろう。望は、部屋の呼び鈴で目を覚ました。

 ベッドの枕元にある時計を見てみると、午後六時を指していた。

 面倒だったが、呼び出されている以上は出なければならない。少なくともここでお世話になっている身であれば、当たり前のことだろう。

 ドアを開けると、そこには綾音ともう一人知らない男の人が立っていた。

「やっほー! 夕食一緒に食堂でとらない?」

「いや、別に俺は……」

 そこまでしなくても、罰は当たらないだろう。

 まだ食欲もなかったし、ルームサービスでも頼めるならそっちにしようと考えていたが、

「今なら、みんなのこと紹介できるし、これからも一緒にやっていくどうし、交流を深めておいた方がいいと思うよぉ?」

「まぁ、やることもないし別にいいけど……」

 そこまで言われて断る理由もない。面倒だがただ食事をして話をすればいいだけなら、とそう納得して望は綾音たちと共に食堂に向かった。


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