第一話「残業帰りに召喚されて」 6
初めて日中に歩いた城下町の第一印象は、一言でいえば『古き良き時代』といったものだった。
中世の風情溢れる建物が立ち並ぶ通りは活気があり、どこも行き交う人々で賑わっている。自動車が通っていないために道は広く、適度な緑が溢れている事もあって、町中は喧噪の割に過ごしやすそうな環境のように思えた。町の所々に設置されているベンチに座って一休みしている老夫婦、露店の立ち並ぶ広場で走り回る子供達、街角で多数の観客を前に芸を繰り広げる大道芸人。排気ガスに汚染されていない空気は、肺に澄み渡るようでとても美味しい。車やバイクが至る所で闊歩し、街灯と信号機と電線が蔓延る、日本特有の箱詰めにされているかのような人混みに慣れてしまったワタシには、それらの光景がひどく新鮮なもののように思えた。
そして、まるで観光客を案内するガイドのように、ワタシの注目を惹いているものに対し、ミナーシェは適度な解説をしてくれた。
「あれは魔道具店ですね。魔術師達が魔法を利用して作り出した便利道具を売っている場所です」
真っ黒い外装をした見るからに怪しげな建物を見つめていると、彼はワタシの視線を追いながらそう話した。
「魔力を持たない者でも扱えるので、冒険者や貴族にはかなり人気があるんですよ。ただ、殆どが高価なので、一般の人々はなかなか手のでない代物だったりしますけど」
「便利って、どんな道具なんですか?」
「そうですね……火をつける事無しに光を発する筒とか、魔石と呼ばれる鉱物を燃料にして冷気をもたらす箱とか、他にも色々あります」
「ちょっと違うけど、電化製品みたいな物なのかな……」
「デンカ製品?」
独り言に反応して訝しげに眉を潜めた青年に、ワタシは曖昧に笑いかけて、
「あ、いえ。何でもないです……ところで、この格好ってすっごく目立ってますよね」
鮮やかな紅色の鎧を身に纏っているせいか、どこを歩いても人々の注目を集めている。ただ、彼らの向けてくる眼差しは羨望と親しみの入り交じったような好意的なものに感じられた。中には、『お勤めご苦労様です』と笑顔を浮かべて話しかけてくる町人もいるくらいだ。
その理由について訊ねると、ミナーシェは微笑みを浮かべながら小さく肩を竦めて、
「一応、都の平穏を維持する事も任務の内ですからね。事件や騒ぎが起きた時に僕達が対処する関係で、ここの方々からはある程度の信頼を得られているんですよ」
「町の安全と平和を守る凄腕部隊、みたいな?」
「まあ、そんなところです」
「へえー、エリュシールって凄いんですね。都に住む全ての人々から感謝されて」
「全ての人々、というわけでは無いですけどね」
「え?」
彼の発言にこれまでとは異なった、少し含む事のあるような響きを感じ、ワタシは自然と戸惑いの言葉を上げていた。だが、その事について詳しく訊ねる前に、
「おうおう、特務部隊様のお出ましだ」
「道を開けなくちゃならねえな」
嫌味のこもった声が、耳に届いてくる。ふと前を見ると、そこには発言の主と思われる二人の男が立っていた。どちらも筋骨隆々とした体格をしていて、顔にはたっぷりと髭をたくわえている。目映き銀色の甲冑を身につけていて、腰に剣の収められた鞘を帯びている事から察するに、どうやら王国に仕える兵士のようだ。
――けど、それにしては様子がおかしいような……。
ミナーシェは特殊部隊の一員で、それならば彼らと同胞のような関係にある筈。それなのに、ワタシ達が相対している二人の兵士は、あからさまな敵意をこちらに向けていた。
だが、そんな険悪なムードの中、水色髪の青年は口元に浮かべた笑みを絶やさず男達に歩み寄り、
「そんな事は必要ないですよ、同じ国に仕える者同士じゃないですか」
と、気さくに話しかける。だが、男の一人は道端にペッと唾を吐き捨てながら、
「はっ、見え透いた愛想笑いを浮かべんじゃねえよ。そのドス黒い腹ん中で何を企んでやがるんだ」
「別に、何も企んでなんかいませんよ。ただ、異常がないか、町の中を見回っているだけです」
「どうだかな。一番警備が手薄な場所はどこか、探ってるんじゃないのか?」
「まさか、そんな事をするわけないじゃないですか」
「おい、見ろよ」
もう一人の男が、ワタシを指さしながら口を開いた。
「今度はとうとう、自分の女まで連れ回るようになったみたいだぜ」
「へーえ。それも特務部隊様の特権ってわけか? 羨ましいねぇ」
「どうだい、嬢ちゃん。兵舎の中は楽しいかい?」
「分かりきった事を聞くなよ。どうせ女に飢えた野郎共に囲まれて、お姫様気分に浸ってるさ」
「それもそうだな、ハハハ」
――は?
カチン、と頭に来た。何で、初対面のワタシまで、そんな憎まれ口を叩かれなければならないのか。ふざけんな、この汗臭い中年共め。そんな感情をこめて、兵士達をキッと睨みつける。彼らは怒り沸騰中のワタシをからかうように、おお怖い怖い、と身を引くような素振りを見せた。どこまでも癪に触る奴らだ。
――ねえ、アンタからコイツらにガツンと言ってやってよ。
そんな気持ちもこめ、ワタシは隣の青年をチラリと見る。だが、これだけ失礼な言を飛ばされているにも関わらず、ミナーシェは友好的な態度のまま、
「彼女と僕はそんな関係ではありませんよ」
と、あくまで礼儀正しく接していた。
「先日エリュシールに加わった、新米の隊員です。都の事に詳しくないというので、見回りがてらに案内を」
「王国で女性を兵士とする事は認められない筈だが?」
「それに、見るからに戦場を経験していない女だろう。手の平の状態からして、ロクに武器すら扱った事も無いとみえる。これから報告を聞く国王の顔が楽しみだな」
「あまり驚かれないと思いますよ。王直々の御命令ですから」
王直々の御命令、と彼が告げた途端、二人がワタシを見る目が変わった。おちゃらけていた態度がなりを潜め、彼らの背筋が強ばる。
しばらくミナーシェを睨みつけた後、男達はワタシを一瞥すると、フン、と不快そうに鼻を鳴らして、通りを歩いていった。
彼らの姿が群衆の中に消え去った後、それまで平然とした面持ちを崩さなかった青年は、済まなさそうに表情を陰らせた。
「……すみません、見苦しいところをお見せした上、無礼な言葉まで」
「いえ、そんなに気にしてないですから」
ワタシはひきつった頬を無理矢理に動かして笑みを作りながら彼の言葉を遮って、
「あの、さっきの二人って城の兵士達ですよね」
「そうですよ。厳密にいえば、王国正規の騎士団に所属する者達です」
「そんな人達が、どうしてあんな突っかかってきたんですか? 同じ国の仲間なのに」
「仲間、ですか」
ミナーシェは深い溜息をついて、
「お互い、心の底からそう思えていればいいんですが」
と、独り言のようにポツリと呟く。意味心な発言に、ワタシは自然と首を傾げていた。
「どういう事なんですか?」
すると、彼はハッとした様子で、
「あっ、すみません。さっきのはつい……さっきの話ですが、マナミさんは知っておかなくても大丈夫ですよ。聞いても、嫌な気持ちになるだけでしょうし」
「いえ、知りたいです。だって、ワタシだけ何も知らないっていうのも妙な感じがするっていうか」
説明を渋るミナーシェだったが、ワタシの粘り強い説得に、とうとう折れてくれた様子だった。
「そうですね……」
と、彼は唇に少し曲げた人差し指を当て、周りを見渡した後、通りの一角にあった店を指し示し、気を取り直したように微笑みを浮かべて言った。
「ずっと歩き続けて、疲れたでしょう? 長話になりますし、休憩でもしませんか?」




