最終話「想い、遙か」 1
明るく賑やかな祭りが終わりを告げ、町を華やかに彩っていた多くの灯火がその役目を終えてからも、パトロールから解放されたワタシ達に休息が与えられる事は無かった。
ヴォリアンが『影の継承者』の一員であったという一報はすぐさま城に伝えられ、姿を眩ました彼を捜索する部隊が直ちに編成された。事態は急を要した為、王国の正規騎士団の他、城下町を巡回していたエリュシールの人員も追跡に協力する事になった。相手方に狙われている上に疲労が蓄積していたワタシ自身としては、後は他の人達に任せて本部に閉じこもっていたい気分だったのだが、護衛にも人手を割けない状況がたたり、またもやミナーシェ達と任務に駆り出される事となった。
しかし。流石は出世を約束された宮廷魔術師だったというべきか、どれだけ時間が過ぎても、ヴォリアンの行方が判明したとの報告がもたらされる事は無かった。明け方まで費やされた捜索任務は徒労に終わってしまい、鶏が騒がしく鳴き始めた頃になってようやく帰還の了承を得たワタシは、兵舎に戻った途端に俊足の動作でベッドへ潜り込み、翌日の朝までぐっすり熟睡してしまっていたのだった。
そんな事があって、未だ身体のだるさと鈍い頭痛に悩まされていた昼間。起こしにやってきたミナーシェに連れられて、ワタシはエリュシール本部の中にある建物の二階にいた。副隊長室の手前にある、広い会議室だ。部屋の中央に横長の高価そうなテーブルと椅子が置かれているものの、腰掛けている者は誰もいない。皆が起立したまま、最高指揮官の到着を今か今かと待ち続けている。勿論、ワタシもその例に洩れず、両手で口元を覆いつつ大欠伸をかましながら、部屋の隅っこに直立していた。自然と背筋が伸びて爪先立ちになっていると、隣にいたミナーシェがクスリと笑った。
「随分とお疲れみたいですね」
「当たり前じゃない……ずっと徹夜しっぱなしで、ようやく解放されるかと思ったら大事件が起きて朝まで駆り出されちゃうし」
ワタシは眠気で重い瞼を押さえながら溜息をついて、
「特別休暇くらい貰いたいわよ、ホント」
「ハハ、そうですよね。けれど、しょうがないですよ。今は緊急事態なんですから。僕らは寝る間も惜しんで働かないと」
入団の経緯もありますし、マナミさんは免除されてもおかしくないと思うんですけどね。彼は首を傾げながらそう言葉を続けた。一方、ワタシは彼の端正な顔をまじまじと見つめながら、
「でも、ミナーシェはずっと落ち着いてるわよね」
「え、そうですか?」
隊でも有数の好青年は意外だったように綺麗な青い瞳を瞬かせた。
「うん、ちっとも慌ててるようには見えないけど」
ワタシが頷きながら言うと、
「そ、そうですか……そりゃ参りましたね」
ミナーシェは困ったような笑みを浮かべ、その美しい水色の髪をかきあげながら、
「これでも結構、狼狽えてるつもりなんですが」
「そんなニコニコの顔で言われても、説得力に欠けるわよ」
「あはは……まぁ、ほら、病気は表情からとか言いますし」
病は気から、の間違いじゃないかとも思ったが、ここは異世界であるし、現代と同じ言い回しは存在していないのかもしれない。
けれど、彼の表現を受け、ワタシは少し離れた所で壁にもたれ掛かっている、一人の少年へ目を向けざるを得なかった。
「……表情ね」
見つめる先にいるルトレーの顔つきは、険しく暗いものだった。ワタシの視線を追ったミナーシェは、こちらの気持ちを察したようで、
「彼、随分と落ち込んでますね」
「無理もないわよ……相手が相手だったんだし」
かつて、自分と折り合いの悪かった上司――ヴォリアンが国を裏切っり、その追撃戦で彼に簡単に打ちのめされてしまった少年の心情は、ワタシには簡単に推し量る事の出来ないものだった。
――でも、ここで下手に声を掛けたら逆効果だし……。
強がっていても、子供は子供。ワタシの方も少年に激励や説教を掛けられるほど出来た大人というわけではない。かといって、何もしてあげないのも、なまじ彼の背負ってきた苦悩に触れてしまっただけに気が引ける。
「今はそっとしておきましょう」
ルトレーへの接し方に悩んでいると、ミナーシェがおもむろに口を開いた。
「少し、一人で考える時間が欲しいでしょうから」
「……ええ、そうよね」
「時間が立てば、彼もいつもの調子を取り戻しますよ。きっと」
「いつもの調子、か」
何時だったか、青髪の少年が巡回前に団欒室のソファで駄々をこねていた事を思い出し、ワタシは無意識のうちに苦笑してしまっていた。普段の職務をサボりがちな彼が戻ってくるのを、心の奥底で自分が待ち望んでいる事に気がつき、それが面白おかしく感じられたのだ。
「あれ、どうかしました?」
「う、ううん。何でもない」
目を点にして訊ねてきた青年に首を振ってそう答えた直後、隊員達でごった返す会議室の外で、階段をコツコツと降りてくる足音がした。それを聞きつけ、私語が飛び交っていた室内が、一瞬で水を打ったように静まり返る。階上から降りてくる二人が誰か、この場に佇む皆が自ずと察していたからだ。
「全員、集まっているな」
会議室に姿を現したエリュシール隊長――ゼルリックは、両側に整列している部下達の顔を眺めながら、部屋の奥へと向かう。続いて入ってきた副隊長もその後に続いた。二人は隊員全員を見渡せる位置で足を止めた後、自分達だけが椅子に腰掛ける事なく、真剣な面持ちで口を開いた。
「まず、重要な報告がある。昨夜、城から逃走したヴォリアンだが、まだ行方は掴めていない」
「未だ王国正規騎士団の者達が捜索を続けているとの事ですが、成果は無いようです」
上司の言葉を継いだフーレンスは思案するように手を顎に当てながら、
「流石は元宮廷魔術師といったところでしょうか。逃走経路に自身の痕跡を全く残していないようですね。一体、どこへ高飛びしたのか」
「彼らも必死に任務に励んではいるが、彼らの根城や目的に関する有益な情報はそう簡単に得られないだろう。従って、我々は後手に回らざるを得ない」
「ちょっと待って下さい」
水色髪の青年がおもむろにゼルリックの言を遮った途端、この場にいる全員の注目が彼へと集中する。その隣にいたワタシは何となく恥ずかしくなってほんのり頬が熱くなったのだが、当の本人は自身に向けられた無数の視線を全く意に介していない様子で、平然と言葉を続けた。
「彼が城から持ち去っていった古代の書物がありましたよね? その内容は手掛かりになるんじゃないですか?」
――あ、そっか。
彼の疑問に対し、ワタシはすんなりと同意してしまっていた。彼の声に耳を傾けていた男達もまた、その通りだというように頷く。
一方、ゼルリックはミナーシェの質問にすぐさま答えず、フーレンスと意味深な目配せを交わした後、何故かワタシをチラリと見た。色鮮やかな紅髪とは対照的に深い漆黒の瞳に射抜かれたような感覚が走り、一瞬ドキッとしてしまう。
――何?
だが、彼はすぐにワタシへと向けていた視線を隣にいた青年へ移すと、
「確かに、重要な情報となっている。ただ、その具体的な内容については厳重な機密事項となっているので、この場では話せない」
「……そうですか、分かりました」
何か言いたそうにはしていたものの、ミナーシェは至極あっさりと引き下がった。
それから。ヴォリアンの捜索は騎士団で行うので、ワタシ達は通常の任務を継続する事になるなど、幾つかの連絡事項が伝えられた後、集会は解散となった。
けれど。ワタシの心の中では、今し方ゼルリックの見せた眼差しと、ヴォリアンが去り際に残した謎の言葉が交互にチラツいて離れなかった。




