第三話「影の後継者」 16
さて。何やかんやで初日を楽しんだワタシだったが、その後もしばらくはアズレード祭を見物する余裕があった。
二日目は初めての巡回徹夜明けで最初の方こそ日の光が煩わしく思えるくらいだった。しかし、まだ口にしていない食べ物や、見て回っていない店も沢山あり、うつらうつらしながら歩いているうちに眠気もある程度は覚めた事もあって、ワタシは昨日とあまり遜色ない新鮮な一日を過ごす事が出来た。
三日目になると、露店などに関しては流石に見飽きてしまったものの、この日はミナーシェの言っていた通り、パレードが凄かった。人の数もこれまでに比べて明らかに増えていて、人混みをかき分けてパトロールするのにも一苦労だったほどだ。夜になると、体のふっくらした国王と線の細い王妃が沢山のお供を引き連れて町へ姿を現し、都中は熱狂的な歓声に包まれた。ちなみにこの時、ワタシは初めて自分の使える国のトップの姿を目にした。当然、この日も刺激に欠けていたわけがなく、疲労は着実に溜まっていたものの、ワタシは何とか日数の峠を越す事が出来た。
余裕が無くなってきたのは、四日目に入ってからだった。目新しい店も見せ物も見当たらなくなると、ワタシの興味関心を引き立てていたものが全滅してしまった。また、人の数もだんだんと減り続け、祭りの活気も徐々に失われていく。そうなってくれば、ワタシの全身を蝕む睡魔がどんどん強烈になっていくのは至極当然の事で、これまで騙し騙しやってこれた筈の巡回も一気にこなすのがしんどくなった。頻繁に失いかける意識を何とか保ちつつ、ワタシは精神を多大にすり減らしながらも、この日を耐え抜いた。
そして迎えた、最終日の夜。だいぶ雰囲気の落ち着いてきた町中を、ワタシはふらついた足取りでトボトボと歩いていた。
「マナミさん、大丈夫ですか?」
「ぜんぜん大丈夫じゃない……」
心配そうに問いかけてくるミナーシェに対し、ワタシは掠れ声で言った。頭も、瞼も、足も、全てが重い。もはや、口を開くのさえ億劫に感じられる。
こうなってくると、真っ先に悔恨の感情が胸の中に浮かんだ。
――祭りの前にもっとしっかりと眠っていれば……。
少なくとも、今よりはマシな気分だった筈に違いない。子供じゃあるまいし、お祭りくらいで浮かれまくっていたあの頃の自分をはり倒したい衝動に駆られる。だが、今更嘆いたところで、後悔先に立たず、だった。
――けど、フーレンスとミナーシェはホントに凄いわね……。
五日間の徹夜という超過酷な状況であるにも関わらず、二人は至極平然としていた。水色髪の青年の方は時折、眠たそうに欠伸をするのだが、目に見える疲労の色はそれくらい。エリュシール副隊長に至っては、全く疲れを表に出さないほどだ。彼らの常人を逸した佇まいに、ワタシは百戦錬磨の兵士の風格というものを朧気ながらも感じ取っていた。
一方、ルトレーはというと、ワタシ同様に憔悴しきっていて、
「あ、後少し……後少しで眠れる……」
と、その口からは必死で自分を鼓舞するような呟きが洩れていた。
「……ミナーシェ、祭りが終わるまで、後どれくらいかかるの?」
「そうですね。明日の零時きっかりに終わるので」
と、水色髪の青年は広場に立っている時計台へ視線を向けて、
「後、四時間くらいでしょうか」
その返答を聞いた途端、ただでさえ衰弱しているワタシの頭に、更なる重石が乗っかかる。
「そ、そんなに……」
「マジかよ……」
ワタシとルトレーはほぼ同時に絶望の声を上げ、がっくりとうなだれた。
「二人とも、もう少しの辛抱ですから」
「ええ。ミナーシェの言う通り、後一息ですよ」
平気そうな二人の励ましに、ワタシ達は返事をする余裕も無かった。とにかく、足を前に前にと動かすだけで精一杯なのだ。
顔を上げるだけの気力もなく、俯いて力無く歩いていると、フーレンスが神妙な口調で、
「しかし、とうとう最終日となったというのに、何も起こりませんか……」
彼の呟き通り、この五日間で『影の継承者』が活動を行ったという報告は未だ入っていない。ワタシ達の担当区域でも、酔っぱらい同士の喧嘩に数回遭遇したくらいで、彼ららしき集団と接触はしていなかった。その他に大きな事件が起こるという事もなく、祭り自体はほぼ順調に進行していたのである。
「もしかすると、彼らの襲撃という話自体がデマだったのかもしれませんね」
今度はミナーシェが、彼と同じく冷静な声色で口を開いた。
「私も同じ事を考えていました。ただ、そうなるどこか釈然としませんね。私達に無駄働きをさせるためだけに、偽の情報を掴ませたとは考えにくい。あちらさんも結構、話に信憑性を保たせる為に骨が折れたでしょうから。まさか意味がないなんて事はないでしょう」
「となると、やはりブラフの線でしょうか?」
「ええ、それが一番自然でしょうね。この噂は陽動で、本命は別の所にあるのかもしれない」
「じゃあ、彼らが町以外の場所を狙うとなると……やはり」
青年が何かを言いかけた、まさにその時。
「副隊長! 大変です!」
と、通りの向こうからエリュシールの紅鎧を身に纏った男が大慌てで走ってきた。その只ならぬ様子に、ワタシは一気に目が覚める。それはルトレーも同様だったようで、彼の顔つきも一変していた。
「何かあったのですか?」
フーレンスの問いかけに、目の前で立ち止まった隊員は強く頷くと、
「先ほど、城内から不審者が逃走したとの報告を受けました! その者は守備隊の追撃を振り切って、既にこの町へ進入したとみられています!」
――謎の人物って……。
すぐさま、ワタシは脳裏に例のフードを被った謎の人物を連想した。
「追撃を振り切った……? 一人でかい?」
「はい!」
ミナーシェは真剣な表情で腕組みをして、
「まさか。こちらの方に人員を裂いているとはいえ、守備隊の数は決して少なくない筈だよ。並の兵なら、単独で乗り込んでタダで済む筈がない」
「それが……」
彼の言葉に、隊員は表情に陰りを見せた。
「不審者が用いた怪しげな術で、守備隊の大半が錯乱してしまい、味方同士で戦い始めたそうです。その混乱の隙に乗じ、その者は逃走を計ったと」
「ですが、ただ城に忍びこまれたというわけではないのでしょう?」
フーレンスは何時になく表情を強ばらせて、
「一体、城内で何が起きたんです? 国王は無事なのですか? 王妃は?」
「いえ、王族の方々は全員無事です。ただ……」
「ただ、なんです?」
「城の宝物庫から古代の書物が盗み出された模様です!」
――古代の書物?
ワタシが首を傾げた、まさにその瞬間。
「いたぞー!」
「追え!」
「絶対に逃がすな!」
祭りの最中には不釣り合いな、物騒な叫び声が耳に届いてきた。途端、ワタシ達の周りにいた全員の血相が変わる。
「こうしてはいられません」
エリュシール副隊長はコホンと咳払いすると、目の前の隊員に対し、
「隊長はこの事を知っているのですか?」
「いえ、隊長の持ち場まで距離が遠く、まだ報告しておりません!」
「では、急いで隊長に連絡を」
「はっ!」
再び駆け出した隊員の姿は、瞬く間に通りの曲がり角へと消えていった。
「さあ、私達もぐずぐずしてはいられません」
フーレンスは自分の部下達を素早く見渡すと、緊張感溢れる声で告げた。
「私達は侵入犯の追跡に向かいます! 急ぎましょう!」
遂に、『影の継承者』が行動を開始した。




