第三話「影の後継者」 9
――隊長に就任した、経緯?
勿論、元々この世界の住人ではなかったワタシが、そんな事を知っている筈もなく。ワタシは首を小さく横に振った。
「いえ。でも、それがどうかしたんですか?」
前にミナーシェから聞いた限りでは、ゼルリックは王国内の兵士達から慕われている筈。ルトレーと違って、マイナスの理由でエリュシールに加わったとは考えにくい。
――ワタシはてっきり、特殊部隊を統率するにふさわしい人物だから選ばれたんだと思ってたけど……。
そんな事を心中で呟いていると、フーレンスは声を低めて告げた。
「隊長は元々、アーゼンロイス王国の正規騎士団長の次期候補だったんです。それも、かなり有力な」
「え?」
初耳な事実に、ワタシは両目を大きく見開く。忽ち、ゼルリックの過去について強い興味が芽生え始めたが、その他にも、彼の発言に気になる一点があった。
「次期候補『だった』って……」
「今はもう、世代交代は済んでいますから。隊長とは別の方が、既に騎士団長に就任しています。戦死などがない限り二十年は続けられると思いますから、ゼルリック殿が次の団長となる可能性は低いでしょう」
「……どうして、なれなかったんですか? その、騎士団長に」
「ここから先は、少しややこしい話になりますが」
そう前置きして、フーレンスはゼルリックの事情について語り始めた。その内容は、こういうものだった。
兵士達から絶大な指示を受け、城の者達からも多大な信頼を受けていたゼルリック。当然、彼を次期団長として押す声も少なくはなかった。ゼルリック自身が由緒ある騎士の家計出身である事も、その風潮に拍車を掛けていた。順当にいけば、彼の団長就任は確実なものだったに違いない。
ただ、それを快く思わない人々もいた。ゼルリックと同じように次期団長として名前の上がっていた騎士達の一部や、その親族達だ。特に、過去何度も騎士団長を輩出してきた、いわゆる『名家』の者達は、彼の就任に対し猛反発した。同じように高名な家の出身であるとはいえ、ゼルリックとその他候補者の出自には騎士団に属する者なら容易に分かる違いがあったのだ。
というのは、ゼルリックは確かに高潔な血筋とはいえ、元を正せば『一介の兵士に過ぎない、しかし武勇に秀でて数々の戦場で名を馳せた騎士』の家系なのである。それに比べ、他の候補者達はそれぞれが『騎士団の中で多数の重要ポストを占め、城での影響力も強い』という、権威的な一族の末裔だった。
当然ながら、彼らはゼルリックの団長就任を妨害しようとして、様々な工作活動、根回しを行った。その効果と、ゼルリックの家がそこまで彼の団長就任に積極的な姿勢を見せなかった事とが相まって、彼を団長に推す声はだんだんと弱まっていき、結果的には別の者が騎士団長に就任する事になったのだという。
そして、約束されていた筈の大躍進が流れてしまったゼルリックに代わりとして与えられたのが、特務部隊エリュシールの隊長というポストだったそうだ。
全ての話を聞き終えた時、ワタシの心中には強烈な衝撃が渦巻いていた。
――まさか、ゼルリックにそんな過去があったなんて……。
殆ど決まっていた筈の出世がフイになった時の彼の心情を思うと、胸がひどく痛んだ。
――ワタシだったら、堪ったもんじゃないわよ……。
しばらく、室内を静けさが包み込んだ後。
「……私の言いたい事が分かりましたか?」
おもむろに問いかけてきたフーレンスに対し、ワタシは返事する事なく目を伏せる。それを肯定と受け取ったらしい彼は、神妙な口調で言葉を続けた。
「過去の事情から考えるに、ゼルリック殿は今の王国に不満を感じていても不思議じゃないんです。名誉あるアーゼンロイス王国騎士団長の座に比べれば、エリュシールの隊長という地位も閑職のようなもの。本来、自身が尤もふさわしかった肩書きを横取りされ、半ば厄介払いや島流しのような形で騎士団を追い出された、彼が今までの経緯をそう捉えていても不思議ではありません」
有り得ません、とは口に出来なかった。けれど、その通りかもしれません、とも言えなかった。
「勿論、私はマナミさんに、隊長を絶対に信じるな、と言っているわけではありません」
口を噤み、下を向いてしまったワタシに、フーレンスは幾分か語調を和らげて語り掛けてきた。
「彼が造反者であるというのは、全て私の推測に過ぎませんから。全て私の取り越し苦労という事も、十分に有り得ます」
ただ、取りあえず知っておいて欲しかったんです。そう口にすると、彼は息をゆっくりと吐いた。
「誰が影の継承者に内通しているか、現状で確かな事は何一つありません。マナミさんは彼らに狙われている身ですし、警戒の目をヴォリアン殿だけではなく、自らの近辺にも向けておく事は大事だと思います。御理解頂けましたか?」
ワタシは顔を上げて、
「……はい」
と、彼の問いに対し、か細い同意の言葉を発した。ゼルリックに対する信頼が、ワタシの中で綺麗さっぱり消え失せてしまったわけではない。しかし、彼に疑惑を向けている自分が心の内に生まれてしまった事もまた、紛れもない事実だった。
「マナミさん、お茶の方もどうぞ召し上がって下さい」
「あっ、それじゃ頂きます」
話を聞く事に気を取られ、目の前の飲み物に手をつける事すらすっかり忘れていた。フーレンスに勧められ、ワタシはティーカップの取っ手に指を伸ばし、持ち上げてアップルティーを啜る。ずっとほったらかしにしてしまっていたせいか、中身の液体はすっかり温くなってしまっていた。とはいえ、劇的に不味くなったわけではない。元々、味の良い銘柄だったので、冷めても美味しかった。
そのまま、しばらく茶を嗜んでいると、フーレンスが窓の外に視線をやりながら、
「そういえば、ルトレーは昨日、どんな様子でした」
「え、えと」
急な質問に、ワタシは返答に戸惑った。
「元気では、無かったです。その、ヴォリアンって人が訊ねてきてからは」
「でしょうね……」
「ルトレーも昔、何かあったんですか?」
疑問に思って質問すると、彼は小さな溜息をついて、
「ええ、色々と。彼も相当、苦労してきているんですよ」
「話してはもらえませんか?」
「多分、本人が嫌がるでしょうから。貴女に、自分の過去を知られたくはないと思いますし」
「……そうですか」
「良ければ、彼を元気づけてやって下さい」
「え?」
突拍子もないお願いに、ワタシは自然と目をパチクリさせる。だが、フーレンスはワタシへその端正な顔を向ける事なく、空高くに浮かぶ雲を遠い眼差しで見つめながら、
「……色々と問題のある行動を取るのも事実ですが、彼は心根が真っ直ぐな少年です。そして今、彼と一番長く接する機会のあるのは貴女だと思います。昨晩の出来事で彼もかなりヘコんでいるでしょうが、頼めますか?」
――フーレンスさん……。
多忙の身である筈なのに、自身の部下に対する心遣いを忘れない彼に対し、ワタシは深い感銘を抱いた。彼のように気配りの出来る人間は、そうはいないだろうと思った。
「……ワタシが励まして元気になるかは分からないですけど、何とか心がけてみます」
「そう言ってもらえると、助かります」
彼は胸をなで下ろしながら、ワタシに向き直った。
「明日からはまた、ルトレーに貴女の指導をお願いしています。どうか、その時にでも彼を勇気づけてやって下さい」




