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勝手に召喚されて、騎士にされたワタシ~エリュシールの暁~【第四回なろうコン一次選考通過作・第3回お仕事小説コン楽ノベ文庫賞受賞作】  作者: 悠然やすみ
第一章「勝手に召喚されて、騎士にされたワタシ」(2015年1月11日に完結済みです)
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第三話「影の後継者」 1

「ん……」


 意識を取り戻して薄目を開くと、少し前にもお世話になった病室の光景が視界に入ってきた。ただし、前回と異なってカーテンは開いていない。その代わり、雨足が絶え間なく窓を叩く音が、空虚に反響し続けている。どうやら今日は天気が悪いらしい。テーブルの上に置かれたランプが、淡い橙色の灯火を発していた。椅子にはまた、誰も座っていない。ただし、前回同様に水差しとコップが四個置かれている。数は少し増えていた。


――ワタシ、また気絶しちゃったんだっけ。


 起きたばかり回転の悪い頭を手で支えながら、ワタシは上体をゆっくりと起こした。体中が汗だくで、いつの間にか着せられていた病人用と思われる衣服もぐっしょり濡れていた。ひどく気持ち悪い。それに加え、焼け付いたように喉が渇ききっている。頭が鈍く痛むのも、寝起きだからというだけの理由ではなさそうだ。両手の平を合わせると、双方から双方に熱のこもった体温が行き来し合った。


 自然と、卓上の水差しに右手が伸びる。まだ口のつけられていない唯一のコップを左手に持ち、中に半分ほど注いだところで、一気に飲み干す。まだ、足りない。また、半分ほど注ぎ、飲み干す。そんな事を何度も繰り返すと、すぐに水差しの中身は無くなってしまった。


 空っぽの容器をテーブルの上に戻し、ワタシは再び枕に頭を乗せた。あれだけ水分を取ったのに、まだ喉は乾いている。そのせいか、体がとてもダルかった。ここから、一歩も動きたくない。まるで、重い風邪を引いた時のような、そんな症状。

 けれど、この不調が病気からきていない事は、何よりワタシ自身がよく知っていた。


――確か、ミナーシェと一緒に巡回してて……。


 思い出したくなくて無意識のうちに押し込んでしまっていたのか、それとも単純に脳が不調で思い出せなかったのか。とにかく朧気で曖昧だった記憶の糸を、ぼんやりと天井を見つめながら辿っていく。


――そうしたら、彼が誰かを追いかけていって、言われたようにその場で待ってて、後ろから誰かが近づいてきて、彼だと思って振り向いて。


 そこで脳裏にハッキリ浮かぶ、黒ずくめの格好をした謎の人物。


 その容姿を鮮明に思い出した瞬間、ゾクリと背筋が震えた。


――アイツ、本当に何者なのよ?


 最初に火事現場で出会った時も、奇妙な言動を取っていて気になっていた。しかし、今度はハッキリと相手の口から聞いてしまったのだ。




『目的は君だよ。それ以外に、あるわけがないだろう?』




――どうしてワタシなの? 訳が分からないわよ。


 何しろ、この世界に召喚されてまだ日が浅いのだ。エリュシールでの仕事が忙しい為に一人で外出した経験も無いし、当然ながら知り合いだって少ない。仕事以外で町を訪れる事も皆無なのだから怨みなんて買った筈がないし、少なくとも身に覚えはなかった。


 それなのに、フードの人物は言った。目的は『ワタシ』であると。


――なら、ここ最近の出来事は全て、ワタシのせいで起きたっていうの?


 ルトレーと顔馴染みである老婆をワタシ達に接触させ、火事騒動を引き起こし、大勢の人々の命を危険に曝してまで目的を果たそうとした。


――なら、その目的って一体何よ?


 まさか、ストーカーの類か。そう考えて、自分で頭を振った。あの人物は、そんな変質者っぽい雰囲気を纏ってはいなかった。むしろ、本気で何かを壊そうとしているような、そんなオーラがあった。


 そういえば、まだ気になる事を言っていたような。


――確か……力がどうとかって。


 こちらの方は、身に覚えがあった。この前、謎の人物から妙な魔術をかけられた時に起こった、不可思議な感覚だ。


――全身が熱くなって、変な衝動を抑えられなくなって。アイツを追い払いたいって思ったら、何故か炎がワタシの周りを囲んでて。


「……ほんっとうに、訳分からないわよ」


 自然と、途方に暮れた呟きが口から洩れていた。あまりにも謎が多すぎて、全く整理がつかない。このままでは、頭がパンクしそうだった。


――駄目ね、頭も重いし。考えるのはもう止めて、ゆっくり休もう。


 ふぅ、と短く息を吐く。全身から力が抜けると、体中を包む柔らかい布団の感触が、いっそう心地よく感じられた。


 規則的に窓を叩く水滴の淡々としたリズムを聞いていると、だんだん瞼が重くなってくる。瞳を閉じては開き、そんな動作を何度か繰り返した後、両目を完全に瞑った。テーブルや椅子の様子からして、恐らくミナーシェ達が側にいてくれたのだろうけれど、彼らが部屋に戻ってくるまで起き続けているのは少し厳しかった。


――なんか、本当に激動の毎日ってカンジ……。


 視界を真っ暗闇にして、強い睡魔に抵抗なく身を委ねていると、ふとそんな事を思った。こんなファンタジー世界にいきなり連れてこられて、けれどようやくエリュシールでの生活に慣れ始めてきたかと思ったら、今度はワタシの事を執拗に狙ってくる謎の人物の登場。


――実は、長い夢だったりしないかな。


 本当はまだ、火事の時から目が覚めてなくて、フードの人物もただの幻覚に過ぎなくて。いや、ひょっとすると、召喚された時から道端で熟睡してしまっていたのかも。


 けれど、これまでの出来事は、脳内で描かれた空想の産物と考えるには、あまりに現実感に満ち過ぎていた。


――また、襲われるのかな。


 フードの人物の口振りからして、これからもワタシの事を執拗に追ってくる事は間違いないだろう。次は、果たして助かるのだろうか。ミナーシェ達がずっと守ってくれれば、ひとまずは安心出来る。しかし、もしも彼らが敗れてしまったなら。ワタシ自身は、剣も槍もまともに扱えない一般人だ。この前に発言した不思議な力はあるものの、それが一体どんなものなのか知ってもいないのに、使いこなせるわけがない。自分の意志で操った事すらないのだから。


――もし、もしワタシ一人になってしまったら……。


 殺されるかもしれない。その言葉が脳裏によぎった瞬間、強烈な不安が胸の中に渦巻いていく。心臓はいつの間にか、痛いくらいに脈打っていた。


 現実では、こんな心配なんて抱いた事は一度も無かった。ワタシにとって、事件や事故はテレビの中で放映されるニュースの一件に過ぎなかった。自分が見ず知らずの人間に命を狙われるような目に遭うなんて、露の欠片も想像していなかった。


 もし、ワタシが元の世界で生活し続けていたなら。いつも通りの時刻に起きて、出社して、仕事をこなして、友人と話して、残業して、帰宅して、食べて、風呂に入って、テレビでも見て、布団に入る。そんな、いつも通りの毎日が過ぎ去っていたに違いない。


 こんな、得体の知れない存在と出会って、強い不安を抱き続ける事も無く。


――怖い。


 ゾクリと背筋を震わせた恐怖に身を竦め、布団を強く握りしめた、その時。ワタシはようやく、気がついた。




 初めて、帰りたいと思ったのだと。




 代わり映えしなくとも取りあえずは安全だった日常も、向こうでしか食べれない美味しい食べ物も、電気の通った快適な住まいも。いざとなれば帰る事の出来る実家、いつでも相談に乗ってくれる家族、友人達。昔はあれだけつまんないと思っていた世界が、どうしてだろう。今ではとても恋しかった。


――無い物強請り、ってやつなのかな。


 何故か少し、自分自身に呆れてしまった。




 その時だ。コンコンと、閉められていた扉が叩かれる音がした。

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