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勝手に召喚されて、騎士にされたワタシ~エリュシールの暁~【第四回なろうコン一次選考通過作・第3回お仕事小説コン楽ノベ文庫賞受賞作】  作者: 悠然やすみ
第一章「勝手に召喚されて、騎士にされたワタシ」(2015年1月11日に完結済みです)
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第一話「残業帰りに召喚されて」 1

 足下に魔法陣が出来ていた。


――何よ、コレ。


 最初は残業疲れのせいでとうとう幻覚でも見てしまったのかと思った。立ち止まって一度、二度と重たい瞼を擦り、再び目を開いてみる。やはり、光輝く魔法陣が出来ている。よくドラマや映画で見かけるようなやつだ。難解そうな術式がビッシリと書き込まれているが、日本語でも英語でも独語でもないので、残念ながら解読は出来ない。


「……いいや。正気に戻るのよ、ワタシ」 


 自らを落ち着かせるように独り言を呟きつつ、ワタシは髪を掻き上げながら辺りを見回す。時刻は零時をとっくに過ぎた深夜。ここは普段から全く活気のない、寂れきった通りだ。もう何年も改修されていないような汚い建物の殆どに入居者募集の張り紙等が張ってある。昼間は営業していると思しき数少ない店も、今はその全てがシャッターを下ろしている。そして、ワタシ以外にこの場所を通っている人影は皆無。


 つまり、この場にいる人間は現在、ワタシ一人というわけだ。という事は、この妙な異変に気づいているのも、ワタシ一人だけだという事になる。


「しっかし、一体何なのよコレ。不良のイタズラ書き? それとも新手のドッキリ企画?」


 次から次へと有り得そうな事を呟いてみる。だが、どれも真実からは程遠いような気がした。頭の弱い子供がやる事にしては、些か書き込まれている内容が妙に芸術的過ぎるし、たとえドッキリだとしても文字が発光しているカラクリが分からない。蛍光塗料だという線も考えたが、それにしては輝きが強すぎる気がした。


「……まあ、よくよく考えてみれば、ワタシにはどーでもいい事よね」


 さっさとここを立ち去ろうと思い、パンプスを地面から上げて歩き始めようとする。


 だが、まるで魔法陣に吸いついているかのように、靴がビクともしない。


「……えっ?」


 事態の深刻さにようやく気がついたワタシは、呆然と足下の模様を凝視する。


――もしかして、この場から逃げられないわけ?


 どうして、ワタシが。この状況が理不尽過ぎるという思いに捕らわれつつも、ワタシの脳裏には一つの疑念がよぎる。一体、この魔法陣は何の為に出現し、ワタシの動きを封じているのか。


「まさか、現代人が異世界に召還されるとか、そんなベターな展開? んなワケないわよね、そうだ。コレは夢よ夢。ハハハハー」


 乾いた笑い声を上げつつ、頬を抓ってみる。痛い。つまり、これは紛れもない現実。


「……あー、もう!」


 遂に業を煮やしたワタシは、つい大声で魔法陣を怒鳴りつけた。


「どっかへ連れてく気なら、早く済ませなさいよ! こっちは連日残業三昧で疲れてんのよ! 分かる!? 今すぐフカフカのベッドで休みたいわけ! 何も用事がないなら、とっととワタシを解放してよ!」


 別に、返答を期待していたわけではなかった。ただ、日頃の生活で溜まりに溜まったストレスを、この機会にぶちまけたかった。それだけだったのだ。


 だが、ワタシの言葉にまるで反応するかのように、模様はいっそうその輝きを強めていく。忽ち、ワタシの首筋を冷や汗が伝い始めた。


「えっ……いや、ちょっと」


 狼狽を口にした、まさにその瞬間。ひときわ強烈に輝いた魔法陣に、ワタシの体は勢いよく吸い込まれていく。その反動で、通勤用に奮発して買った高級バッグが肩から放れ、道端へと転がった。だが、既に体の半分以上を魔法陣の中に引きずられていたワタシの手は虚しく空を掴んだだけだった。


 こうしてワタシは、非現実な世界へと足を踏み入れる事になったのだった。






「……おい、ルトレー。どういう事だ、これは」


 誰かが誰かを厳しく詰問するような声が聞こえてきて、ワタシは意識を取り戻した。


「ん……?」


 未だ視界はぼやけている。最近、目覚めた時はいつもこうだ。仕事疲れが中途半端にしか回復しないせいで、頭が重たい。もう少し眠っていたいとも思うが、そんな事をして寝過ごせば給料カットにネチネチ説教と大惨事だ。早く出社の準備をしなければ。だが、やけにベッドが冷たい。


――てか、ワタシ昨日、ベッドで眠ったっけ……?


 靄のかかったような思考の中、うつらうつらとしながら考える。そうこうしているうち、また先ほどとは別の声が耳に入ってきた。若い少年のような、それでいて明らかに焦っている口調だ。


「どういう事って……見た通りっすよ。俺はただ、国王に命じられた実験をその通りに行っただけで」


――ウルサいなぁ、寝起きの時くらい静かにしててよ。


 脳内で一人悪態をつきながら、ワタシはだんだんと甦りかけている記憶の糸をノロノロと手繰り寄せていく。確か、昨日も遅くまで残業して、早く家で眠りたかったから表通りじゃなくて近道を歩いて。


「その通りに行ったって事は……つまり、実験は成功したって事かい?」


 また、三人目の声がする。今度は知的な響きを込めた青年の声だった。そして、また一人目が若干狼狽えている様子で発言する。


「しかし、見ての通り、戦いには無縁そうな女性だぞ」


 再び二人目。


「だから、言ってるじゃないっすか。俺はただ任務に従って、書物に記されてた召喚術式を発動させただけです」


 三人目。


「じゃあ、やはりこの女性には何かしらの力が……」




「あー、やかましい!」




 堪らず、ワタシは大声で叫んでいた。




――あっ。




 そして、冷水を浴びせかけられたように、ハッと意識が覚醒する。同時に、昨夜の出来事も全て思い出した。人気のない裏通りに突如現れた魔法陣。家にたどり着く事なく、ワタシはその中に引き込まれてしまったのだ。しかし、その事について考えを巡らせる余裕は、全くなかった。


「あ、いえ、あの……」


 眼前の光景を目の当たりにして、ワタシは言葉を濁す。怪しげな道具がそこらかしこに立ち並ぶ、暗く小さな部屋。その中心にワタシはいた。倒れていた床には、かつてワタシが現実世界で見かけたのと同じ魔法陣が、チョークのような白い粉で描かれている。まるで、危ない宗教団体の一室だ。そして、横たわるワタシの目の前には、先ほどまで会話を繰り広げていたと思しき三人の男達が立っていたのだ。


「あっ、目を覚まされたんですね」


 爽やかな笑みを浮かべて、一人の青年が話しかけてくる。その声質から、三人目の男だとすぐに分かった。年齢はワタシと同じか、少し年下くらいだろうか。背は平均的で、体格はほっそりとしている。髪は淡い水色で、瞳の色も同様だった。目がパッチリとしているせいか中性的な顔立ちをしていて、着ているものさえ変えてしまえば、アイドルとしても通用するだろう。それほどの美青年だった。ただ実際には、彼の風貌に全く似つかわしくないような、紅に輝く鎧を着用している。もったいないな、と思いつつワタシは返事をした。


「は、はい。覚めました」


 自分の口から飛び出した言葉は心なしか上擦っていた。


「気分や体調は大丈夫ですか?」


「え、と。多分、大丈夫です……あの」


 先ほどの醜態を思い返して気恥ずかしさを覚えつつも、ワタシは先ほどから気になっていた問いを彼に投げかける。


「ワタシ、一体どうなったんですか? それで、ここはどこ?」


 すると青年は小さく頷いて、


「そうですね。それは自然な疑問でしょう。ただ、何と答えればいいか……」


 と、神妙な面持ちでしばらく考え込む。やがて考えを纏めたらしい彼は、その端正な顔でワタシを見つめ、驚きの事実を告げたのだった。




「簡単に説明すると、貴女は元いた世界から、僕達の世界へと召喚されてしまったんですよ」

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