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第五稿改訂 摂津カナエが楽しく生きる為に必要なもの

私がE-Goとして目覚めたのは、幼稚園の頃に近所の野良猫が車に轢かれそうになった時だった。

危ないと思った瞬間に体が動いて、私は車道に飛び出していた。

車は全力でブレーキを踏んだけれどスピードを殺し切れなかった。

私はとっさに両手を車の前に突き出し、バンパーを鷲掴みにして車を思い切り投げ飛ばしたのが全ての始まり。


幸い人通りも無く、車もタイヤから着陸したお陰で死者は出なかった。

運転手がムチウチにはなったが、E-Go絡みだった上に運転しながら携帯で話していたので示談で済んだ。

それ以来、私は自分の力をコントロールする事に必死だった。


平凡な家庭ではあったけども、両親は私を見捨てず色々と協力してくれた。

加減を覚え、必要以上に力を入れた生活をしないために礼儀作法の教室に通い始めたのもその頃だった。

これまた幸運な事に作法の先生も私に理解を示し、懇切丁寧に教えてくれた。

お陰でちょっといいとこの娘くらいじゃ太刀打ちできないくらい、立派なお嬢様の物腰は身に付いた。


雀百まで踊り忘れず、という言葉は正しいと思う。

泣き喚きたいくらい悲しい事があったり、叫び出したいくらい怖い事があったりした時。

平静で居られなくなりそうな時に、先生から習った事を思い出すと自然と心が落ち着いた。


E-Goの超常能力は意識、あるいは意思によって発現するという。

だから、感情が暴走すると力も暴走してしまう。

それを抑えるために私は心が乱れれば乱れる程、優雅に振舞う。



例えば、こうして私達の領域を荒らしに来た無遠慮なおじさんの存在にブチギレていても私は優雅に振舞う。

今発散したら、このおじさん以外に迷惑が掛かってしまうから。

私の力は人を巻き添えにしやすい。



だから、他の人を巻き込まないように、このおじさんだけを潰さなければいけないのだ。









「ここで構いませんかしら?」


私とレンちゃんがおじさんを連れてきたのは、駅前通りから少し離れた場所に位置するコインパーキングだった。

交通量が少ないせいか、駐車してある車は数台ほど。

オマケに周囲は雑居ビルが立ち並んでいる事もあって、人目につかない。

改めて、私は怪しいおじさんと対峙する。レンちゃんには申し訳ないけれど、見張りを頼んだ。

レンちゃんなら何かあればすぐに気付いてくれるから、本当に助かる。得難い友人だ。

一方のおじさんは少しだけ警戒しているようだけど、小娘相手だからとタカを括っている様だった。


「ああ、いいよ。それじゃ早速だけど、君らと神鬼籠の関係を知りたいんだけど?」

「そこまで深い関係じゃありませんわ。私達の仲間の一人が、彼らの幹部と昔馴染みではあるようですが……だからと言って、懇意にしているとか同盟関係だとか、そういう風に勘繰られるのは心外ですわね」

「へぇ、言うねぇ。じゃあ、煉獄同盟の襲撃に立ち会ったのにそんな余裕で居られる理由は?」

「煉獄同盟だって私達のような弱卒をいちいち相手にしている暇はありませんわ。最初に襲撃に来た時に潰せた相手を、彼らが見逃す理由なんて私にはそれくらいしか思い当たりませんもの」

「随分と自己評価が低いなぁ、ルーニーズルームは」


……私達の事を知っている。こいつは、何者だ?


「結局、貴方はどうされたいんですの?私達がE-Goだと知っていて接触を図ってくる以上、貴方にも目的がある筈」

「目的、目的ねぇ……くく、かはは!」


次の瞬間、おじさんの顔がどろりと溶けた。そして、若い男の顔へと変わる。


「んなもん、お前らの首を煉獄同盟への手土産にするために決まってんだろうがぁ!」


ふざけた事を言いながら、男は右腕をスライム状に変化させてこちらへと放ってきた。

私はバックステップで距離を取って、奇襲を回避する。


「くははは!知ってるぜ、摂津カナエちゃんよぉ!お前の怪力でどうにかして見ろよ!やれるっもんならな――っ!?」


言われた通りに思い切り拳を握り、ミュールを脱ぎ捨てて踏み込んだ。そして、全力で殴りつけてやった。

――手ごたえは無い。当たり前だ。液状変化の超常能力持ちに、打撃が通用する訳がない。


「おいおい、とんでもねぇな。マジでパンチ見えなかったぞ」

「お褒めに預かり光栄ですわ。折角の能力は磨く事にしてましてよ」

「でも効かねぇから無意味な努力だ。探してたんだぜ、お前と牛田の事をよぉ……絶対に、勝てるからな。マスクのガキも居るとは思わなかったけど、あいつはハナっから戦力外なのは外野から見ても分かるからな」


ああ腹が立つ。ちょっとレンちゃん、「あー、言われてみれば確かにそうだな」って顔して頷いてんじゃないわよ!

しかし参った。どうにも相性が悪くて仕方ない。

スライムや泥みたいな感じだから硬度を保つ事も出来るんだろうけど、私が打撃一辺倒なのを知ってて硬化することはない。

何か基点を見つけなければ。幸い向こうも殺傷能力は低いみたいなので、それだけが救いだろう。

長期戦は嫌いだけど、じっくり立ちまわりながら弱点を探すしかない。


「考えながら動く余裕あんのかっ!」

「っ!!」


しまった、と思った時には足が飛んで来ていた。鳩尾より少し上のあたりに衝撃が走り、バランスを保てずに後ろへと倒れる。

すぐさま追撃。踏みつけだ。後ろの方に転がりながら防戦一方。

立ち上がって同じ様に蹴りを放つが、インパクトの瞬間に体を変化させるせいで全くダメージを取れない。

逆にカウンターのキックを喰らって、更に後ろへと飛ばされる。足技使いか、面倒な!

このままじゃいずれ致命的な一撃を喰らうだろう。どうする、どうすれば奴にダメージを与えられる?


「……レンちゃん?」


いつの間にか駐車場の入り口辺りまで押し戻されていた。

レンちゃんが私の瞼の上から目に触れる――視界が開けた。視覚強化の共有。レンちゃんの切り札。

それだけじゃない。レンちゃんはしゃがみ込んで何故か私の足を払う。

確かに裸足だから石で擦り傷になっていたが、どうせすぐに汚れるのになんで?


「見てるだけ聞いてるだけしかできねぇ奴が、邪魔すんじゃねぇよ!!」


流石に向こうもレンちゃんのもうひとつの能力までは把握してないようだ。

足がコンクリートを踏む感触が強くなる。小石の一粒一粒まで分かる。触覚の強化、だろうか。

奴が両手を振って、スライム状態の体をショットガンよろしく飛ばしてくる。威力は無いが、目くらましだろう。

しかしそれはもう“視えている”のだ。どの位置に、どう飛んでくるかまで理解できる。

潜り抜けるようにして、接近。逃がさない。足を踏みつけて一瞬でも距離を開かせるまでの時間を稼ぐ。


「ぐっ……!」


初めて奴が痛みを感じる様な反応をしたのはその瞬間だった。

足か。レンちゃんは気付いてたんだ。だから、足に触覚の強化をしたんだ。


「逃がしませんわ」


身を屈めて、相手の足を掴んで持ち上げる。宙吊り状態になった男は、必死で抵抗を試みるが私が足首を握る力を強めると、


「ぎゃあああああ!!足、足が、足があああ!!」


……こんな風に、みっともない悲鳴を上げた。

思えば、こいつはさっきから足を使った攻撃ばかりだった。偶然かもしれないが、必然だった可能性の方が高い。

そうか、つまりこいつは足だけは変化から戻る時の基点にしていたのだ。

顔の変化みたいな器用な真似をしていたから気付かなかった。もしかしたら上半身しか変化できないとか、そういう事なのだろうか。


「まぁ、どっちでもいいわ。どうせ、今は変化出来ないでしょう?痛みが強すぎて、力を使うだけの集中力も保てない――まぁ、そうでしょうね。だって貴方の足首はもう粉々なんですもの」

「――っ!~~っ!!」

「私たちは三りゅ……いえ、二流のE-Goですが、貴方に負けて惨めに地を這うほど落ちてはいませんわ。覚えておきなさい、ルーニーズルームはヤワじゃありませんことよ……うふふ」


そう言って、私は相手の足を掴んだまま、布団叩きの要領でコンクリートの壁に思い切り叩きつけてやった。

鈍い音が壁から響く。だらりと力なく崩れ落ちる男。

額が割れて鼻と歯が砕けたのだろう。顔はもう真っ赤に染まっている。

呻き声を上げるだけの余力はあるらしいので、大丈夫だと勝手に判断する。救急車を呼んでやる義理もない。

今後の事を考えればトドメを刺した方がいいんだろうけど、面倒くさい。

なので私は踵を返して待っていた仲間に、満面の笑顔でこう言うのだ。


「おまたせ、レンちゃん♪」

『怖ぇよお前。返り血浴びて笑顔で手ぇ振ってんじゃねぇよ』


折角機嫌良く戻って来たと思ったらこれだ。レンちゃんはドライに過ぎるよ!

それでもタオルを差し出してくれるあたり優しい。


「でも、ありがとうね。レンちゃんが手助けしてくれなかったら、危なかったかも」

『傍から見てた方が分かる事も多いからな』

「流石の観察眼だね!自分が動く分には役に立たない分、そういうとこ凄いよね!」

『待てやコラ』


まぁ、そんな憎まれ口も少しくらいならば親愛の証。

脱ぎ捨てたミュールを履いて、大きく背伸びをしたら――なんだかお腹が空いてしまった。


「よし、レンちゃん!ラーメン食べに行こう!奢るよ!」

『これ以上喰えねぇよ、馬鹿』


大丈夫大丈夫、残した分は私が食べるから!

さあ、こんな嫌な事は忘れて美味しいラーメンを食べに行こう。

暴れて、食べて、楽しく過ごす。不機嫌な出来事も日常の中のちょっとしたスパイスだ。



ルーニーズルームは、これだから楽しいのだ。ウンザリ顔のレンちゃんの手を引いて歩きながら、心からそう思った。

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