不幸少女と幸運少年 〜過去の過去〜
ポタポタと、まるで水道管から一滴ずつ水の雫が落ちてくる音がする。
雨の日――ある交差点で事故が起こった。まだ幼き姉弟が大型トラックに轢かれたのだ。
交差点の近くには住宅街があるが、通勤ラッシュを過ぎていたので、道を歩く人々はまばらであった。
人々は呆然としていたが、すぐにトラックと姉弟の方へと行った。
そんな人々を横目で見る女性――背格好では20代半ばであろう。だが、その存在感は他の人々とは違うものを持っていた。
「……何か起こったみたいだね」
彼女は見えない誰か(・・・・・・)に話しかけた。
――助けて――
ふと、誰かが言った。それは彼女の知らない声だった。たぶんだが、彼女がきょとんと首を傾げたから、そうであろう。
「誰……?」
――助けて。弟だけでも助けてあげて――
――いたいよぉ……おねえちゃん、いたいよぉ――
今度は二人分の声が聞こえた。まるで姉弟のように寄り添う二つの声。
女性は人だかりが出来ている方に足を向けた。集まっている人々の壁をくぐり向け、たどり着いたのはトラックに轢かれた姉弟の死体の前であった。
死体と言っては酷いであろうが、彼女は数分後に死ぬと見て分かった。
彼女は一度、戻ろうとするが、足を止める。
“助けて”
姉の必死に助けを乞う声が彼女の耳にこだましていた。
彼女はふぅっとため息をついた。
「お人好し過ぎるな、私……」
そう呟くと、女性は姉弟の真ん中に座った。
「おい、何をするつもりなんだ」
弟の心臓マッサージをしていた男性が女性に言った。
「ちょっとした手品さ」
彼女はそう言うと、姉弟の心臓近くに手を置き、目を閉じた。
「地獄の娘、黄泉が命ずる」
「天国の娘、宵が命じる」
彼女の声から声が出てきた。それは先程まで話していた声とは全くの別人の声で二人分の声であった。同時に姉弟の身体からふわっと白い、まるで雪のようなものが地から天へとあがっていく。
「彼の者の魂を刈る事を禁ずる」
「彼の者の魂を帰還させよ」
「彼の物の器を腐敗させる事を禁ずる」
「彼の物の器を再生せよ」
『彼の者に我が運命を託す』
最後は二つの声が輪唱した。同時にブワッと強めの風が吹き、姉弟の身体から白いものが消えた。
「これで大丈夫。もう少ししたら、目が覚めると思うよ」
女性はそう言うと、姉弟の顔をなでながら、笑った。
だが、その笑顔はどこかひきつっていた。彼女は知っていたからだ。
これから先、彼らが歩む道を――。
女性は立ち上がり、その場を去ろうとした。
「ちょっ、どこに行くんだよ」
男性が女性に声をかけた。
「う〜ん……どこだろうね。まぁ、天国か地獄なのは分かっているけどね」
彼女はそう言って、その場から去った。
その後、彼女はどこかで倒れていた。
姉弟を助けた後、誰にも見られない場所で。
姉弟はその後、回復し、普通の生活を送っていた。
だが、いつの日か、自分達がこの世に影響をもたらす重大な使命を持っている事を知るであろう――




