こいとはどんなものかしら
魔物にも愛はあるらしい。
親子間の、兄弟姉妹の、仕事への、……そして恋愛の。
あるのかわかりにくい、あっとしてもわかりずらいのは使われアンデットぐらいである。
上半身は妖艶な女性だが下は蛇なラミアのラーラは、やぶにらみの顔であった。
美女だいなしの視線の先は、ヴェンである。
今にも空に飛び立ちそうな彼。吸血鬼はジャイアントバットにならなくても宙に浮くことができるが、空に旅立とうとしているのは体ではない。
パンもよい目ではみていない。賢い子どもというのは、ダメな大人を軽蔑するものなのだろう。
「どうかと思うよねー」
「ええ、もちろん」
女子供とはいえ、ラミアと神獣は、けっこうな上位にある魔物だ。吸血鬼代表、それでいいのか。
「んで」施良布は、変質者を見るようなラーラとパンを視線で追い、そのあと卓を叩いた。
オレ抜きで仕事をやめるなよ。
翼を出したままの姿である。つまり、威嚇や威圧モードである。下級天使以外、上位、中位は翼をあまり使わないのだ。だから飛び方を忘れる者もいる。
「吸血鬼族のボンボンが犯罪を犯してしまったからドシヨという帰りの学活か」
「そういうことだ」デューラーは言った。首がないのに、どうやってはなしているのだろうか。
そんな疑問を吹き飛ばし。
「犯罪とは何だ。俺がいつS法に背いたと言う」ヴェンは腕を組んだ。
「なあ、俺は全く、学級活動で女子に糾弾されるようなことはしていないよな?」
同意を求められたのはアカーボ。小柄な老人の姿だが、血を激しく求める鬼である。
アカーボは答えた。
「迷惑でストレスの果てに狂い死にか……。さすがは我が友。魔生はそうでなくてはな」
ヴェンはみごとにひっくり返った。頭だけで立っている。デューラーは足で蹴ってみた。体は一回転して頭で立った。
「つらくないか」
「心の傷に比べれば……」
「まあ、オレは別にいいと思うぞ?」
背良布は声を明るくした。励ましだろうか。
「偽善に比べりゃ、キレイなもんだ。自己愛なんてな」
杭のようになっていたヴェンは倒れた。
「ぐ……ぐぅっ……」苦しげである。
「がはっ……」
何故か口から血が出た。端を伝っている。息をするのも辛そうに、起きようともしないヴェン。
それを見る目は、人の心の温かさも温もりも、何も入っていなかった。
「大丈夫か?」
フロータイ族のフロウトは声をかけた。見ていられなかったらしい。
「だめだ……死ぬ」
「こ……ここで眠ったら死ぬ……ぞ?」
「ああ……寒いな……」
吹雪である。
「死ぬ前に、彼女を呼んでくれ」
「ヴェン……お前……!」
「最期だ。……言いたいこと、全部、告げないと……死にきれないからな」
「なら、生きなさい」
女神のように、ラーラが言った。
「死に際見せられた上に夢枕に毎晩出るだなんて、その人間の娘も可哀想だわ」
吹雪はやんだ。
しかし、ヴェンは倒れたまま。
しばらく動かなかった。
十数年前である。まだ、サタンが皆の主であった頃だ。
ヴェンは恋をした。
人間の少女(当時幼女)に。
ステラ=ムドラッドに。
そのやわらかな髪になのか、瞳になのか、顔になのか、声になのか、表情になのか、全てひっくれた彼女になのか、わからないが、確かにである。
メロズキューンであった。古風どある。
吸血鬼は銀の十字架を溶かしたもので心臓を突かれないと死なないと言うが。
「よし、あのこにたかる虫は、叩きのめすんだ」
幼き日のヴェンの命令に、手下のコウモリのうちの一匹が応える。
No.011は、ヴェンに噛みついた。
あやうく妻子を飢えさせてしまうところだった彼を、同僚たちは守った。友情は素晴らしかった。
「どうせラミアの姫には解るまい、ふっ」
「屋敷ひとつ持っているのに何を言うの」
「愛と金は関係ない」
「とりあえず、ストレスで堕落だな!」
≠次回予告≠
夜度に思い出すもの。
一人は過去の栄光。一人は過去の傷跡。
夢とは、代償なしに実現できないのか!?
安眠枕でも効かぬ悪夢の正体とは!?
次回、りんご黙示録第三話。
夜明けまで突っ走れ!?
オラに眠気を分けてくれ!