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為替の向こうで、私は悪役令嬢だった

作者: 月白ふゆ
掲載日:2026/02/02

今朝の夢が、妙に現実的だったので、書き留めておきます。

 円安が進んでいる、というニュースを最後に見たのは、寝る直前だったと思う。

 為替の数字が赤くなったり青くなったりするのを眺めながら、スマートフォンを伏せ、そのまま眠った。


 だからだろう。

 夢の始まりに、為替表が出てきたのは。


 白い石造りの広間。高い天井。玉座。

 そこに掲げられていたのは、王国通貨と各国通貨の交換比率を示す、大きな黒板だった。


「このレートでは、もう無理です」


 宰相らしき老人が、ため息まじりに言う。

 隣に立つ王は、魔王よりも厄介な顔をしていた。


「勇者召喚は?」


「コストが合いません。装備、育成、補助金……円安の影響が大きすぎる」


 円、という単位が当然のように使われていることに、誰も疑問を持たない。

 それが夢だと気づけなかった理由の一つだった。


 私はその場に立たされていた。

 ドレス姿で、背筋を伸ばして。


 名前はアデルフィーネ。

 いわゆる、悪役令嬢という立場らしい。


 婚約者の王子は、すでに別の令嬢と並んでいる。

 だが、断罪はなかった。


「君には……財政的に、いてもらう余裕がない」


 それが、追放理由だった。


 悪役令嬢はコスパが悪い。

 その一言で、私の立場は決まった。


 向かった先は、王都郊外の回復院。

 戦争帰りの兵士や、高齢の魔導師を受け入れる施設だ。


「介護報酬は出ます」


 院長はそう言ったあと、小さく付け足した。


「一応ですが」


 一応、という言葉は、どこの世界でも危険だ。


 仕事はきつかった。

 回復魔法は高位の者しか使えず、現場はほぼ肉体労働。

 ポーションは輸入品で、円安の影響を受けて高騰していた。


 食事は芋が中心だった。

 保存がきくからだという。


 ときどき配られる嗜好品が、異世界産のポテトチップスだった。

 薄味で、油も少ない。

 袋を開けると、やけに大きな音がする。


 噛むたびに、現実が主張してくるようだった。


 力仕事が多いからと、支給されたのはプロテイン。

 「魔力循環補助食品」と書かれているが、どう考えても栄養補助食品だ。


 水で溶かすと、きな粉の味がした。


 私は黙って飲んだ。

 悪役令嬢だった頃より、文句を言う余裕はない。


 回復院では、定期的に会議がある。

 内容はだいたい同じだった。


「報酬の見直しについて」


 見直し、という言葉は、だいたい下方修正を意味する。


「為替の影響で、介護報酬を下げざるを得ません」


 皆が黙る。

 怒る者はいない。

 もう、慣れている。


 誰かが冗談めかして言った。


「魔王討伐より、こっちのほうが難しいですね」


 笑いは起きなかった。


 夜、宿舎でポテトチップスをかじりながら、私は考える。

 断罪されなかった悪役令嬢の末路としては、悪くない。


 誰にも責められない。

 誰にも期待されない。

 ただ、必要な分だけ働く。


 世界は救われない。

 けれど、帳尻だけは合わせ続ける。


 ある日、回復院に新しい掲示が貼られた。

 来年度の予算案だ。


 魔王討伐費用は、先送り。

 介護報酬は、微減。

 プロテインの配合が少し変わるらしい。


 甘味が増える、と書いてあった。


 私はその紙を見て、なぜか安心した。

 理由はわからない。


 そして――。


 スマートフォンのアラーム音で、目が覚めた。


 見慣れた天井。

 見慣れた部屋。

 ドレスも、回復院も、為替表もない。


 キッチンに行くと、現実のポテトチップスが一袋置いてあった。

 値札を見て、少しだけ眉をひそめる。


 円安だな、と思う。


 プロテインを溶かしながら、介護報酬改定の資料を思い出す。

 今日中に仕上げなければならない。


 悪役令嬢という言葉が、なぜか頭に残っていた。

 夢だったはずなのに。


 世界は救えない。

 でも、帳尻は合わせる。


 そんな夢を、確かに見た。

目が覚めたあとも、しばらく数字の感触が残っていました。

夢の中では異世界でも、やっていることは現実と大して変わらなかった気がします。


断罪も救済も起きないまま、帳尻だけが静かに合わされていく。

そんな夢でした。


読んでくださって、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
異世界の沙汰も円安。 悪役令嬢と言うドメスティックな産物も、国力の低下には抗いようがありません。 通貨安は、その国の価値が目減りしていることに他ならないのですから。 きっとこの国も、物価高に苦しむ庶…
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