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第8話 白い残光と、靴音の間に

 翌朝。

 あれだけ妙な夢を見たのに、起きた瞬間の体は妙に軽かった。

 ただ胸の奥だけがざわざわしている。昨日の「廊下の奥の俺」、そして黒い音住の囁きが頭から離れない。


「【俺の名前】、早くしないと遅刻するわよ!」


 階下から母さんの声が聞こえる。

 その普通さが、逆に不安を増幅させた。


 制服に袖を通しながら、俺はゆっくり深呼吸をした。

 夢に出てきた白い音住――あれは“味方”のはずだ。

 黒い音住は“敵”のはずだ。

 そう思い込もうとするけど、心の奥がそれを拒んでいる。


 階段を降りると、母さんが振り返った。


「おはよう、【俺の名前】。ほら、急いで食べちゃいなさい」


「……ああ。いただきます」


 母さんの声は落ち着いていたし、家の雰囲気も普段と変わらない。

 だけどふと、ダイニングの隅に立つ“影”に気づいた。


 影と言っても、誰かの影ではなく……

 ただ光が妙に集まって濃くなったような、形のない揺らぎ。


 瞬間、影はす……と消えた。


 気のせい、か?


 母さんには見えていないらしい。

 俺は無理やり味噌汁を飲み込んだ。


 ――学校へ向かう道すがら。

 横断歩道で立ち止まったとき、耳に「コツ……コツ……」という靴音がついてきた。


 振り返る。

 誰もいない。


 けれど靴音は止まらない。

 俺の歩幅に合わせてついてくる。

 まるで、姿を隠した“誰か”が後ろにいるみたいに。


 歩くほどに背中が冷えていき、

 心臓の鼓動が早くなる。


「やめろよ……」


 小声でつぶやいた瞬間、靴音がぴたりと止まった。


 次の瞬間――右耳のすぐ近くで、


……そっちじゃない。


 低い、知らない声が囁いた。

 背中が跳ね、足が勝手に前へ駆けた。


 角を曲がり、校門が見えるところまで来てようやく足が止まる。


「……なんなんだよ……」


 息を整えていると、校門の陰から“白い光の粒”がふわ、と浮かんで出てきた。

 まるでホタルの弱い光みたいな白。


 近づくと、粒はふわりと俺の肩に乗った。

 不思議と温かい。


 昨日見た、白い音住の残光――そんな気がした。


「守ってくれてる……のか?」


 だけど次の瞬間、校舎の影の奥で黒い影が揺れた。

 白い粒がそれを察したのか、ふっと俺から離れ、影の方へ飛んでいく。


 黒と白の光が静かにぶつかり合うように、一瞬だけ空気が震えた。


 だれも気づいていない。

 世界はいつも通り動いている。


 ──ただ俺だけが、その2つの存在の間に挟まれている。


 チャイムが鳴る。

 教室へ向かう足が、少しだけ重くなった。



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