表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

第7話 地下へ誘う影

 影に見られていた気配が、夜になっても消えなかった。

 布団に入っても、耳の奥がむず痒い。

 音が一つ欠けるたび、胸がざわつく。


 眠れずに天井を見ていると、母の足音が近づいてきた。


「【俺の名前】、まだ起きてるの?」


「……うん。ちょっと」


 母は心配そうに眉を寄せて、そっと俺の部屋に入ってきた。


「最近、疲れてるみたいだから……無理しないでね」


 その声はいつもと同じ優しさなのに、ふとした瞬間に陰りが混じる。

 父がいなくなってから、時々そういう表情をするようになった。


 母が部屋を出ていき、静けさが戻る。


 その静けさの中で──

 “かすかに”聞こえた。

 学校のほうから響く、重い鉄の扉が閉まる音。


 普通、こんな夜中に学校の扉が動くはずがない。


 だけど……

 俺はもう“普通”じゃ片付けられない世界に足を踏み入れている。


 布団から起き上がり、窓を開けた。


 校舎の屋上、誰もいない場所に──

 白い残光が揺れていた。


 父の気配だ。


 胸が強く脈打つ。

 確信した。


 “今日だ。何かが起きる。”



 夜の学校に向かう道は、昼間とは別の場所みたいに静まり返っていた。


 校門の前に立った瞬間、空気がふっと沈んだような感覚が走る。

 まるで“音の重力”が変わったみたいに。


 門を押すと、ギ……と軋む音がした。


 ──いや、途中で音が消えた。


 まただ。

 この“切れ方”は音住の仕業。


 校舎の中に入ると、廊下がやけに暗い。

 電灯がついているはずなのに、光が途中で吸われているみたいだった。


 ゆっくりと奥へ歩く。


 足音の一番低い部分だけが、聞こえない。


 怖い、でも、止まれない。


 父の書記がポケットで震えるほど、存在感を持っている。

 ページを開くと、そこにはこう書いてあった。


《“地下”が開く時、黒い影は道を塞ぎ、白い影は道を示す》


 息を飲んだ。


 その瞬間だった。


 廊下の床の端が、ぼやりと黒く滲んだ。

 音住だ。


 複数いる。

 壁、天井、階段の影──あらゆる暗がりが揺れた。


 一歩、前に出た。


 音が消える。

 心臓の“ドクッ”の高い部分だけが無音になり、呼吸の摩擦も消えた。


 世界がゆがむ。


 それでも、進んだ。


 目の前で、黒い影たちが道をふさぐようににじみ出る。


 でも──

 奥の階段の上。


 白い光が一瞬だけ点滅した。


 父だ。


 黒い影たちがその光に怯えるように波打つ。

 そして、わずかに道がひらいた。


 誘われている。



 階段を降りた。


 学校の地下には、普段使われていない古い倉庫があると聞いたことがある。

 だが、こんな階段──見たことがない。


 螺旋状に、何度も何度も続く。

 深く、深く。


 足を踏みしめるたび、音がひとつずつ剥がれていく。

 階段のきしむ音。

 俺の呼吸。

 服が擦れる音。

 全部順番に奪われていく。


 最後に残ったのは──心臓の音だけ。


 その心臓の音すら、次の瞬間、途切れた。


「……っ!」


 無音の世界。

 脳が悲鳴をあげ、視界がノイズのようにちらつく。


 叫びたいのに、自分の声が出ているのかも分からない。


 そこへ──

 白い光が差した。


 階段の最下層。

 まるで“底が存在しない空間”の中央に、白が浮いていた。


 父の気配。


 俺はその光に向かって、震える足を必死に動かした。


 黒い影たちが周囲で蠢いている。

 触れたら崩れてしまいそうなほど軋んでいた心が、その光だけを頼りに前へ進む。


 そして──


 音住の住処に、たどり着いた。


 真っ黒な空間。

 でも、その中心だけがぼんやりと白く光っている。


 光の手前に、黒い音住たちがうようよと重なり合い、その奥で──

 白い音住が静かにこちらを見ていた。


 父さん。


 胸が熱くなる。


 黒い音住たちが、父の周囲だけ避けるように距離をあけている。


 父は俺に手を伸ばした。


 その指先が光り、次の瞬間、空間全体がぐにゃりと歪んだ。


 世界が変わる。

 音が、白に染まる。


 そして──

 俺は光の中に、飲み込まれた。



---


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ