表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

第5話 黒い影の囁きと、白い書記の真相へ

 黒い影──黒い音住が、部屋の隅でにぃ、と笑っている。


 動けない。

 俺の喉は確かに震えているのに、耳には自分の声が戻ってこない。


 まるで、音だけ異世界に吸い込まれたみたいに。


「……なんだよ、これ……」


 震える唇からこぼれた言葉が、自分にだけ届いていない。

 その代わりに、影の笑みだけは異様に鮮明だった。


 影はゆらり、と立ち上がる。

 形は人のようで人じゃない。

 輪郭が、煙みたいにゆれている。


 そいつが一歩近づくたび、部屋の空気が沈んでいく。

 遠くで母が食器を動かす音がしているのに──その音だけが妙に遠い。


 逆に、影の足音だけが“世界の中心”みたいに響いてくる。


 音のバランスがおかしい。

 これじゃあ──父さんの書記と同じじゃないか。



 影が俺の目の前に立った瞬間、首筋に冷たいものが触れた。


「……っ」


 逃げなきゃ、と思った。

 でも、足が鉛みたいに動かない。


 影は俺の耳元まで顔を近づけて──

 鼻で笑った。


 音があるのか、ないのか、わからない。

 ただ、笑った“気配”だけが肌を刺す。


 ……気配だけで笑うなよ。


 その瞬間、影が俺の肩にそっと手を置いた。


 指先が皮膚を通り抜けるような、冷たい感触。


 その時。


 ──コン、コン。


 部屋のドアがノックされた。


「【俺の名前】? どうしたの? 返事がないけど……大丈夫?」


 母の声だ。


 その声だけが、鮮やかに聞こえた。


 黒い影が、ピタリと動きを止める。


 ゆっくりと首をひねるように、影は視線だけドアの方へ向けた。


 ドアの向こうで母が続ける。


「ご飯できてるわよ。冷めちゃうから、早く来なさいね」


 俺は答えようとした。

 声は……出るのか?


「……っ、……あ、ああ……」


 微かに聞こえた。

 自分の声が“戻ってきた”。


 影が俺を見た。

 ゆらりと揺れ、形が崩れ──そして、

 すっと床に溶けるみたいに消えた。


 黒い影の残り香だけが、部屋に漂っていた。



 母が階段を下りていく音を聞きながら、

 俺は改めて机の上のノート──父の書記を手に取る。


 ページをめくると、見落としていた行があった。


《黒いものは、“音を奪う側”。

 白いものは、“音の境界に残る側”。

 どちらも、完全に悪ではない……はずだ。》


 白い……父さん。

 黒い……今の影。


 父さんは音住になって俺を守ろうとした?

 じゃあ、黒い影は──俺を“向こう側”に引っ張ろうとしてる?


 ページの端に、さらに小さく文字が書き込まれていた。


《【俺の名前】が“最初の違和感”を感じたら、すぐに気をつけろ。

 それが……始まりだ》


 最初の違和感。


 あの朝。

 廊下の奥で、俺と同じ制服、同じ背丈の“何か”が立っていた、あの瞬間。


 あれは──合図だったのか。


 胸の奥が冷える。


 その時、部屋の隅がわずかに揺れた気がした。


 黒か白かはわからない。

 でも、誰かがそこに立っていたような気配だけが残っていた。


 俺はゆっくりとページを閉じた。


 書記の最後の行が、頭から離れない。


《向こう側に連れていかれる前に──誰かが気づかないといけない》


 俺は、どうなるんだろう。



---


次回、お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ