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第12話 静かなる白光

音住(ねずみ)

白い父の気配が完全に途切れ、

黒い音住たちの静かな揺れだけが残った。


俺は父が示した細い道を進んだ。


一歩ごとに“音”が薄れていく。

靴の裏が床を踏む感触はあるのに、

その音がまったくしない。


まるで世界が息をひそめているみたいだった。


奥へ進むほど、暗さは濃くなり、

気づけば前に黒い影が揺れていた。


最初は一体だった。

次に二体。

やがて十、二十、数えきれないほどの黒。


全部、音を失った者たち――音住。


囲まれた瞬間、胸がぎゅっと縮む。


呼吸が速くなる。

でもその荒い息さえも“音”にならなかった。


世界が、俺を消そうとしているみたいだった。


「……っは……」


声を出そうとしても、空気に溶けていく。

そのたびに、喉の奥に、冷たい膜が張りつく感じがした。


“これが、父が言った静寂か。”


目が回りそうだった。

黒い影たちがゆっくり揺れ、形を失っては戻る。

どれが前で、どれが後ろかもわからない。


無音のざわめきの中で――

ふいに、白い線が走った。


「……!」


全ての黒い影が、すっと道をあける。


その開いた道の奥に、

あの白い輪郭――父の気配が、かすかに現れた。


光が弱い。

もう形を保てていない。


「【俺の名前】……」


言葉ではなく、意味だけが届く。


“まだ選んでいないだろう”


そう告げられている気がした。


俺は震える足を前に出す。


「俺は……」


父の気配がわずかに揺れた。

待ってくれているようだった。


「俺の音は――守りたい。

 でも……父さんを置いていきたくない。」


沈黙が落ちる。


それは拒絶でも肯定でもなかった。

ただただ静かで、深く、哀しい沈黙。


父の光がきしむように細くなる。


「……選ぶというのは、どちらかを切り捨てることじゃない。」


ゆっくり、白い気配が近づく。


「“選んだ自分を背負うこと”だ。」


光が、俺の胸元に触れた。


その瞬間――。


視界が白に染まった。


柱のような光が地面から吹き上がり、

黒い音住たちが風に飛ばされるように後ろへ退いた。


耳鳴りがした。

これが久しぶりの“音”だった。


どこか遠くで、父の声が聞こえた気がする。


──【俺の名前】、生きろ。


次の瞬間、世界が裏返ったようにひっくり返る。


光が消えたとき、

俺は、校庭の真ん中に立っていた。


夕焼けが、赤と橙で世界を塗っている。


振り返ると、校舎の窓という窓に――

白い点がびっしりと浮かんでいた。


音住。


あの白い光を浴びて、

黒でも白でもない“何か”になったのかもしれない。


数え切れない白い点が、

俺をじっと見ていた。


「……っ」


走った。


足音が、しない。


“音が、全部返ってきたわけじゃない。”


怖くて、悲しくて、

でも走るしかなかった。


家につく頃には息が切れていた。

それでも音は、しなかった。


「【俺の名前】!!」


母さんが玄関で俺を抱きしめた。

その声だけは、はっきり聞こえた。


ああ、よかった。


まだ、全部の音が途切れたわけじゃない。


部屋に戻ると、

俺はベッドの端に腰を下ろした。


心臓の音が――聞こえない。


「……あれ?」


二度見して、思わず声を出した。


「うわっ……」


その声が、自分の耳に届かなかった。


「……僕の声……?」


喉を押さえて、何度か声を試してみる。


だけど、やっぱり聞こえない。


部屋の隅で、黒い気配が揺れた。


音住が、そこにいた。


“にぃ”と、笑った。


俺は息を飲んだ。


音が、しない。


──俺は、どっち側に進んでいくんだろう。


答えは出ないまま、

ただ、静寂だけがそばにあった。

「音住」

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

この物語は、「聞こえること」と「繋がっていること」の意味を、

自分なりに見つめ直しながら書きました。


音が消えていく世界で、誰かを想う気持ちだけは消えない。

そんな願いが、どこか読んでくれたあなたの心にも

小さく残っていたら嬉しいです。


最後まで本当にありがとうございました。

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