旅立ちの準備
孤児院の問題に目処をつけ、リリィは正式にカズマの仲間となった。
彼女の瞳には、未来への希望と、カズマへの深い感謝と信頼が輝いていた。
カズマは、彼女が言った「私には才能がなくて…」という言葉が気にかかっていた。
彼はギルドで借りた医学書や魔術理論書を一瞥し、膨大な知識を『完全学習』する。
そして、リリィの魔力特性に合わせた、最も効率的な訓練方法を構築した。
「リリィ。才能がないんじゃない。ただ、やり方が合ってなかっただけだ。一緒に試してみよう」
カズマの指導のもと、数日間の特訓が始まった。
リリィは自分の魔力が、今までとは比べ物にならないほど精密に、そして強力に扱えるようになっていくことに驚愕する。
才能がなかったのではない。ただ、その力の正しい使い方を知らなかっただけなのだ。
特訓を終えた日、自信に満ちた表情のリリィがカズマに言った。
「カズマさん。私、この力で、もっとたくさんの人を助けたいです。そのために、もっと大きな街へ行きたいです」
このアークスはあくまで始まりの街。もっと大きな街へ行けば高ランクの依頼も新たな知識も手に入るはずだ。
彼自身の成長のためにもここに留まり続ける選択肢はなかった。二人はギルドで情報を集め、東にある最も大きな街が商業都市「ゼノン」であることを確認した。
「よし、決めた。商業都市ゼノンを目指そう」
旅立ちの方針が決まると次はその準備だ。
まずは装備を整える必要がある。これまで木の枝などで代用してきたが、流石にちゃんとした武器の一つは持っておくべきだろう。リリィの装備はそれ以上に心許ない。
二人はまず、アークスの武器屋を訪れた。
店内に並ぶ様々な剣を眺め、カズマは一番安価な鉄の剣を手に取った。
「カズマさん、それでいいんですか? もっと良い剣も…」
リリィが心配そうに言うが、カズマは笑って首を振った。
「大丈夫。俺にとってはどんな剣でも同じだから。それより、リリィの装備を何とかしないと」
カズマは自分の剣は早々に決めると、リリィの装備を整えるため、街の職人街にある鍛冶屋を訪れた。
「剛腕ゴードンの鍛冶工房」というなんとも力強い名前の店だ。
中に入ると炉の熱気と鉄の匂いがむわりと立ち込めていた。
店の奥ではドワーフと思しき屈強な店主が巨大な槌を振るって真っ赤に焼けた鉄を鍛えている。
カズマはしばらくの間カウンターの隅でその仕事ぶりを黙って眺めていた。
トンテンカンとリズミカルに響く槌の音。
火花が激しく散る様。
鉄の温度を見極める鋭い眼光。
無駄のない力強い動き。
――ピロン。
【スキル『鍛冶 Lv.MAX』を習得しました】
よし、来た。
カズマは店主のゴードンに声をかけた。
「すまない、少しだけ鍛冶場を貸してもらえないだろうか」
「あぁ? なんだ小僧、ここは遊び場じゃねえぞ」
ゴードンは汗を拭いながら訝しげにカズマを見る。
「もちろん、場所代は払う。ちょっとした物を作りたいだけなんだ」
カズマは銀貨を一枚カウンターに置いた。
ゴードンは目を丸くしたがすぐにニヤリと笑い「好きにしな」と場所を空けてくれた。
カズマは炉の前に立ちリリィのために新しい杖を作り始めた。
彼女の小柄な体格と治癒師としての役割を考える。
必要なのは軽くて魔力の伝導率が極めて高いこと。
彼はゴードンに追加の銀貨を支払い、素材として銀のインゴットと、魔力を増幅する小ぶりのムーンストーンを買い取った。
普通の治癒師が持つには贅沢な素材だが、今のカズマにはこれが最善の選択だった。
炉の火力を調整し銀のインゴットを熱する。
槌を握るとまるで何十年も使い続けてきたかのようにしっくりと手に馴染んだ。
『完全学習』で得た技術とカズマの無限の魔力がただの銀を至高の素材へと変えていく。
カンカンと澄んだ金属音が工房に響く。
カズマの槌さばきはゴードンのそれよりも遥かに洗練され効率的だった。
最初は興味なさげに見ていたゴードンもいつの間にか目を瞠り食い入るように彼の手元を見つめている。
杖の形が整うと今度は表面に繊細な装飾を施していく。
流れるような植物の文様。それはリリィの優しさと彼女が扱う癒しの力をイメージしたものだ。
そして杖頭には、先ほど買い取ったムーンストーンを埋め込んだ。
完成した杖は、もはや単なる銀の杖ではなかった。ミスリルのように軽く、そしてそれ以上に魔力をよく通す。芸術品のような輝きを放つ、まさに国宝級の逸品が完成した。
「……おい、小僧。お前、一体何者だ…?」
ゴードンが呆然と呟く。
カズマはにやりと笑って杖を手に取りリリィに差し出した。
「リリィ、君の新しい杖だ」
「すごい…! こんなに素敵な杖、初めて見ました…! 軽くて、魔力が流れ込んでくるみたいです…!」
リリィは目をキラキラさせて恐る恐るその杖を受け取った。
彼女が杖を握った瞬間杖頭のムーンストーンが淡い光を放ちその身体を優しい光が包み込んだ。
その笑顔を見ているだけで作った甲斐があったとカズマは心の底から思えた。
ついでにカズマはお湯がすぐに沸く魔法のヤカンや火を使わずに半永久的に明るくなるランタン、さらには簡単な結界を張って魔物の侵入を防ぐ携帯用の魔道具もいくつか作った。
『完全学習』はこういう実用的なことにも使えるから本当に便利だ。
「カズマさんは、本当に何でもできるのですね…! まるで、伝説の魔法使いみたいです…!」
リリィからの尊敬の眼差しを一身に受けるのは悪い気はしない。
いやむしろかなり気分がいい。
誰かのために自分の力を使う喜びをカズマは初めて知ったのかもしれない。
こうして、旅の準備は万端に整った。
翌朝カズマとリリィはアークスの東門をくぐった。
朝日がこれから始まる二人の旅路を祝福するようにキラキラと輝いている。
リリィはカズマが作った新しい杖をまるで自分の命よりも大切な宝物のように胸に強く抱きしめていた。
その隣でカズマはこれから始まるであろう波乱万丈な(そしてきっと楽しい)生活に胸を膨らませていた。
スローライフもいいが、まずはこの健気な少女の夢を全力で支えよう。
カズマはそう心に誓った。




