路地裏の出会い
意気揚々とギルドに戻ったカズマはカウンターにずしりと重い麻袋を置いた。
中からは依頼書にあった薬草だけでなく希少な月光苔などが顔を覗かせている。
受付にいたのは先ほど登録をしてくれたエルフの女性だった。
彼女は麻袋の中身を一瞥すると信じられないという顔でカズマを見つめた。
「こ、これを本当に一人で、この短時間で…? しかも月光苔まで…」
「ええ、まあ。運が良かったみたいでたくさん見つけられたんですよ」
カズマがしれっと言うと彼女は疑いの目を向けながらも鑑定作業を始めた。
もちろんすべての薬草は最高品質。依頼のノルマを遥かに超える量と質に、彼女は驚きを隠せない様子で報酬を計算し始めた。
「依頼達成の基本報酬が銅貨 30 枚。追加納品分と、希少薬草の買い取りで…銀貨 2 枚と銅貨 50 枚になります」
さらに彼女は奥から上司らしき人物を呼んで何事か耳打ちした。上司はカズマを値踏みするように見つめた後、深く頷いた。
「カズマ様。新人としては異例ですが、今回の多大な貢献を評価し、特別にEランクへの昇格を認めます。こちらが新しいプレートです」
受付嬢は少し興奮した面持ちで、銅のプレートと引き換えに青銅色のプレートを差し出した。
初仕事でのランクアップは前代未聞だ。
周囲でその金額を聞いていた他の冒険者たちがざわめくのが分かった。
F ランクの新人が初仕事で稼ぐ額としては破格なのだろう。
「そいつ、本当に新人かよ?」
「とんでもねえビギナーズラックだな」
羨望と嫉妬が入り混じった視線を感じるが悪い気はしない。
カズマは銀貨と銅貨を受け取りずしりとした重みを確かめる。
これがこの世界で彼が初めて自分の力で稼いだ金だ。
前世で受け取る給料とは比べ物にならないほどの達成感があった。
(よし宿に戻って少し豪華な夕食でも食べようか)
そんなことを考えながらギルドの扉を開け夕暮れに染まり始めた街を歩いていた時だった。
ふと建物の間の薄暗い路地裏から男たちの下品な怒鳴り声が聞こえてきた。
「金が払えねえだと? ああ?」
「ふざけんじゃねえぞ、このクソガキ! 治癒師ならもっと稼いでんだろ!」
足を止め声のする方へ視線を向ける。
そこには見るからに柄の悪い三人のチンピラが一人の少女を取り囲んでいる光景があった。
少女はカズマと同じくらいの歳だろうか。陽の光を吸い込んだような亜麻色の髪を揺らし使い古されて色褪せたローブをまとっている。
その手には治癒師の証である簡素な木の杖が震える手で強く握られていた。
怯えながらもその瞳には芯の強さが感じられる。
「ご、ごめんなさい…。でも、本当に今はお金がなくて…」
彼女のか細い声が男たちの怒声にかき消される。
「だったら体で払ってもらおうか! なあ、お前ら!」
チンピラたちが下卑た笑みを浮かべじりじりと少女ににじり寄る。
少女の美しい顔が恐怖に歪みその大きな瞳に絶望の色が浮かんだ。
――そこまでだった。
前世のカズマなら見て見ぬふりをして通り過ぎただろう。面倒事に関わるのはごめんだ。
だが今の彼は違う。理不尽に奪われ虐げられる者を見過ごせるほど彼の心は錆びついていなかった。
そして何より今の彼にはそれを覆すだけの力がある。
「おい」
カズマはゆっくりとしかし確かな足取りで路地裏に足を踏み入れた。
「その子から離れろ」
彼の低い声にチンピラたちが一斉に振り返る。
「あ? なんだテメェ。英雄気取りか?」
リーダー格と思しき男が嘲るように言った。
チンピラの一人がカズマを威嚇するように殴りかかってきた。
大振りの素人丸出しのパンチ。その軌道、速度、力の入り具合。
そのすべてが彼の目にはスローモーションで見えた。
――ピロン。
【スキル『体術 Lv.1』を習得しました】
カズマは軽く身をかがめ紙一重でパンチを避ける。最小限の動き。無駄な動作は一切ない。
そのまま相手の腕を取り肘の関節を逆方向に捻り上げた。
チンピラの動きを『完全学習』しその力の流れ、重心の移動、次の動作の予測、その全てを瞬時に読み切り最適なカウンターを叩き込んだのだ。
「ぐぎゃあああっ!」
骨が軋む嫌な音と共に男が悲鳴を上げて地面に崩れ落ちる。
「て、てめえ!」
残りの二人も仲間が一瞬でやられたことに驚きながらも錆びたナイフを抜いて同時に襲いかかってきた。
だが遅い。
カズマは一瞬で二人の懐に潜り込む。
右の男がナイフを振り下ろす腕を内側から弾きがら空きになった鳩尾に正確な掌底を叩き込む。
「ぐふっ…!」
息が詰まる音を立てて男が膝から崩れ落ちる。
同時に左の男の顎を狙い下から突き上げるような鋭いアッパーを放つ。
ゴッと鈍い音がして男は白目を剥き糸が切れた人形のように地面に倒れ伏した。
あっという間の出来事だった。
三人のチンピラは誰一人としてカズマにかすり傷一つ負わせることなく路地裏の汚れた地面に転がっていた。
カズマは震える少女に向き直り、できるだけ穏やかな声で告げた。「もう大丈夫。少し、話を聞かせてもらえるかな?」




