理想郷の主と、愛の誓い
アヴァロンの領主となってから、一年が過ぎた。
かつて絶望に沈んでいた辺境の領地は、今や「西の楽園」とまで呼ばれている。
大陸中から視察や移住希望者が絶えない、豊かで平和な理想郷としてその名を知られていた。
石畳の道は綺麗に整備され、道の両脇には活気ある店が軒を連ねる。
市場からは威勢のいい声が聞こえ、子供たちの笑い声が青空に響き渡る。
畑仕事に向かう農夫たちの顔には、一年前の絶望ではなく、明日への希望と充実した汗が光っていた。
俺は領主の執務室で、山積みの書類を片付けていた。
窓から見えるその光景は、俺がこの一年、仲間たちと共に築き上げてきたものの結晶だ。
『完全学習』で得たスキルのおかげで、面倒な執務も面白いように片付いていく。これもまた、俺が望んだスローライフの一環だと思えば悪くない。
コンコン、と控えめなノックの音が響く。
「カズマ様、入ります」
入ってきたのは、銀髪を揺らし、柔らかな微笑みを浮かべたイリスだった。
清潔感のある白いブラウスに紺色のロングスカート。
補佐官らしい装いだが、その所作の一つひとつに育ちの良さが滲み出ている。
彼女は今、俺の筆頭補佐官として、この国の内政と外交のすべてを取り仕切ってくれる、誰よりも頼れるパートナーだ。
「どうした、イリス。何か問題でも?」
俺が書類から顔を上げて尋ねると、彼女はいつもより少しだけ緊張した面持ちで首を横に振った。
「いいえ、カズマ様。すべて順調です。民は貴方様を称え、この平和を心から喜んでいます。…ただ、今日は補佐官としてではなく、一つ、個人的なお願いがあって参りました」
そう言うと、イリスは俺の前に進み出る。
静かに、しかし真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。
その瞳には、いつもの尊敬の色に加えて、どこか熱を帯びた、一人の女性としての強い意志と、覚悟が宿っていた。
「カズマ様。貴方様は、このアヴァロンを救い、民に笑顔を取り戻してくださった、私たちの光です」
彼女はゆっくりと俺の前に膝をつくと、恭しく俺の手を取った。
その手は、少しだけ震えていた。
「私は、この領地の民のために尽くしてくださる貴方の姿を、誰よりも近くで見てまいりました。貴方の強さ、優しさ、そして誰よりも民を想うその心を、深く、深く尊敬しております。ですが…いつしかその感情は、尊敬だけでは収まらなくなっていました」
彼女は一度言葉を切り、熱のこもった瞳で俺を見上げる。
「私は、このアヴァロンの元王女としてではなく、イリスという一人の女として、貴方の妻となり、生涯をかけてお支えしたいのです。私のすべてを、貴方に捧げることをお許しいただけますでしょうか」
それは、元王女としての気高さと、一人の女性としての深い愛情に満ちた、厳かな求婚だった。
俺は執務机から立ち上がると、彼女の手を取り、優しく立たせた。
「顔を上げてくれ、イリス。君の想い、確かに受け取った。俺でよければ喜んで」
俺がそう答えると、彼女の瞳から、安堵と喜びの涙が静かにこぼれ落ちた。
俺はその涙を指でそっと拭う。
そして彼女を優しく抱きしめた。
腕の中で、彼女は「ありがとうございます…」と震える声で何度も繰り返した。
その夜。
俺が自室に戻ると、なぜか部屋には明かりが灯っていた。
中からは楽しそうな、それでいてどこか緊張感のある話し声が聞こえてくる。
扉を開ける。
そこにはリリィ、セレス、ティナ、ルーナ、そしてイリスの五人が、それぞれいつもより少しお洒落をした姿で勢揃いしていた。
「お、みんな、どうしてここに…」
俺が戸惑っていると、ティナがニヤリと笑って口火を切った。
「昼間の話、イリスから全部聞いたぜ。抜け駆けはずるいじゃねえか! あたしだって、カズマの家族の筆頭だろうが!」
ティナはそう言うと、俺の隣に陣取り、腕を組んできた。
「私も、貴方の隣で最強の景色を見続けると誓ったはずだ。その誓いを、今ここで改めて立てさせてもらおう。剣士としてだけでなく…一人の女として、貴方の隣に立つ権利が私にもあるはずだ」
セレスが、少し頬を赤らめながらも、真っ直ぐな瞳で力強く言う。
「私の研究対象は、生涯、貴方だけ。貴方という存在のすべてを解き明かすには、一生という時間ですら足りないでしょう。私の知的好奇心のすべてを捧げるのだから、責任、取ってくれるわよね?」
ルーナは楽しそうに微笑み、有無を言わせぬ口調で俺に選択の余地を与えない。
そして最後に、リリィが俺のそばに駆け寄ってきた。
その瞳は潤み、決意に満ちていた。
「カズマさん! 私が『世界一の治癒師になる』という夢を、もう一度追いかけられるようになったのは、貴方がいたからです! だから今度は、私が貴方の心を世界で一番癒せる存在になりたいんです! 貴方が疲れた時、傷ついた時、誰よりも先に駆けつけて、そのすべてを癒したい。ずっとずっと、お側にいさせてください!」
五人五色のまっすぐな愛情。
俺は彼女たち一人ひとりの顔を見渡した。
「……ああ、もちろんだ。俺の隣には、みんなが必要だ」
俺は、込み上げる幸福感を噛み締めながら、彼女たち一人ひとりに向き合う。
そして、言葉にならないほどの愛しさを込めて、彼女たち全員を一度に抱きしめた。
異世界に転生した俺が手に入れたのは、チート能力だけじゃない。
何よりもかけがえのない、最高の仲間たち、彼女たちと過ごす幸せな毎日だった。
この幸せな生活はまだ始まったばかりだ。
(完)




