冒険者ギルドと初仕事
「熊の咆哮亭」の比ではない巨大な木製の両開き扉。
それを押し開けるとむわりとした熱気と様々な匂いがカズマを包んだ。
汗。土。血。そして微かに漂う薬草の匂い。
酒場の陽気な喧騒とは違う。もっと荒々しく切実な活気がそこには渦巻いていた。
見渡す限り屈強な男女でごった返している。
鋼の鎧をガチャガチャと鳴らしながら仲間と談笑する戦士団。
壁際でフードを目深に被り短剣の手入れをする盗賊風の男。
カウンターの前ではローブ姿の魔術師たちが依頼書を巡って何やら議論を交わしている。
誰もが一筋縄ではいかない雰囲気を漂わせていた。
壁一面に設置された巨大な掲示板には、「ゴブリンの巣討伐」「鉱石運搬の護衛」「行方不明者の捜索」といった依頼書が所狭しと貼られている。その中には「ワイバーンの目撃情報アリ。腕利きのパーティ求む」なんて物騒なものまである。
少し気圧されながらもカズマは一番奥にある受付カウンターへと向かった。
カウンターの内側では数人の職員が忙しなく動き回っている。
彼はその中の一人、長い耳と理知的な美貌が印象的なエルフの女性に声をかけた。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
「はい、ようこそ。新規登録ですね」
エルフの受付嬢はにこやかだがどこか事務的な笑顔で一枚の羊皮紙とペンを差し出した。
この世界の文字は読めない。だが問題ない。
ペンを握り羊皮紙を見た瞬間『完全学習』が発動した。
――ピロン。
【スキル『異世界言語(読み書き) Lv.MAX』を習得しました】
脳内にこの世界の文字体系と文法が一瞬でインストールされる。
カズマはごく自然に名前の欄に「カズマ」と書き込んだ。
「ありがとうございます。では次に、魔力の測定を行いますので、こちらの水晶に手をかざしてください」
促されるままカウンターに置かれたバスケットボールほどの大きさの水晶に手をかざす。
すると次の瞬間。
水晶がこれまで見たこともないほどのまばゆい光を放ち始めた。
ギルド中の冒険者たちの視線が一斉にカズマに突き刺さる。
「な、なんだ!?」
「おい、あの水晶、壊れるんじゃねえのか!」
受付嬢もプロフェッショナルな笑顔を凍りつかせ目を見開いて硬直している。
まずいやりすぎたか。カズマの持つ『魔力炉心』の無限の魔力が測定器のキャパシティを遥かに超えてしまったらしい。
「あー、すみません。生まれつき魔力だけは多い体質みたいで。驚かせてしまいましたか?」
カズマはわざと困ったように頭を掻きながらそっと水晶から手を離した。
光が収まると受付嬢はハッと我に返り咳払いを一つした。
「……い、いえ。失礼いたしました。測定完了です。カズマ様ですね。こちらが冒険者カードになります」
なんとか誤魔化しきれたようだ。
彼女が差し出したのは一枚の銅製のプレート。カズマの最初の身分証だ。
一番下の F ランクからのスタートとなる。
「最初の依頼は街の周辺での薬草採取がおすすめです。危険も少ないですし」
「では、それでお願いします」
受付嬢の言葉に従いカズマは掲示板から薬草採取の依頼書を一枚剥がした。
添えられていた薬草図鑑をパラパラとめくる。
数十種類の薬草の絵と名前、効能が詳細に描かれていた。
――ピロン。
またあの心地よい電子音が頭の中に響いた。
【スキル『薬草学 Lv.MAX』を習得しました】
【スキル『鑑定 Lv.MAX』を習得しました】
図鑑に載っている全ての薬草の知識。
その見分け方、効能、生育場所、さらには最適な採取方法や調合のレシピまで。
すべてが一瞬で彼の頭の中に流れ込んできた。
まるで巨大なデータベースを脳に直接ダウンロードしたかのようだ。
楽勝だな、とカズマは口元に笑みを浮かべた。
彼はギルドを後にした。
再びアークス郊外の森へ向かう。
さっきまでただの雑木林にしか見えなかった森が今のカズマの目には宝の山に映っていた。
『鑑定』スキルを発動すると視界が様変わりする。
目的の薬草が生えている場所が淡い光の柱となって見えるのだ。
それはまるで最新の AR ゲームのナビゲーション機能のようだった。
「おお、これはヒルフィ草。解熱作用があるやつだな」
「こっちには月光苔か。麻痺毒の解毒剤になる希少品だ」
他の新米冒険者が一日がかりで探しても見つからないような希少な薬草もカズマは次々と発見していく。
依頼書に書かれていたノルマなどあっという間に達成してしまった。
麻袋はずっしりと重くなっている。
前世ではパソコンの画面と睨めっこしながら単調なデータを打ち込む毎日だった。
それに比べて今はどうだろう。
自分の足で森を歩き自分の知識(習得したばかりだが)で価値あるものを見つけ出す。
たったこれだけのことなのに言いようのない達成感と喜びが胸に満ちてきた。
依頼された量の三倍はあろうかという薬草を抱えカズマは意気揚々とギルドへの帰路についた。
所要時間は結局二時間にも満たなかった。




