辺境の領地アヴァロン
エンシェント・ワイバーンとの戦いを経て、俺たちは自らの力が「最強」の域に達したことを確信した。
個々の力が、才能が、想いが見事に噛み合い、一つの意志として昇華された完璧な勝利。
あの戦いは、俺たちのパーティがただの冒険者の集まりではない、本物の「最強」へと至ったことを証明する試金石だった。
だが、俺たちの目的は変わらない。
この最高の仲間たちと、平和に、そして豊かに暮らせる安住の地を見つけること。
その目的のために、俺たちの旅は続いていた。
「最強」のパーティとなった俺たちは、さらに数週間、旅を続けた。
そして、王国のはずれ、地図にもかろうじて載っている程度の辺境の領地「アヴァロン」に辿り着いた。
「……ひどい場所だな」
街の門をくぐった瞬間、ティナが思わず顔をしかめてそう呟いた。
無理もない。
街全体が、まるで色を失ったかのように灰色に染まっていた。
本来なら活気に満ちているはずの昼間の大通りは閑散としている。
すれ違う人々の顔には深い疲労と絶望の色が浮かんでいた。
誰もが俯き、その歩みは重い。
痩せこけた子供が、うつろな目で地面の石ころを蹴っていた。
建物の壁にはモンスターのものと思われる爪痕が生々しく残る。
屋根には穴が空いたまま放置されている家も少なくない。
明らかに、この領地は機能不全に陥っていた。
「モンスターの被害だけではないわね。これは…悪政の匂いがするわ」
ルーナが鋭い視線で街の様子を観察し、眉をひそめながら分析する。
「ええ。民を守るべき衛兵の姿もまばら。なのに、ところどころに妙に豪華な装飾が施された建物がある。富の分配が極端に偏っている証拠ね」
「民を見捨て、私腹を肥やすか。領主の風上にも置けんな」
セレスも、民を守るべき為政者の無能さに呆れたように、静かな怒りをその瞳ににじませていた。
「なんだか…街全体が悲しんでいるみたいです…」
リリィは人々の心に渦巻く負の感情を敏感に感じ取っているのか、不安そうに胸元で手を組んだ。
俺たちは情報収集のため、街の中心へと向かった。
すると、広場にわずかな活気のある場所を見つけた。人だかりができている。
その中心にいたのは、一人の女性だった。
着古された簡素なローブをまとっているが、その立ち姿には隠しきれない気品が漂う、銀髪の美しい女性。
彼女は、怪我や病に苦しむ民衆一人ひとりに、丁寧に治癒魔法を施していた。
その額には玉の汗が浮かび、顔には疲労の色が濃い。だが、その手つきはどこまでも優しく、慈愛に満ちていた。
「イリス様、ありがとうございます…」
「おお、イリス様…! このご恩は決して忘れません…」
治療を受けた人々は、涙ながらに彼女に感謝の言葉を述べている。
彼女はこの絶望に沈む街の、唯一の光なのだろう。
「あ……」
隣を歩いていたリリィが、息を呑む。
俺もすぐに気づいた。
彼女が使っている治癒魔法は、術者の生命力そのものを魔力に変換する極めて高度で自己犠牲的なものだった。
それは、術者の命をロウソクのように燃やして、他者を癒す禁術に近い魔法。
民衆から「イリス様」と呼ばれ慕われている彼女は、文字通り自らの命を削って人々を救っているのだ。
「なんて無茶なことを…! あのままでは彼女の命が…!」
リリィが今にも駆け寄ろうとするのを、俺は手で制した。
彼女の気持ちは痛いほど分かる。同じ治癒師として、目の前で命をすり減らしている同業者を見過ごせるはずがない。
「待て、リリィ。まずは状況を見よう」
俺は『鑑定』スキルで彼女の状態を確認する。
【イリス Lv.25】
HP: 35/150 (極度の消耗)
MP: 120/300
スキル: 『聖魔法 Lv.5』『王家の作法 Lv.MAX』
状態: 呪い(微弱), 衰弱
『王家の作法』がレベル MAX。つまり、彼女は王族、あるいはそれに連なる高貴な血筋の人間だ。
そして、状態異常の『呪い』。
これはただの病や疲労ではない。何者かによってかけられた、悪意ある魔術だ。
ただの治癒師ではない。そして、この領地には何かがある。
俺は意識を集中させ、領地全体に漂う魔力を探った。
すると、丘の上に立つひときわ大きな領主の館がある方角から、微かだが禍々しく淀んだ魔力の気配を感じ取った。まるで、土地そのものが悲鳴を上げているかのようだ。
イリスにかけられた呪いも、おそらくそこから来ている。
「カズマさん、彼女を助けましょう!」
リリィが俺の服の袖を掴み、懇願するように見上げてくる。
その瞳は、目の前の光景に対する悲しみと、助けたいという強い意志で潤んでいた。
「ああ、もちろんだ」
俺たちは人だかりに近づき、最後の一人である老婆の治療を終え、ついに膝から崩れ落ちそうになったイリスを、俺がそっと支えた。
腕に伝わる彼女の体は、驚くほど軽かった。
「だ、誰です…!?」
腕の中で、彼女は最後の気力を振り絞るように俺たちを強く警戒し、気丈にも睨みつけてきた。
その蒼い瞳の奥には、民を想う強い意志と、決して屈しない気高さが宿っていた。
消耗しきっていてもなお、その魂の輝きは失われていない。
「俺はカズマ。見ての通り、ただの旅の冒険者だ。少し、あんたの話を聞かせてもらえないか?」
俺の言葉に、彼女は一瞬戸惑いの表情を見せた。
だが、俺たちが放つただならぬ実力を感じ取ったのか。あるいは、リリィの心から心配そうな顔に毒気を抜かれたのか。
彼女の警戒心が少しだけ和らぐのが分かった。
「……分かりました。場所を移しましょう」
彼女は、俺たちの申し出を受け入れた。
この出会いが、俺たちの運命を、そしてこの領地の未来を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。




