最高のパートナー
静寂が戻ったドームに、ルーナの歓喜の声が響き渡る。
彼女は、まだ腕に魔力の残滓をまとわせているカズマに、夢中で抱きついていた。
「やったわ、カズマ! あなた、本当に最高よ!」
その熱烈な抱擁に、カズマは少し戸惑いながらも、彼女の背中を優しく叩いた。
「はは…まあ、なんとかな」
「すごい…! カズマさん、本当に街を救ってしまったんですね!」
リリィが駆け寄り、その瞳を潤ませている。
「さすがだな、カズマ!」
ティナが誇らしげに胸を張る。
セレスは何も言わなかったが、その視線は、カズマが放った未知の魔法と、その中心にいるカズマ自身に釘付けになっていた。
床に膝をついていたヴィクトルだけが、信じられないものを見る目で、機能停止したガーディアンとカズマを交互に見つめていた。
正統な魔術理論では説明不能の奇跡。
常識を、理論を、歴史さえも破壊する一撃。
彼は、自分が信じてきた世界の全てが、目の前で崩れ去っていく音を聞いていた。
「…私の、負けだ」
ヴィクトルは力なく呟くと、ふらふらと立ち上がり、誰にも告げることなく一人、出口へと向かっていった。
その背中は、かつての傲慢さが嘘のように、小さく見えた。
一行が地上に戻ると、そこは戦場のような混乱に包まれていた。
けたたましい警報音が鳴り響き、魔力異常を示す赤いランプが点滅している。職員たちは貴重な書物を抱えて走り回り、避難を呼びかける声が飛び交っていた。
その混乱のさなか、一行が禁断区画から姿を現したことに、一人の老いた館長が気づいた。
「君たち! なぜこんな時にそこから…!」
館長が怒声を発しようとした、その瞬間。
鳴り響いていた警報音が、ぴたりと止んだ。点滅していた赤いランプも、穏やかな青い光に変わる。
館内に設置された魔力観測盤の針が、危険領域から一気に安全領域へと戻っていく。
「おさまった…? 魔力暴走が…止まった…?」
誰かが呟いた言葉をきっかけに、騒然としていた図書館は水を打ったように静まり返った。
館長は震える手で観測盤を確認すると、信じられないものを見る目でカズマたちを見つめた。
「まさか…君たちが…これを…?」
ルーナが誇らしげに一歩前に出る。
「ええ、そうよ。私たちが、この街を救ったの」
その一言が合図だったかのように、館内にいた全ての職員、学者たちが、どっと歓声を上げた。
安堵の涙を流す者、抱き合って喜ぶ者、そして、カズマたちに向かって、惜しみない賞賛と感謝の言葉を叫ぶ者。
彼らは、自分たちの命が、そしてこの知の都そのものが救われたのだと、ようやく実感したのだ。
その夜。
ルーナの研究室で、カズマは改めて彼女と向き合っていた。
「本当に、ありがとう。あなたがいなければ、今頃、私は学園都市と共に消し飛んでいたわ」
ルーナは、心からの感謝を述べた。
昼間の興奮が嘘のように、その表情は穏やかだった。
「君の知識がなければ、俺も何もできなかった。俺たち全員で掴んだ勝利だよ」
カズマの言葉に、ルーナは静かに首を振った。
「違うわ。私やヴィクトルは、既存の知識を積み上げることしかできなかった。でも、あなたは違う。あなたは、知識を『破壊』し、新しい『真理』を創造した」
彼女は立ち上がり、窓の外に広がるライブラリアの夜景を見つめた。
「私ね、ずっと『世界の真理』を探求してきたの。この世界がどうやって成り立っているのか、魔法とは何なのか、神とは何なのか…。その答えが、古代の叡智の中にあると信じて、研究を続けてきた」
彼女は振り返り、熱に浮かされたような瞳でカズマを見つめた。
「でも、今日わかったわ。私が追い求めていた答えは、古い書物の中にはない。今、目の前にいるあなた。あなたのその存在こそが、私が生涯をかけて解き明かすべき『世界の真理』そのものなのよ」
古代文字を一瞬で解読する能力。
遺跡の構造を瞬時に把握する洞察力。
そして、不可能とされた魔術理論を、即興で応用し、新しい魔法を創造する規格外の才能。
「あなたのその『完全学習』という力は、この世界の理を根底から覆す、特異点だわ。あなたがいれば、私は、私の夢に、世界の真理に、手が届くかもしれない…!」
彼女はカズマの前に立つと、その両手を強く握りしめた。
その手は、研究者とは思えないほど熱く、そして微かに震えていた。
「お願い、カズマ。私を、あなたの旅に連れて行って」
それは、懇願だった。
そして、一人の女性としての、魂からの告白でもあった。
「私は、あなたの隣で、あなたという『真理』を、もっと深く知りたい。あなたのためなら、私の持つ全ての知識を捧げるわ。私は、あなたの最高のパートナーになってみせる」
尽きることのない知的好奇心。
そして、カズマという存在そのものへの、抗いがたいほどの強い興味。
カズマは、彼女の真剣な瞳を、ただ黙って見つめ返した。
自分の力の謎を知りたい。そのために、この街に来た。
そして今、目の前には、その答えに最も近い場所にいるであろう、最高の頭脳が存在している。
断る理由は、どこにもなかった。
「わかったよ、ルーナ。君の知識、俺も必要としてる。これからよろしく頼む」
カズマが微笑むと、ルーナの顔が、ぱあっと花が咲くように輝いた。
「本当!? やったわ! ありがとう、カズマ!」
彼女は再びカズマに抱きつくと、今度はその頬に、軽くキスをした。
「これは、契約の印よ。これから、私の全てはあなたのもの。存分に使いなさい」
悪戯っぽく笑う彼女の顔は、天才魔導研究者ではなく、恋する一人のエルフの少女の顔をしていた。
こうして、カズマのパーティに、最強の頭脳が加わった。
彼女の加入は、パーティの戦術に無限の可能性をもたらすと同時に、カズマと仲間たちとの関係を、さらに複雑で面白いものにしていくのだった。




