始まりの街アークス
森を抜けると視界がぱっと開けた。
どこまでも続くかと思われた木々の連なりが途切れる。緩やかな丘陵地帯が広がっている。
その先に見えてきたのは巨大な石造りの城壁に囲まれた中世ヨーロッパ風の街。
あれが森の中から見えていた街に違いない。
近づくにつれてその規模の大きさが実感できる。
城壁の高さは十メートル以上ありそうだ。等間隔に監視塔が設けられている。城壁の上では槍を持った兵士が巡回しているのが見えた。
城門は巨大な木と鉄で補強されている。その両脇では屈強な衛兵たちが鋭い視線を光らせていた。
「止まれ。身分を証明するものはあるか?」
城門をくぐろうとすると衛兵の一人に呼び止められた。身分証などあるはずもない。カズマは正直に旅の者だと告げた。
意外とあっさり通してくれた。どうやら旅人の出入りは日常的なことらしい。
城門をくぐった瞬間カズマは圧倒された。
外から見た以上に街の中は活気と喧騒に満ちた別世界だった。
石畳のメインストリートには人々が溢れかえっている。
屈強な鎧を身につけた戦士。色とりどりのローブをまとった魔術師。しなやかな革鎧に身を包んだ狩人。
カズマと同じような旅人風の格好をした者も多い。中には犬のような耳を生やした獣人や背の低いドワーフと思しき種族の姿も見える。
本当にファンタジーの世界に来てしまったのだと彼は改めて実感した。
道の両脇には木造の建物がびっしりと立ち並ぶ。その一階部分はほとんどが店になっている。
焼きたてのパンの香ばしい匂い。香辛料の異国情緒あふれる香り。そして人々の汗と熱気が混じり合った生命力に満ちた匂い。
荷馬車を引く馬のいななきと露店の商人たちの威勢のいい呼び込みの声が絶え間なく耳に飛び込んでくる。
すべてが新鮮でカズマの心を躍らせた。
まずは情報収集と腹ごしらえだ。
カズマはひときわ賑わっている一軒の酒場に目星をつけた。「熊の咆哮亭」と書かれた年季の入った木の看板がぶら下がっている。
木の扉を開けると昼間だというのに多くの冒険者らしき男たちが大きな木製のジョッキを片手に盛り上がっていた。
「よう、兄ちゃん、見ねえ顔だな。旅人かい?」
カウンター席に腰を下ろし黒ビールのような飲み物と串焼きの盛り合わせを注文する。
すると隣に座っていた熊のような大男がニヤリと笑いながら気さくに話しかけてきた。
カズマは当たり障りのない身の上を話しつつこの世界の情報を引き出すことにした。
「俺はボルグだ。見ての通り、しがない傭兵さ。兄ちゃんは冒険者か?」
「いえ、今日この街に着いたばかりで。これから冒険者になろうかと。俺はカズマです」
「なるほど、新米か。いいかカズマ、この世界で生きていくなら『冒険者ギルド』に登録するのが一番だ。ギルドで依頼をこなせば、日銭も稼げるし、腕も上がる。ランクが上がればもっといい仕事も回ってくる」
ボルグはジョッキのビールを呷りながらギルドのシステムについて教えてくれた。
冒険者のランクは F から A まであり実績に応じて昇格していくこと。
依頼には薬草採取のような簡単なものからドラゴン討伐のような命懸けのものまであること。
通貨は銅貨、銀貨、金貨そして一般人はまずお目にかかれない白金貨があること。
「この辺りで気をつけた方がいい魔物はいますか?」
「そうだな。東の森にはゴブリンやオークが出る。腕に自信がなけりゃ近づかねえこった。最近は少し活動が活発になってるって噂もある」
どうやらただのスローライフを送るにしても自分の身を守る力は必要不可欠のようだ。
カズマには『完全学習』がある。心配はしていないが油断は禁物だろう。
ボルグに礼を言い勘定を済ませて酒場を出る。銅貨数枚の支払いだった。
カズマは街で一番安いと評判の「木陰の宿」という宿屋を見つけ一室を確保した。
案内された部屋は狭い。ギシギシと鳴るベッドと小さなテーブルが一つあるだけだ。
だが自分だけの空間というのはそれだけで落ち着く。
ベッドに腰を下ろしこれからのことを具体的に考えた。
目標は安泰で平和なスローライフ。そして、願わくば理想のハーレム生活。
前世では毎日満員電車に揺られ上司に頭を下げ深夜までサービス残業。そんな社畜生活の繰り返しだった。
だが今は違う。彼は自由だ。この世界でなら自分の生きたいように生きられる。
そのためにはまず金だ。安定した収入源を確保しなければならない。
次に安全な拠点。いつまでも安宿を転々とするわけにはいかない。
そして何よりも力。誰にも脅かされず大切なものを守れるだけの圧倒的な力が必要だ。
幸い彼には『完全学習』と『魔力炉心』という神からもらった最強のチート能力がある。
この力を使えばどんな困難も乗り越えられるはずだ。
金も拠点も力もすべて手に入れてみせる。
「よし、やるか」
カズマは決意を固め立ち上がった。
まずは第一歩。冒険者ギルドの大きな建物へと迷いなく向かった。




