憧れと仲間入り
廃砦の広場に、静寂が戻っていた。
ゴブリンロードの巨体が横たわり、残党たちは逃げ去った後。
カタン、と銀の鎧が虚しい音を立て、ゼノン最強と謳われた剣士セレスは、Eランクの冒険者の前に膝をついていた。
「教えろ…今の剣技を…私に、教えてくれ…!」
絞り出すような声。
それは、彼女が剣士として生まれ変わるための、魂からの叫びだった。
カズマは彼女の前にしゃがみ込み、その真剣な瞳を見つめ返した。
「まずは顔を上げてくれ。その話は後でゆっくり聞く。今は、この依頼を終わらせないとな」
その落ち着いた声と、自分の覚悟を真正面から受け止める目に、セレスは顔を上げた。
彼女の人生を根底から覆したあの神業の剣技を持ちながら、驕ることなく、ただ淡々と事実を述べる男。
その底知れなさに、セレスは改めて戦慄した。
カズマはゴブリンロードの首を肩に担ぐと、セレスを促して砦の入り口へと戻った。
結界が解かれ、リリィが駆け寄ってくる。
「カズマさん! ご無事で…! よかった…!」
目に涙を浮かべてカズマの胸に飛び込んでくるリリィ。カズマは優しくその頭を撫でた。
「言っただろ? 指一本触れさせないって」
リリィはそこで初めて、カズマの後ろに立つセレスの存在に気づき、びくりと体を震わせた。ギルドで会った、あの冷たい目をした剣士だ。
「大丈夫。彼女も、もう仲間みたいなものだから」
カズマの言葉に、セレスは少し驚いた顔をしたが、何も言わなかった。
帰り道、三人の間には奇妙な沈黙が流れていた。
カズマは先頭を歩き、リリィはその半歩後ろで嬉しそうにカズマの服の袖を掴んでいる。
セレスは、そんな二人の数歩後ろを、彼の大きな背中と、その隣で幸せそうに寄り添う少女の姿を見つめながら、静かについていくだけだった。
自分だけが、まだ彼らの輪の外にいる。その事実が、彼女の胸をわずかに締め付けた。
聞きたいことは山ほどあった。
あの体術は何なのか。
なぜゴブリンロードの剣技を一度見ただけで再現できたのか。
そして、あの最後の、神の領域としか思えない一閃は一体何だったのか。
だが、言葉が出てこない。
あまりにも規格外の存在を前に、自分の常識や語彙が全く役に立たないことを悟ってしまったからだ。
今はただ、この男の隣にいること。そうすれば、自分がまだ知らない「最強」の景色が見られるかもしれない。そんな予感が彼女の胸を満たしていた。
夕暮れ時、二人がゼノンの冒見者ギルドに戻ると、その場にいた全ての冒険者が息を呑んだ。
カズマがカウンターに、ゴトッ、と無造作に置いたもの。
それは、Cランクパーティを幾つも返り討ちにしてきた、あのゴブリンロードの首だったからだ。
「うそ…だろ…」
「本当に…あの二人だけでやりやがったのか…?」
出発する前までカズマを嘲笑していた者たちが、信じられないものを見る目で彼とゴブリンロードの首を交互に見ている。
受付の職員は腰を抜かしそうになりながらも、震える手で討伐証明の確認作業を始めた。
「た、確かにゴブリンロードです…! 依頼達成、確認しました!」
その声が合図だったかのように、ギルド内は爆発的な歓声とどよめきに包まれた。
「すげえ! あのEランク、本物だったのか!」
「”鉄槌団”でも半壊したってのに、それを二人だけで…!?」
賞賛、畏怖、嫉妬。
様々な感情が渦巻く中、カズマは報酬の金貨8枚が入った袋を受け取ると、受付嬢ににっこりと笑いかけた。
「これでランクは上がりますかね?」
「は、はい! もちろんです! 今回の功績により、カズマ様は規定に基づき、EランクからCランクへと昇格となります!」
EからCへ。前代未聞の飛び級昇格だ。
もはや、カズマを侮る者はギルドには一人もいなかった。
ギルドを出て、夜の帳が下りた街を歩く。
カズマの隣で、セレスはようやく口を開いた。
「なぜ、私に教える気になった?」
その声には、もう以前のような刺々しさはなかった。
「んー、面白そうだったから?」
「面白い…?」
「そう。君の目、すごく綺麗だったから。最強になりたいって、本気で願ってる目だった。そういうの、嫌いじゃない」
カズマの言葉に、セレスは頬が熱くなるのを感じた。
彼女の剣への渇望を、この男は初めから見抜いていたのだ。
「私は…最強になりたい。父を、我が剣士の家系を超える、誰にも負けない絶対的な強さを手に入れたい。それが私の全てだ」
セレスは、初めて他人に自分の夢を語った。
「私の剣では、貴方の領域には届かない。だが、私もそこへ行きたい。そのためなら、どんな厳しい指導も受け入れる。どうか、私に貴方の剣を教えてほしい」
セレスは立ち止まり、カズマに向かって深く頭を下げた。
「教える、か。あまり得意じゃないんだが…」
カズマは困ったように頭を掻いた。
「でも、君の剣には興味がある。よければ、スパーリングパートナーとして付き合うよ。俺も、君の剣をもっとよく見てみたいしな」
その夜。
二人は街の訓練場を借り切っていた。
月明かりだけが照らす静かな空間。
「では、参る!」
セレスは構え、カズマに斬りかかった。
彼女の剣士の家系に伝わる、無駄のない洗練された剣技。
ゼノン最強と言わしめた、鋭く美しい剣閃がカズマを襲う。
だが、カズマはその全てを、まるで踊るように、最小限の動きでかわしていく。
「なるほど。それが君の剣か」
数合打ち合った後、カズマは呟いた。
――ピロン。
【スキル『剣術 Lv.MAX』を習得しました】
次の瞬間、カズマの構えが変わった。
それは、セレスの構えと寸分違わぬもの。
「なっ…!?」
カズマは、今度はセレスが放った剣技と全く同じ技を、彼女に叩きつけた。
だが、その速さ、鋭さ、威力、全てがセレスのそれを遥かに凌駕していた。
セレスは自分の剣技で打ち負かされ、なすすべもなく剣を弾き飛ばされた。
カズマの剣の切っ先が、彼女の喉元でぴたりと止まる。
「これが…私の剣…?」
セレスは呆然と呟いた。
敗北感よりも、未知の領域に触れた感動が、彼女の全身を打ち震わせる。
「君の剣は綺麗だけど、少し硬すぎる。もっと肩の力を抜いて、剣の重みを利用するんだ。あと、踏み込みの時、左足の角度が甘い。コンマ数秒のロスが生まれてる」
カズマは、まるで自分の体を見るかのように、セレスの剣技の癖と改善点を的確に指摘していく。
それは、どんな師範からも受けたことのない、神の視点からの指導だった。
「すごい…すごい…!」
セレスの瞳が、子供のようにキラキラと輝き始めた。
プライドの高い孤高の剣士の仮面は剥がれ落ち、そこには、ただひたすらに強さを求める一人の純粋な求道者がいた。
カズマは剣を収め、セレスに手を差し伸べた。
「立てるかい?」
セレスはその手を、両手で恭しく握った。
カズマは彼女の真剣な眼差しを受け止め、静かに微笑んだ。
「私は、決めた」
セレスは立ち上がると、カズマの目を真っ直ぐに見つめた。
その青い瞳は、憧れと情熱の炎で燃え上がっていた。
「私は、貴方の剣になる。貴方の隣で、貴方が見る最強の景色を、私も見たい。どうか、私を貴方のパーティに加えてほしい!」
それは、弟子入りを乞うものではない。
一人の剣士として、彼の隣で最強を目指すという、純粋な決意表明だった。
「わかったよ。よろしく、セレス」
カズマがその手を取り、微笑む。
こうして、カズマのパーティに二人目の仲間が加わった。
献身の治癒師リリィと、孤高の女剣士セレス。
最強への道をひた走るカズマの隣で、彼女たちの物語もまた、大きく動き出そうとしていた。




