【6】 私は魔術が好きなのに
「え!?今日は従弟が来るの!?」
朝食の時、父に言われた言葉で私は固まってしまった。だって従弟は私に対して「お喋り令嬢と結婚したい人なんていないぜ」と言った張本人である。
(私と同い年のくせになんであんな悪口言うのかな?まぁ私より三ヶ月年下だし?気にしないけどね)
あの時に戻れるなら「あんたみたいに女性を貶す人は私以上に結婚できないわよ!」とでも言ってやりたかった。
過去には戻れないが・・。
(でもいくら私が前世を思い出したからって、従弟には会いたくない)
だって従弟が来るということは必然的に話し相手が私になるのだ。お兄様は勉強が忙しそうだから邪魔するのは悪いし。
(私が話し相手・・。魔術のことばっか話さないように気をつけよう)
ーーそう。前世を思い出してからというもの頭の中が魔術しかないのだ。
家族との会話の時でさえ私は魔術の話ばっかりしている。家族は私の話を笑顔で聞いてくれるが。
(多分魔術について知らない人相手に魔術の話ばっかりだと嫌がられそう。まぁ魔術を好きになってくれるまで話すのも楽しいからいいんだけど)
だが従弟が来るなら今日はシルディアルと魔術の練習ができない。というか今日は来ない可能性すらある。
(あー。逆にきてくれた方が助かるんだけどな)
私は嫌いなナスを食べながらそう思った。
(ナス・・美味しくないな)
* * * *
「じゃあ夫人はこちらに・・。フローレ、ゼルディス君とお話ししていてね」
「分かりましたお母様・・」
予想通り、こやつと話さなければいけないこととなった。はぁー本当に何を話そう。
「よ、フローレ。来てやったぜ」
「そう。来てくれてありがとう。ゼルディス」
心の中で「まだお子ちゃまね」と思いながら私は感謝の気持ちを述べた。
ゼルディスとシルディアルは同じ上から目線タイプで一見同じ部類に見えるだろうが、シルディアルは意外と中身は大人だ。
それに対して、身の前にいるゼルディスは中身も子供である。一言で言えばガキ大将のような感じだ。
前世の記憶を取り戻す前の私はこんな奴に泣かされてたのかと思うと、ちょっと複雑な気持ちになる。
だが子供というのは少し悪で強い口調の男子は怖いものなのだ。
今はもう平気だが。
(でも、こういうガキ大将って心がオープンだから分かりやすくていい)
表情が分かりやすいほど機嫌もわかりやすいので助かる。
このまま期限が良いまま終わってくれと心の中で思ったのも束の間。ゼルディスは早々に私へ爆弾を投下してきた。
「んだ?今日のお前静かだな。前もっと話してただろ?つまんねぇーから何か話せよ」
私は心の中でキレた。
(あんたがお喋り令嬢って悪口言ったくせに今度は話せ?何様なのよ!それにこっちは魔術の話ばっかりしないように話題をせっかく考えてるっていうのに)
「そ、そうですか?」
「そうだよ。顔が地味なんだから中身も地味でどうするんだよ」
(は、はぁーーー!?見た目が地味って何よ!不細工だって言いたいわけ!?私の顔はお母様譲りで美人って言われてるのに!)
私は心の中の怒りが表へ出ないように必死で笑顔になった。
多分この笑顔を辞めたら目の前にいるヤツを睨んでしまう。
ここは我慢、我慢よフローレ!
私は心の中で深呼吸をし、また笑顔を作る。
「そ、そうですね。今日は少し体調が優れなくて」
「はぁ?んだよ。体調管理もろくにできねぇのかよ」
プチン
私の堪忍袋の緒がキレた。
(こ、こやつ!なんで心配することができないんだ!別に体調悪くないけど!!私が口を開けば否定しか言わないとは・・)
さっきから否定的な言葉しか言わないゼルディスに気を使うのが馬鹿らしくなり私は机を思いっきり手で叩いた。
「分かったわよ!じゃあ,魔術の話をしてあげるわ!」
もうこうなったら魔術の話ばっかりしてやろう!と思い私は部屋にあった魔術本を数冊机の上に並べた。
「いい?ちゃんと聞いているのよ!」
「は??」
私はそこから数時間にも及ぶ魔術の話をした。魔術とはなんたるかを基礎からきっちり教えてあげたのである。
その間ゼルディスは借りてきた猫のように大人しくなり私の話を聞いていた。否、驚いて聞いていない可能性もある。
ーが私は魔術の素晴らしさを語ることができるだけで幸せなのでそこはスルーする。
(それに、近いうちにまた来るだろうから、魔術の素晴らしさを広める機会はいつでもある)
なので今日は入門編と言ったところだ。
従弟の家は辺境伯なので地位も高い。ゼルディスが魔術について理解を深めれば、そこから魔術の良さが広まるかもしれない。
私は可能性の未来に心を躍らせ、特別に魔術も見せよう!と思った。
ーーだけどこの時の私は知らなかった。本当にこの世界の人が魔術をどう思っているのかについて。
「じゃあ特別にゼルディスには魔術を見せてあげるよ!ほらっ」
私は詠唱をしてこの前シルディアルに見せたものと同じ水で動物を動かすものだ。シルディアルと同様最初は驚くだろうけど、綺麗って言ってくれるかな。と能天気なことを考えていた。だが
「う、うわあぁぁあっ!!!ま、魔術!?嫌だ!・・怖い・・」
ゼルディスは手足を震わせ地面に縮こまってしまった。
「大丈夫だよゼルディス。怖くないよ?攻撃しないもん」
「嫌だ嫌だ!!お母様!助けて・・」
私がどんなに言ってもゼルディスは聞く耳を持たなかった。ずっと怖い怖いと震えるだけ。僕は一先ず水を消した。
その数秒後、ゼルディスの声を聞いてかお母様たちが私の部屋へとやって来た。
「何事ですか!?」
「ゼル?大丈夫ですか?あぁ・・こんなに震えて可哀そうに・・」
ゼルディスの母親は部屋で縮こまっているゼルディスを発見するとすぐに近寄り、ゼルディスを抱きかかえた。
私はその間も魔術を怖がられたことで頭がいっぱいだった。
何も頭に入ってこなくてゼルディス親子が帰ったことも知らなかった。
これは後から聞いた話だが私は魔術を使う令嬢とゼルディスの母親に言われ、お母様とゼルディルの母親の間には大きな溝が出来てしまったそうだ。
私はそれが申し訳なくて部屋へと引き籠った。
「ま。魔術!?」
あの時の光景がフラッシュバックする。「綺麗」でもなんでもよかった。魔術は怖い物じゃない素敵なものなんだよって言いたかっただけだった。
前世の頃では少しは受け入れられていた魔術も今ではこんなにも怖がられてしまうんだ。そう思うと胸が苦しくなった。
私は怖がられる力を学んでいるんだと思ってしまう。これから広げていくんだからそりゃこういうことだって起こりうるって分かっていた。分かっていたはずなのに・・
「分かってなかったんだ・・」
きっとどこかで魔術は本当は嫌われてないんだと思っていた。こんなにも怖がられ、恐れられるなんて思ってもみなかった。
私は地面にうずくまり涙を流す。どうしていいか分からない感情で心が支配されている。今は誰かが隣にいてほしいけどいない。こんな時あいつがいてくれたら・・
「フローレ!フローレ大丈夫か!?」
「あ・・」
部屋の窓が急に開いた。窓を見れば知るディアルが焦った表情をしてこちらに近づいてくる。
来てくれたシルディアルが来てくれた・・。私は嬉しくなってシルディアルに抱き着いた。シルディアルは何も言わないけれど抱き返してくれた。
それがまた嬉しくって頬にキスをする。
(・・・これくらいなら、いいよね・・・)
シルディアルにまで怖がられたら、本当に私は独りぼっちになってしまう。だから私の物っていう印をつけたかった。
(前まではどうでもいいって思っていたけど・・今は少しだけどうでもよくないから)
「大丈夫だフローレ・・落ち着け。俺がいるだろ?お前は一人で背負わなくていいんだ。俺に半分分けてくれ」
「シルディアル・・シルディアル・・シルディアル!」
悲しくって怖くって私はシルディアルに泣きついた。大丈夫だって背中をさすってくれるシルディアルの手のひらが暖かくて安心できる。
「シルディアルは・・魔術、好き?」
「あぁ。好きだ魔術もフローレも」
「ふぇっ!?」
私は驚きのあまり涙が止まった。だって今シルディアルが・・・好き!?って・・
「好きだ。フローレ。だからお前のことは俺が絶対に守る」
そう言ってシルディアルは私の耳元で囁き、私の手の甲にキスをした。
私は顔を真っ赤にさせ、膝立ちをしているシルディアルを見た。
私は立っているので、シルディアルが上目遣いをしているように見え、これがまた心臓に悪い。
(きゅ、九歳なのに、どこでこんなこと覚えてくるのーー!??)※シルディアルの父親
私はキャパオーバーで倒れてしまった。
フローレ・ビルディー九歳。今世は色々な意味で大変です。
この世界では魔術が嫌われていても、「めっちゃ嫌い。嫌悪」・「怖い」・「少し興味はある。けど周りの目が・・」という三つの層に分かれます。ビルディー家は三つ目でしたので比較的すんなり受け入れられました。シルディアルは一つ目でしたがフローレ大好きパワーで一の壁は消えました。
フローレの従弟は真ん中ですね。
一章はこれにて終了です。二章からはフローレが成長し、学園へ入学します。




