【7】 もう泣かなくてもいいんだ
苦しい。痛い。助けてほしい。
ずっと私は浅い息を繰り返す。
何を喋ろうにも咳が出てしまって、話すことが難しい。
(きっと、バチが当たったんだ。私が悪い子だから)
* * * *
「まずい!魔力の器が壊れそうだ…」
だが魔力の器は魂に結びついている。
下手に外部から操作すればルリアンが壊れてしまう。
(こういうとき、師匠なら。モルガがなら。どうしてた?)
内部から修復すればきっと大丈夫なんだろうが、それには私の意識を現実世界ではなく、ルリ庵の記憶の中に潜り込ませる必要がある。
でも、それには外部からの手助けも必要だ。私が記憶は潜って帰るための道筋を外部から照らさなければ、私はルリアンの記憶から戻ってこれず、廃人となってしまう。
ここにいるのはセルフィア公爵令嬢とシルディアルのみ。
セルフィア公爵令嬢は魔術が使えないらしいので除外するとして、シルディアルにできるかどうかだ。
(シルディアルが強い魔術師なのは知ってる。でもこの手の魔術は経験を積んだ魔術師しか・・)
こうも悩んでるうちにルリアンの呼吸が早くなっていく。
早く選択しなければいけないのに。
そう悩んでいた時。声が聞こえた。前世の私の名を呼ぶ声が。
「フィステニア!諦めるなっ!手があるんだろ!なら俺も協力する」
「えっ。なん、なんでその名前を」
「・・後で絶対に説明する。
「分かった。絶対に生きて戻ってやるから!」
私はルリアンの家屋の海へと潜り込んだ。
〇⚪︎⚪︎ 〇⚪︎⚪︎ 〇⚪︎⚪︎
「ん・・」
目を開ければ、青い炎が私を包んでいた。
(まるで炎の海にいるみたい)
そっと青い炎に触れれば、弾けて小さな泡となり消えてしまった。
また一つ。一つと炎を触れば、プツプツと泡になっていく。
「あ」
そして何個目かの炎が弾けた時。
小さなルリアンが私の前へと現れた。
髪は今よりも短いベリーショート。髪に艶がなくボサボサとした髪だ。
目に光がなく、絶望したような目をしている。
「お姉さん。だあれ?」
そう小さいルリアンは私に問う。
どうやらこのルリアンには私との記憶がないらしい。
「私はフローレ。フローレだよ。あんたはルリアンだよね?いや、マーガレット?」
「・・違うよ。私に名前なんてないもの。私は番号で呼ばれてるの。201って」
私はその言葉を聞いて驚いた。
まさかマーガレットも本当の名前だはなかったとは。
そんな驚いている私をよそに、ルリアン{201)は淡々と話し始めた。
「私は研究室で生まれた魔人。魔王を倒すために作られたの。だから魔術も上手く使えないといけないのに、上手くいかないの。そうするとね叩かれるんだ。でもそれは魔術を上手く使えない私がいけないから仕方がないことなの」
「ちょーっ!」
そう言い終わるとルリアン(201)が炎に包まれて消えてしまった。
私は必死に手を伸ばしたが遅かった。
悔しげに自分の拳を握りしめていると、視界の端に青い炎が現れた。
じっと見つめていると、炎の中から先程より少し成長した201が出てきた。
顔色が悪く、手や足から血を流していた。
「私は多くの人の犠牲を元に生まれたの。研究所の人が言うには、私が魔王を倒せればこんなの小さな犠牲だと言ってたけれど、犠牲に大きいも小さいもないのに」
またルリアン(201)が消え、新たに成長したルリアン(201)が現れる。
「研究所の人を殺したの。助けてだの、殺さないでだな言われたけど知らない。殺されたあの人達はもっと苦しい思いをしたんだ。あの人達の感情や想いを夢で見れば分かる。早く早くあの人達に対して償わなきゃ」
ルリアン(201)が消え、次に現れたのはマーガレットと呼ばれた頃のルリアン(201)だった。
彼女は目に光を少しだけ宿していて、腰まである長い髪が綺麗だった。
「抹殺予定の、フィステニアと初めて会った。フィステニアの魔術は危険だから早く殺そうと思っていたのに・・。あの子の魔術は綺麗で胸がポカポカしたな」
そうルリアン(マーガレット)は笑って消えた。
(私の魔術そう言うふうに思ってくれていたんだな…)
でも抹殺予定と呼ばれていることには驚いた。ルリアンが敵だと分かってから、マーガレットの頃も私に対して敵対心は持っていたんだろうなと思ってはいたけど、まさか殺される予定だったとは。
複雑な思いを抱えつつ、新たに現れたルリアン(マーガレット)を見る。
先程の目の光さえも消え、ぼーっと立っていた。
「・・人一人死んで、こんなにも胸が空っぽな気持ちになるのはどうしてなんだろう…。自分のせいなのに。自分が殺したも同然なのに。胸が苦しい・・」
「・・・」
きっとこれは私が前世で死んだ直後の出来事だろう。
(それに・・)
ルリアンが殺したと同然ってどう言うこと!?何!?私が一人魔物と戦ってたのはしくまれたってことなの!?
もう頭がパンクしそうである。
確かに、北の地に着いた時仲間がいないのは変だなと思ったけれど!
(それはてっきり吹雪のせいだと思ってたんだよね)
私がはぐれたからあんな目にあったんだと・・。
「こ、これはルリアンとちゃんと話して、怒らなければ」
やることが増えてしまった。
でも不思議と傷付いてはいないのは何故だろう。
私が思うことは、もっと話し合えばよかったなということだけ。
心の中でそう思っていると、また新たにルリアンが現れる。
このルリアンは、少しだけ元気そうだった。
「フィステニアが転生していたの。まだ赤ちゃんだったけど確かにフィステニアだった。・・嬉しいような気持ちもするけど怖い気もする。なんだだろう」
そう言うとルリアンは消える。
次に現れたルリアンは、最近のルリアンと姿がほぼ同じだった。
だが様子が今回はおかしかった。
地面にうずくまり、耳を抑えている。
体調が悪そうに見えたので、近寄ると私の頭の中に声が聞こえてきた。
『いやぁぁぁっ!殺さないで!まだ小さな娘がいるの!』
『待ってくれ!金ならいくらでもある!好きなだけやろう。だから命だけはだ!命だけは!』
『助けてくれ。新婚なんだ、せめて子供の顔だけでも見たいんだ!』
そう言って叫ぶ男女の声。
これはルリアンの見ている夢の声なのだろうか。
「はーっ・・うっ・・」
現に目の前にいるルリアンはとても苦しそうだ。
(・・夢を見ているだけのはずなのに、知らない人の感情が自分に流れ込んでくる)
いつもルリアンはこれに苦しんでいたのだろうか。
私は目の前のルリアンの涙をそっと拭った。
「もう。泣かなくてもいいんだよ。ルリアン」




