【6】 あなたという人を教えて
セルフィア公爵令嬢と私はその後シルディアルと囚われていた魔術師たちを解放したのち、学園へ戻っていた。
(シルディアルが空間転移の魔術を習得してくれていて助かった‥)
牢獄から学園の距離はかなりあるので徒歩では向かうことが難しかったのだ。
そこを魔術一つで移動できるのだから本当に助かった。
(私は短距離しか使えないしね。それに三人ともなると転移できないし)
「‥そう言えばルリアンが今どこにいるか分かるの?」
「いいえ。分からないですが、逆にルリアンは私の位置なら分かります。ここへ来る前に私の魔力は魔道具に全て詰めてきたので探知は出来ませんでしたが、もう日が経ち魔力が戻っているので私のことは分かるはずです。それに裏切ったとなるとすぐに私の元…」
そうらセルフィア公爵令嬢がいいかけた途端、視界の端に炎が突然現れた。
最初は人魂のように小さな炎が宙に浮いているだけだったが、だんだんと数が増えていき私たちの周りを囲む。
敵の攻撃か!?と思い杖を構えた瞬間、目の前に大きな炎の華が現れ、それと同時にルリアンが姿を現した。
「ルリアン‥」
私はポツリと言葉を零す。
だがルリアンが目に移していたのはセルフィア公爵令嬢の方だった。
「‥なんであんた私のこと裏切ったの‥?あと少しだったんだよ‥なのに。何で‥?」
そうルリアンは公爵令嬢に問うた。
その眼には困惑が浮かんでいた、
「私は私の意思で動くと決めたから‥。私の目的のためにこうするのが一番だと思ったの」
「だからって。フローレと協力するのが最適解だったの?あんたも魔術を悪に仕立てあげたかったんじゃないの?」
そう言いながらルリアンは涙を流した。
大粒の涙が金色の瞳から零れ落ちる。
その様子を見ていたセルフィア公爵令嬢は何も話そうとせず、その代わりじっと私の方を見る。まるで「あなたが会話すべき」と言っているように‥。
隣にいたシルディアルにも目線を向けるが無言で頷かれた。
これはきっと話した方がいいのだろう‥。というか話さなければもうチャンスはない気がした。ルリアンと分かり合えるチャンスが‥。
だから私は一歩前へ進んだ。そして右手をルリアンに差しのべた。
「……ねぇルリアン‥私と一緒に話をしよう‥」
「…あんたと今更何を話すのよ。私はあんたのことが嫌い。話すことなんてない」
「ルリアンがなくても私はあなたと話したい‥あなたが知りたいの」
一歩。また一歩と足を進めていく。私が近づくにつれルリアンは一歩また一歩と後方へ下がっていく。
「私が知りたいって‥?私なんて存在していない。私の感情は作られた物。だから私なんてものは存在してないの!ルリアンはこの世界にいないんだっ!」
「…」
「私は人に作られた魔人。魔術が元となって作られている私には感情なんてもの存在しない。私は空っぽ。ずっとずっと悪夢と生きてきて、楽しいことなんて知らずに育って…そんな私に個性なんてものあるわけないんだよ…」
ルリアンはそう言って地面にへたり込んでしまった。
(‥ルリアン…)
学園で見ていた恥ずかしがりやな性格とも前世で見た冷たい彼女とも違う‥。そんなルリアンがそこにはいた。
今そこにいるのは泣いている幼子の様なルリアンだったのだ。
「…私は存在していないの。存在しちゃいけないの。…私のせいで多くの人が死んだ‥私さえいなければよかったんだよ‥!」
* * * *
「‥はぁー。魔術も中か上達しませんね」
「そうだな‥このっ!早く人類のために戦ってもらわねばいかんに‥」
(痛い…やめて…)
でも余計なことを話せばもっと殴られる。だからじっと丸まってやり過ごす。
「この愚図!」
「こんなこともできんのか!!」
(ごめんなさい。ごめんなさい。次はもっとちゃんとやります‥)
どんなに謝ってもこの人達は許してくれないの。だからもう希望すらも無いと思ってた。
「…何‥この人の死体の山は‥」
この時初めて自分の魔力がどこから得たものなのかを知った。
この時私の中の何かがぷつんと切れたのだ。
* * * *
ーーだから私が生きている意味なんて本当はないんだ‥。
「それは違う!!」
「…」
フローレがそう言って叫ぶ。私はゆっくりと顔を上げフローレを目でとらえた。
先程まで泣いていなかったはずのフローレの眼には涙が浮かんでいた。
「違うよ‥。存在しちゃいけない人なんていないよ‥。誰だって自分の存在している意味なんて分からない。だから存在しちゃいけないなんて誰にも分かんないんだよ!」
(‥そうかもしれない‥。だけど‥)
だけどそう言う風に思うことは私には出来ない。確かに人に存在理由なんてないのかもしれない。
世界中の人に認知されるなんて不可能だし、全員に自分の存在を知らせることなんてできない。生きるときに生き。死ぬときには死ぬのだ。
「でも。それでも自分が憎い。好きになれないんだ。自分が」
どんなに頑張っても自分を愛せない。だから大切にできない。
存在しなければよかったと思うのは、これが根本的な理由なのだ。
「・・でも。私はあなたが好きですよ」
そう告げたのはセルフィア公爵令嬢だった。
「あなたの優しい魔術。優しい笑顔。全てが好きです。あなたが自分を好きになりきれなくても。それでも」
そっと令嬢を手を私に向かって差しのべた。
そしてフローレの隣へと立った。
「私も!ルリアンの気遣いができるところ好き!」
そうフローレが明るく言う。
その笑顔はとても眩しかった。
「俺も。お前の努力家なところはいいと思うぜ」
シルディアルも私に手を差しのべ近づいた。
好きと言って褒めないあたり、本当にフローレのことが好きなんだなと思う。
「でも‥でも。あんたたちが私をそう思っていても、人の犠牲を元に作られて‥。感情も私の物じゃない。‥そんな奴が生きていて何があるっていうのよ‥この性格だって私のものじゃないかもしれないのに」
私は怖くなって下を向く。
今手を取っても、私はもう表舞台に立てるほど綺麗じゃない。
穢れた私にあの三人を巻き込みたくない。
「‥ルリアンはちゃんとルリアンの感情を持ってるよ。思い出してみて、私の魔術を初めて見た時。美味しいものを食べた時の感情を‥。ルリアン言ってたじゃない「初めてこんな感情になった」って。‥初めてってことは、それはもうルリアンの感情じゃない?違う人の感情ならそうは思わないはずだよ‥」
そう言われて私もその時のことを思い出す。
フローレ‥前世はフィステニアの魔術を見た時は「ワクワク」というか「もっと見たい」という感情があった気がする。
とても見ているのが面白くて、心が躍って。
美味しいものを食べた時もそうだ。屋台で売っていた「フランクフルト」と呼ばれるものをフィステニアと初めて一緒に食べた。
その時はほっぺたが落っこちそうになるくらい美味しくて。ポカポカした気持ちになった。
(…これが私の感情‥だったのかな)
「どう?思い出せた?だからルリアンはちゃんと感情があるよ。それに今のあなたは独りぼっちじゃない。もう苦しみを一人で背負わなくてもいいんだよ‥。ちゃんと分けてよ‥ルリアン‥」
苦しみ。ずっと一人で背負ってきた。
だって誰にもこの苦しみは分かりっこないそう思っていたから。だけどそうしなくてもいいの‥?
(…あ。だけど今私とフローレは友達でもなんでもない‥令嬢も。シルディアルも)
「…でも今のあんたとは友達じゃない‥」
そう事実を述べると、少しおかしそうにフローレが笑う。
セルフィア公爵令嬢は少し怒った顔。シルディアルは驚いたような表情をしていた。
「そう。‥じゃあもう一度‥私たちやり直さない?一から友達として関係を築こうよ。今はフィステニア・ゼルじゃなくてフローレ・ビルディー・・よろしくね?」
「私はセルとお呼びくださいな?」
「俺のことはシルディアルでいいぜ」
「‥私はルリアン・クレーシー。…よろしく‥っ!!」
痛い。胸が急に痛くなった。
もしかしたらもう時間なのかもしれない。前々からそろそろ、マズイとは思っていたがこのタイミングで来るとは思っていなかった。
(あと少しだけ待ってくれたら‥。みんなともう一度やり直すことが出来なのに‥)




