【1】 その温かさに溺れたい
「‥なんだ。バレてたんだ」
「びっくりした顔が見られると思っていたのに」と付け足しルリアンはそう言った。
ルリアンは杖を手に持ち、自分の身を炎に包ませた。
けどそれは自分を焼くためではなく、姿を変えるものだったらしい。
炎を払った少女はもうルリアンではなかった。全く知らない…とは言い難かったが。
(…どこだっけ。なんだか見覚えのある見た目‥)
目の前にいたのは、いつもの茶髪ではなく真っ赤な炎のような髪色をした少女だ。
髪も長く、膝丈くらいある。
だがそこで私は一つ疑問を持った。
今現在私とシルディアルは衛兵に剣を向けられた状態で囲まれている。なのにルリアンのことは囲んでいない。
先程目立つ変身をしたはずなのに。というか存在を認識されていないような気がする。観客も私達だけを見ていて、誰一人としてルリアンを見ていない。
「…ねぇ。ルリアンのことはみんなから見えていないの?」
「そうだよ。私には協力者がいるからね。君達しか私のことは認識できない」
そう言われて納得した。確かによくよくルリアンを見れば薄い結界のようなものが、ルリアンの体に纏わりついている。
だがルリアンに纏わりつく結界を見るのに夢中になっていたせいで、衛兵の話を無視してしまった。
そのせいで怒らせたのか、私は床に体を叩きつけられ、手を後ろで拘束される。
痛いけど、今私はルリアンと話したい。少しだけでいい時間が欲しいんだ。
私は少し魔術を使い時間を止める。
「…ルリアンはこれでいいの?私、あなたの雰囲気に覚えがある。…私の思い違いだったら恥ずかしいけど、もしかしたらマーガレットじゃない?」
そう。ルリアンではないけれど少しだけ懐かしいこの雰囲気。前世の頃に一緒に戦った仲間だ。
図星だからかルリアンは何も言わない。
ただ静かに私を見ている。
(…その瞳に映しているのは前世の私なのか今の私かは分からないけれど)
でもそれでも私は伝えたい。
「…私前にも言ったよね?私は別に戦うために魔術をやりたいわけじゃないって。ただ魔術は怖い物じゃない楽しい物なんだよって伝えたかっただけなんだ…」
「…知ってるよそんなこと。知ってるだけど私は私なりの目的があるの!魔術は‥いくら頑張ったって好きになれない。憎いんだよ!自分も含めて憎いんだ…!」
そう叫ぶルリアンの眼には涙が浮かび上がり、ポタポタと地面に零していた。
苦しいような。悲しいようなそんな表情で。
「…あんたのことなんて嫌い。大っ嫌いよ。私は私の目的を達成するだけ。だから私の邪魔はしないで!!」
「ーーーっ」
その瞬間、私の施した時を止める魔術の効力は消え失せた。
消えた代わりに、衛兵の私を抑える力が強まる。何やら隣でシルディアルが私の名前を呼んでいるような気がするが、痛さのあまり聞こえない。
痛さを緩和しようと呪文を唱えようとしたが、口に縄をかまされ後ろに組まされた手に手枷を掛けられてしまったので抵抗も何もできない。
(…マーガレット…)
最後にそう心の中で呟き私は意識を失った。
もう希望の光を持っているのは学園の生徒たちのみだ。
どうか芽が芽吹きますように。
* * * *
「ルリアン…」
ポツンと誰もいなくなったステージで、そう私に声をかける人物がいた。
セルフィア公爵令嬢。彼女の協力者である。
そして前世を少しだけ覚えている一人でもある。
「…セル……」
私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を手で拭いつつ令嬢を見る。
いつもの凛とした彼女とは違い、今は少しおどおどとしていた。
これは私の憶測だが泣いている人をどう慰めたらいいかが分からないのだろう。私だって泣いている姿なんて見せたことが無いし、令嬢だってあまり泣いたことが無いだろう。
(セルフィア家は冷徹な一族で有名だし…)
唯一心を許せるんがあの従者君くらいなのだ。きっと本当にどうしたらいいか分かんないのだろうな。
そう思ったら少しだけ面白くて笑ってしまった。
「ちょっ!笑わなくたっていいでしょう!」
彼女は頬を膨らませ怒ってくる。
それがまた面白くて笑う。
(…これが俗にいうギャップ萌えってやつなのかな?)
いつも笑わなくて、冷たい人が演じている彼女が
「‥‥その…大丈夫なの?‥‥本当に」
「うん。大丈夫。大丈夫だから。…だい‥」
(じょばないのかもしれない)
自分の心に嘘をついた。別に嫌いじゃない、魔術だって全部が全部憎いわけじゃない。だけど。
自分のせいで犠牲になったのが許せない。自分自身も全てが憎いし許せないんだ。
この感情だけはどうしようもない。
それに毎晩、夢で知らない人の悪夢を見る。苦しい記憶。寂しい孤独感。全てが私の記憶の中に流れ込んでくる。
実際に私が経験したわけではないことでも、自分のことかのように感じられてしまう。
それが魔力のせいなのも分かってはいるが…。
ギュッ
「え?」
頭の中でどんどんと、また考えていたら令嬢に抱きしめられた。
それがとても温かかった。
「…私は慰め方がよく分からないんです。だからその‥これで許してください」
「許してって‥。別に私怒ってないよ?」
「そうですわね。でも‥これが今私があなたにできる精一杯のことなの。だから大人しくされていなさいな」
令嬢はそう言い終わると、私を抱きしめる力を強めた。
苦しかったが、温かかったので私は特に言及せずそっと抱き返した。




