【4.5】 頼み事
学園の寮の一室で私たちは向かい合っていた。
目の前にいる令嬢は椅子に座り、静かに私を見つめている。
多分早く用件を話せと言うことだろう。だが私よりも爵位が高い彼女に挨拶しないわけにもいかない。
「ごきげんよう、セルフィア公爵令嬢?」
「…えぇ、ごきげんよう。ちゃんとやることはやったわ。何か問題でもあったの?」
セルフィア公爵令嬢は眉間にしわを寄せ私を睨む。
この人物は自分のした仕事にケチをつけられるのが一番嫌いなのだ。
ちゃんと指示通りにやったのに何でまた来てんのよ。という眼差しでもある。
「無いよ。今日は別件で来たんだ」
「別件?」
「そう…。密告者になってくれないって言うお願い」
そう言うと彼女は少し驚いたような顔をして私を見る。そしてすぐにまた無表情に顔を戻した。
「…何をすればいいの?」
内容を聞くということは了承してくれたということだろう。説得する手間が省けたと思い私は内容の説明を始める。
まぁ説明すると言っても、あまり説明することはないのだが。
「言葉の通りだよ。ただあなたに密告者になって欲しいだけさ、魔術を使ってなくても〇〇は魔術を使用していたとでも言えばいい」
「それは冤罪にならないの?それにその密告者というのは貴方がやればいいじゃない」
ごもっとも。だが私がやっては学校で使っているキャラを保てなくなってしまう。
後、冤罪についてだがその心配は皆無だ。
だって衛兵に言えば冤罪でも本当のことになるのだから。
「それについては大丈夫。私が魔術でどうにかするから」
そう私が自分の髪をいじりながら言うと、令嬢は私を見つめてきた。
何か言いたそうな顔をしながら。
(何かあるなら口で言えばいいのに)
「何?私見つめられるのそんな好きじゃないんだけど」
「・・じゃあ聞くわ。なんで貴方も魔術師なのに、魔術をこの世界から消したがるの?悪者にしたいの?」
・・それは純粋な疑問のように見えた。
「そうだね・・」
私は彼女に説明しようと口を開いたが…言葉が出てこなかった。
いや、なんで説明をしていいのかが分からないのだ。
ただまぁ、一言で言い表すならこれだろう。
「魔術が嫌いだから」
「…訳がわからないわ。嫌いなのに何故使うの?」
「・・嫌いだから使うんだよ。自分が嫌いだから。嫌いなものには嫌いなものを与えるのと同じ心理さ」
「・・そう」
彼女はそう言って下を向いた。
まだ納得していない表情だったが、これ以上私と話しても埒が開かないと思ったろう。
まぁそれは正しい判断だ。
だって私のことを話しても理解してくれる人はそう多くはないのだから。
「話は戻すけど、密告者の件は了承してくれたでいいんだよね?」
「えぇ。私にできることならするわ。貴方の考えはよくわからないけど貴方のやっていることは私のしたいことだから」
「そう」
これで用事は済んだ。
私は短く返事をした後部屋を出た。
(他の人は魔術を学ぶものしか密告をしないけれど彼女が密告をすれば魔術に関係ない人でも、過去に魔術を使用していた人も対象になる)
「・・あの人たちはどう動くかな?」
* * * *
私は彼女が去った後のドアを見つめていた。
別に意味はないけれどなんとなくこうしていたかった。
(この計画に乗ったのは私。だけどなんでこんなにも憂鬱な気分になるのだろう)
魔術は嫌いだ。
嫌いだけど、彼女の嫌いとはまたちがう気がする。
(魔術がこの世界から消える。悪者になるのは賛成だけど)
そうなった世界で彼女は幸せなのだろうか。
彼女は言っていた。嫌いだから嫌いになものを使うのだと。
彼女は幸せになろうとしてない。それは分かっているけれど、一緒に行動していると少しだけ願うことがある。
『彼女に幸せな未来が来ますように』
と。
(この計画が終わるまでに、彼女の幸せが来るといいな)
そう思い私はドアを見つめるのをやめた。




