【1】 魔術が嫌われている世界で
白い雪が空から舞い降り、肺が凍りそうになるくらい寒い中。少女は一人、熊のような大きな図体をした魔物と戦っていた。
少女とその魔物の周りには、多くの小柄な魔物の死体があった。どれも少女が倒したものだ。そして残る一体が少女の目の前にいる魔物だ。
「まだ…死ねない!『精霊よ 我に力を与え 光をまき散らせ!』」
少女は呪文を詠唱し、杖を魔物に向け雷を放つ。
杖を持つ手は震えており、霜焼けになってる。それに対して魔物は魔法を使い結界を張ることで寒さを凌いでいた。
少女も詠唱をし結界を張ろうとしたが張ることはできなかった。
先程魔物に肺を攻撃され呪文を唱えることが苦しいのだ。
呪文を詠唱しようと、言葉を発しようとしても、出てくるのは血のみ。もう戦える状態ではないのは少女も分かっているが、何となく何もしないまま死ぬのは嫌だった。怖かったのだ。
少女はまだ十六歳。本来なら学校に通って勉強をしたり、友達とくだらない話をしているような年なのに、魔王軍に対抗する魔術師に選ばれ、戦場に連れてこられては魔物をただひたすら殺すことになるとは誰が思うのだろう。
「ーーっ!ぐはっ」
少女は口に手を当てる。寒さのせいで体がすぐに動けず敵の攻撃が避けきれなかった。傷口から血がぽたぽたと垂れてくる。
少女の腹には氷で作られた剣が刺さっていた。後ろから氷の剣で刺されたのだ。
少女は突き刺されてもなお戦おうとしたが、その場で倒れ込んだ。もう手足が動かなかった。
だが少女は最後…奇跡を願うように呪文を詠唱した。
『どうせ自分は助からないのだ。死ぬ前くらい信じてもいない奇跡くらい信じて見てもいいんじゃないか‥』そう思って。
その奇跡が叶ったのか少女の攻撃は魔物の心臓を貫いた。
「・・・本当はもう少し生きて、楽しい魔術を研究したかった・・」
少女は口をパクパクとさせながらそう言った。享年十六。魔王軍に立ち向かう魔術師として選ばれた少女は、魔王の配下によって殺された。
少女は元々誰かを殺すための魔術を学んではこなかった。誰がを幸せにするため、笑顔にするため魔術を学んできたのだ。
だが魔王軍との戦況が悪化するにつれ、魔術団の魔術師だけではなく、一般の魔術師も国の命令により魔王軍の討伐に駆り出されたのだ。
魔術師として任命されたばかりだった少女も不運にもその一人として含まれてしまった。
そして望まぬ形で魔王軍の討伐に加わった少女は尊い命をここで散らすのだった。
少女は真っ白な雪が降る中ひとつだけ願った。可能性の未来の線から脱線し、天へ昇る前にたった一つだけ願ったのだ。
もしもう一度、この世界で生を与えられたとしたら、次の人生こそは誰かを殺す魔術師ではなく誰かを笑顔にさせる魔術師になりたい。
ーーと。少女そう願い目を閉じた。
* * * *
「そうだ。私・・前世魔術師だったんだ」
ピーピーッ ピーピーッ
小鳥の囀りが聞こえる中、私は前世が魔術師だったということを唐突に思い出した。思い出したきっかけとしては多分、今現在魔王討伐の小説を読んでいたからだろう。
ちなみにタイトルは『たった一人で魔王軍に立ち向かった勇敢な魔術師』である。
この小説のストーリーを簡単に説明すると、仲間に陥れられ、たった一人で数十体の魔物と戦った末に少女は命を落とした…という話だ。
(もしかして、この本の主人公私だったりするの?)
だって前世を思い出すくらいだし‥?そう考え私は数秒間本と睨めっこをする。だが本を見ても真実がわかるわけではない。
結局適当に『たまたま死亡理由がにていただけ』と結論づけて考えるのをやめた。
(・・それにしても何気なく読んでいた本で前世を思い出すとは)
どうせなら前世の恋人と出会って前世を思い出す!の方がロマンチストでは?と思ったが前世に恋人がいなかったのでその可能性はゼロだ。
なにせ私の前世の恋人は魔術だったから。
‥‥なんか自分で言っといては何だが悲しくなってきた。
(…あーあ。前世のうちにキスぐらいは済ませとくんだったな)
「・・・・」
まぁそれは一旦置いておこう。せっかく前世を思い出したんだ。思い出した情報を書いておかねば。記憶なんてすぐに忘れてしまうしね。
「ねぇ、紙とペンを持ってきてくれない?」
私は近くにいた侍女に声をかけた。侍女は「かしこまりました」と頭を下げながら言うと部屋を出て行った。
そうそう、今の私‥。実は高位貴族の令嬢である。ちなみに爵位は公爵。家族構成は父、母、兄、私の四人。兄と私は一つ差だ。今私が七歳なので八歳。
八歳のわりにはすごく大人びている気がするけど・・はっ。もしかして私の兄も転生者!?
「・・なわけないか」
うん。そもそも転生者っていう私の方がおかしいんだ。記憶もあるし。・・・ってかなんで私は記憶があるんだろう。転生したら記憶が無いのが普通じゃないの?
頑張って知恵のない頭を捻るが結論は出ない。うんうんと一人唸っていると、先程の侍女が戻ってきて私の目の前に紙とペンを置いた。
おぉ、これで前世の記憶を書くことができる。よーっし覚えてる限りのことを書くぞ!私はペンを手に取り覚えてる限りの情報を紙に書くのであった。
* * * *
(ーー書くぞ!とは言ったものの・・・あんま情報ないな・・)
私の目の前に書かれている文字は数文字のみ。
名前 フィステニア・ゼル
ステータス 男爵家出身の魔術師(そこそこ名が知れていた)
年齢 享年十六歳
死亡理由 恐らく魔物に殺られた
備考 魔術が大好き
「これでなんの情報が入るのよ・・前世思い出しても使える情報は・・・あ」
ある。そうだ。前世の情報は使える。だって・・”前世が魔術師”だもん・・・
この世界で魔術は忌み嫌われている。前世の頃‥魔王統治時代より前は偏見はあったもののそこまで嫌われてはいなかった。
だが魔王や魔王の配下が魔法を使って人を支配していたため、魔法と似ている魔術は嫌悪されるようになったのだ。
そんな世界で私は魔術を使いたいと思っていた。それも前世を思い出す、ずっと前から。
「きっとこれも神様が奇跡を与えてくださったんだ!」
きっとそうだ!だって魔術の使い方が分かるんだもん!ずっと両親に魔術を学びたいと言っても、ダメだと言われて学べなかった。
説得しようとしたけど周りから嫌われるのが怖くて何もできなかった。
だけどもう魔術の基礎的な知識はある。心だって記憶を思い出す前よりは強い!(はず)!それに私は魔術が使える!
せっかく魔術の知識があるんだ。この知識を世界に広めたい!みんなに魔術は素敵なものだって知ってもらいたい!
「こうしちゃいられない・・。まずは一刻も早くお父様や魔術使用の許可を取らなくっちゃ。お父様だって実際に魔術を見たら了承してくれるよね!」
私はいてもたってもいられなくなり、部屋を飛び出した。お父様はきっと書斎にいるはず。そう思い私は書斎へと足を運ぶことにした。
長い廊下を早歩きをして進んでいるとお父様の書斎の扉が見えてきた。予想通り書斎の扉の前には執事が立っている。執事がいるということはお父様も中にいるはず。
「ねぇ、お父様いる?」
私は興奮しているせいか挨拶を忘れ、用件を執事に話す。
「えぇ・・。ですが仕事中です。御用がおありでしたら後で私が・・」
「・・いい。用があるなら入りなさい」
執事が言い終わるよりも前にお父様がそう言った。仕事中では?と思ったが「入っていい」と言われたので私は言葉の通り、中へ入る。
中へ入ると、お父様はソファーに座り、お茶を飲んでいた。
どうやらお父様は休憩中だったらしい。これなら好都合!と私は思い、深呼吸した後こう言った。
「お父様!私魔術の勉強をしたいです!なので魔術を学ぶ許可をください!」
ーーと。魔術が嫌われている世界でこのような言葉を言うと何が起こるかというと・・答えは簡単。倒れる。言わずもがな父は卒倒した。
* * * *
「すまない。フローレ、もう一度言ってくれるかい?」
「ですからお父様。私は魔術を勉強したいのです。許可をください」
私は曇りなき眼差しで父を見つめる。ここで折れたら私のやりたいことができなくなってしまう。
まぁダメと言われたら言われたで自室でこっそりと練習するけど・・それだと魔術を広められないんだよね。ただ自分が使えるってだけで。
「・・・いや。許可できない。それに前も言っただろう。仮に私が許可したとしても、お前の婚約者の家が許さないだろう」
あ・・婚約者。そう言えばいた‥。私と同い年の公爵家の嫡男と婚約していた。でも私とあいつの結婚ってそんな政略じゃなかった気がするような…?
なんか気づいたら婚約者になってて・・。あれ?私ってなんであいつと婚約してるんだ?
別に政略的なものじゃないなら結婚しなくてもいいのでは‥?
「なら結婚しません!!」
「は、はぁ?フローレそうしたら修道院だぞ?前のお前はそれを気にしていたじゃないか・・。それにこの婚約は・・」
(・・ハッ確かに。記憶を取り戻す前の私は周りの目が怖くて仕方がなかった。でも・・魔術を学びたいという気持ちの方が勝つ!お父様に許可がもらえないなら家出するしかない・・)
「・・・許可がもらえないなら家出します!!」
「はぁ!?」
父、怒りである。お父様は手に持っていたティーカップを地面に落とすほど怒っている。
(あーでも貴族としての役目を果たさなくちゃいけないのかな?なら私さっさと結婚して子供・・!そうだ!なら早く結婚して子供産んで自由の身になればいいんだ!だって貴族女性に求められることはただ一つ!跡継ぎだもんね!)
「ならお父様!さっさと結婚して子供産んで離婚します!!」
「お前はまだ九歳だろう!?!??」
お父様は顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がった。
(そ、そんなに怒らなくても。でも確かに私は現在九歳。子供なんて産めるわけ・・あれ?子供ってどうやって産むんだ?確か前にお母様がキスしたらできるって。うーん前世も魔術に没頭してたせいで、子供なんて興味がなかったし、産み方なんて知らない。知らない人に産めるわけないか)
「・・・フローレ。ひとまず落ち着け」
落ち着くのはお父様ですけどね?
だがお父様の言葉には従わねばと思い、私は深呼吸した後お父様を見た。目の前に座っているお父様はというと、両手で顔を覆いずっと下を向いている。
「・・分かった。ひとまずお前の意見は分かったが。フローレ、魔術がこの世界に対してどのような印象を与えているのか知っているのか?」
「・・知っています。忌み嫌われています」
「そうだ。そしてその魔術を学ぶ貴族がいれば、その家は社交界から叩かれ、家門の存続にかかわる。私は当主だ。代々続いてきた家を私の代で終わらすわけにはいかない。・・そこでフローレ、魔術を学び何を得られる?何か成果を出せるのか?出せないのならその考えは捨てなさい。お前の破滅は家門の破滅だ」
お父様の言っていることは正しい。私が魔術を学べば周りを巻き込む。でも・・それでも私は魔術を学びたい。魔術がきっと世界を変えるって信じているから。だから私は家門を背負おうが何を背負うが絶対にやり遂げられる自信はある!
「できます!お父様。私は魔術を世界の発展につなげることができるとお約束します!だからお父様魔術を・・この私フローレ・ビルディーに学ばせてください!」
「・・なら私だけではなく、お前の母と兄。それに婚約者の家の者にも説得しに行きなさい。全員の許可が得られるなら私はお前に魔術を学ぶ機会をやろう。それも国で唯一魔術の授業がある学園に通わせることも約束する」
…!その学園は確か魔王討伐の勇者パーティーのメンバーの一人であった魔術師がいる学園だ!普通なら貴族の女子が行かなければいけない学園ではなく魔術が学べる学園への入学を約束してくれるなんて‥。
これは何としてでも期待に応えなければ。
フローレ・ビルディー(9)
パワフル令嬢。楽観的な性格だが心の中は意外と繊細。
銀髪で緑色の眼。極度の魔術好きであり戦闘魔術よりかは水で動物を作るなど技術を伴う魔術の方が好きだし得意。
基本的に怒らないが魔術を見下すような発言だけは許せないとのこと。




