5話
フィセルの魔窟と呼ばれるダンジョンは、かつて伝説の魔法使いフィセルによって築かれたとされる。
苔むした石造りの入口から入ると内部は迷路のように入り組んでいて、薄暗い通路や広間が広がる。
壁には古代のルーン文字が刻まれ、時折魔法の光が揺らめく。
各所に魔道具が隠されているが、同時に魔物たちの棲家でもあるのだ。
魔法使いフィセルの遺した財宝を求めるならば、勇気と知恵が試されるだろう――
「って書いてあるわ」
リントが冒険者ギルドでもらったガイドブックを読み上げる。
依頼をした翌日、俺たちは街の北西にあるフィセルの魔窟に向かって街道を歩いていた。
街の門から歩いて三十分ぐらいの場所、と言っていたのでもうすぐ着くころだ。
「アオイも一応準備はしてきたのか。でも、戦闘はあたしにまかせろよ。素人に動かれると余計に守りにくいからな」
先頭を歩くジェキルは冒険者ギルドで会った時と、ほとんど変わらない装備だった。
背負っている大剣には魔力が込められているみたいだけど、軽装だな。
おへそとか太ももとか、もっと守った方がよくない?
俺はというと、リントに連れられて武具店で簡単な防具を購入した。
金属製の胸当てと、剣を提げるための革製ベルト、そしてブーツ。
本当に最低限って感じの装備だけど、重たい鎧なんて着て歩けないからこのぐらいでいい。
「リントはそれで良かったのか?」
リントにいたってはワンピースの上から革製のかばんを肩にかけて、五十センチぐらいの短い杖を持っているだけだ。
ただ、全身から強い魔力が感じられる。
「へへーん! ウチにはこれがあるからな」
リントが拳を突き出した。
中指にエメラルドグリーンの美しい宝石がはめ込まれた指輪が光っている。
「ふーん、加護の指輪か。いいモン持ってるなお前」
「ええやろ~♪ 旅に出る前にオカンがくれてん。身につけてる人を守ってくれる魔道具やで」
敵の攻撃に反応して、バリアのような魔法の障壁を作り出す魔道具らしい。
商人の家系だけあって、面白い魔道具を持ってるんだなぁ。俺も欲しい。
小さな山のふもとに近づいたころ、前方から強烈な魔力が感じられた。
石造りの小さな入口が見えている。
「着いたみたいだね」
「ん? よくわかったな。アオイは前に来たことあるのか?」
「あの入口から強い魔力を感じるんだ。魔物や魔道具がたくさん眠ってるってのは本当なんだな」
「ああ、それがお前の言ってた『魔力探知』ってやつか。便利なスキルだな」
「なあなあアオイちゃん、それって細かく探知できるん? 魔道具の場所も大体わかったりする?」
「そうだな。半径十メートルぐらいなら場所もわかるよ。それ以上離れるとぼんやりしてくる」
「十メートルもあれば充分だ。さっさとお宝をいただいていこうぜ」
「よーっし、ほないこか~♪」
ふたりは石造りの入口から伸びている階段を降りていく。
俺はきょろきょろと視線を動かしながら入っていった。
どういう仕組みかわからないが、壁や天井がうっすらと光っている。
ダンジョンってもっと暗いものかと思ったけど、これなら松明も必要ないな。
中は思っていたより広く、通路の幅は五人は並んで歩けるぐらいだ。
天井も高いから、ジェキルの大剣を振り回しても問題ないだろう。
通路を進んでいると、木製の扉が見えてきた。
小さな部屋に続いているのかな。
「ジェキル、待ってくれ。中からいくつかの魔力を感じる。動いているから、魔物じゃないか」
「ん? そっか、わかった」
ジェキルはそう言って木製の扉を蹴り開けた。
そんなに大胆に行くのか!?
部屋の中に入ったジェキルは、背負っていた大剣を構えた。
けたたましい鳴き声が響き渡る。
今まで聞いたことのない声だ。
俺とリントが部屋に入ると、奥に毛むくじゃらの魔物が見えた。
「うわ~コボルトやん。いっぱいおるで」
小部屋の中には五体のコボルトが潜んでいた。
犬のような頭をした二足歩行する魔物で、古びた剣や盾を持っている。
身長は俺よりずっと低いが、牙をむき出しにして叫ぶ姿には迫力があった。
「下がってろよ、お前ら」
「いやジェキル、前! 前!」
振り返るジェキルに向かって俺が叫ぶ。
コボルトたちが不快な鳴き声をあげながら迫っていた。
しかしジェキルは落ち着いた動作で大剣を振りかぶると、横薙ぎに一閃した。
コボルトたちは声をあげることもなく両断される。
「す、すごい」
「何言ってんだ、こんなのザコだろ? さ、次行くぞ」
ジェキルは大剣を肩に担ぐと、さらに先へと歩き出した。
ひとりで危険なダンジョン探索の護衛を引き受けるぐらいだから、腕に自信があるのだろうとは思っていたけど……。
俺ははじめて見る冒険者の戦いぶりに圧倒されていた。
死んだコボルトたちの体が、紫色の霧になって消えていく。
普通の生物じゃないのか。
「そっか、アオイちゃんは初めて見るんか。魔物は死んだら霧になるねん。で、その後にはこの魔石が落ちてる」
リントが地面から拾い上げた石を手のひらに載せる。
紫色のキレイな石は水晶の原石のようだった。
「この魔石って何に使うの?」
「魔石には魔力が込められてるねん。灯りをつけたり、動力源としても使えるねんで。売ることもできるから拾っておいてな」
へえ~便利だな。
俺は拾い上げた魔石を見つめた。
エネルギーを蓄えておける石ってことは、電池みたいなものかな。
そういえば街灯があったっけ。あれは魔石の力で光ってるのか。
魔石を拾っていると、壁の奥から微弱な魔力を感じた。
「おーい、お前ら早く来いよ。置いていくぞ」
「ちょっとまって、ジェキル。なんかこの壁があやしいんだよ」
「なになに、どしたん!? お宝?」
見た感じはレンガが積まれたただの壁に見えるけど、奥にスペースがある気がする。
俺がそっと触れると、壁の一部が光って通路が現れた。
「幻術で壁があるように見せてたのか。あたしは何度か来たことあるけど、こんな仕掛けがあるなんて知らなかったな」
「アオイちゃん、すごいや~ん!」
リントが俺の背中をばんばんと叩いた。
最初はハズレスキルかと思ったけど、結構使い道があるぞ魔力探知。
通路の先には小部屋があり、小さな木箱の中に短剣が入っていた。
「この短剣からも魔力を感じるよ。間違いなく魔道具だな」
「おお~! さっそく一個はっけーん♪ テンション上がってきた~! この調子でいっぱい見つけるで!」
「おいコラ、先頭はあたしだって」
元気に駆け出すリントをジェキルが追いかけていく。
「お前らもちょっと疲れただろ? ここらで少し休憩しよう」
広めの部屋についた俺たちは、瓦礫の上に腰掛けた。
ダンジョンに入ってから、かれこれニ時間ぐらいは歩いただろうか。
緊張していたせいか、少し疲れたな。
もっともコボルトが現れてもジェキルが一刀両断してくれるので、戦闘面では俺の出番はなかった。
なんでも風の魔法が宿った大剣だそうで、まさしく疾風のような速さで敵を切り裂いていく。
リントは上機嫌で魔石を拾い集め、肩がけのカバンに放り込んでいた。
「なあ、お前らってどういう関係なんだ?」
水筒で水を飲みながら、ジェキルが言った。
「ええ~♡ どしたん、ジェキルちゃん、急に……」
リントは照れた様子で両手を頬に当てる。
なんなの、その思わせぶりなリアクション。
「ウチ、恥ずかしい。アオイちゃんが説明して♪」
上目遣いで俺を見るリント。
か、可愛い……けど、別に付き合ってはないよね。
「まあ、仕事仲間だよ」
「ええええ~なにそれ、仕事仲間って。ウチのことは遊びやったん!?」
「ふーん、そっかそっか。じゃあ、あたしがアオイにちょっかい出してもいいんだよな?」
「ええっ? いや、それは、その……どうなんでしょう? もちろん、ダメじゃないけどさ」
「んああ~何言ってるん、アオイちゃん! はっきり断ってや!」
赤面しながらうろたえる俺を、ジェキルがニヤニヤ笑いながら見ている。
くっ、冗談で言ってるとわかっていても反応してしまう……!
その時、ふいに離れた場所から強い魔力を感じた。
「ちょっと待って、何か強い魔力が――」
「話そらそうとしてもアカンで~!」
「いやいや、そうじゃなくて」
「アオイ、魔力探知か?」
ジェキルが立ち上がり、水筒を腰にさげた。
「ああ。移動している。誰かがこっちに近づいているみたいだ」
魔力の主は、俺たちが入ってきたのとは逆側の扉の前にいる。
「ふん。『誰か』ならいいけどな」
ジェキルがつぶやきながら、大剣を構えた。






