4話
4話
リントに連れられてやってきた建物の一階に、冒険者ギルドはあった。
石造りのいかにも頑丈そうな作りが目を引く。
中にいる冒険者たちが活気に満ちた声を響かせている。
入口の大きな木製扉をくぐると、中は広々としていた。
受付のカウンター、壁に貼られた掲示物。
冒険者たちが情報交換をしやすいよう、テーブルや椅子もいくつか配置されていた。
冒険者たちはここで仲間を募り、パーティを組んで魔物を討伐したり、危険を請け負う代わりに依頼主から報酬を得る。
リントの話では魔道具を一番はじめに手に入れるのが冒険者なんだそうだ。
古代遺跡やダンジョンで見つけた魔道具を装備したり、売却しているのだとか。
たしかに、オークションハウスの『出品者』としてはうってつけだな。
「いらっしゃい、リントさん。今日はどんなご用かしら」
茶色の髪をした優しそうな女性がカウンター越しに微笑んでいる。
濃いグリーンの制服を着て、前で手を組んでいた。
冒険者って荒っぽいメージがあるけど、こんなに落ち着いた雰囲気の美人が相手じゃあ態度も柔らかくなるだろうな。
「エルムちゃん、まいど! 今日はとっておきの儲け話を持ってきてん」
「儲け話、ですか。ギルドへの依頼ではなく?」
エルムさんは眉を少しひそめて首をかしげた。
「そ! ウチ、このたびこのお兄さんとオークションハウスを始めることにしてん。で、ギルドで出品者を募集したいってわけ」
「競売の場を作る、ということですよね。なぜ冒険者の方から出品を募るのですか?」
「そう、そこ! ウチらが始めるのは『魔道具専門のオークションハウス』やねん。だから、冒険者がダンジョンから持ち帰った魔道具を出品して欲しいなーって」
「そういうことでしたか。もちろん冒険者ギルドへの正式な依頼として承りますよ。では、手数料についてお話しましょうか」
エルムさんはにっこりと微笑む。
だが、目が全然笑ってなかった。
「さっすがエルムちゃん、話が早い! ただ、競売の場所代、仕入れ、人件費……商売を立ち上げるにはお金がかかるねんな~。ってわけで、ひとり紹介につき銀貨五枚でどう?」
「うふふ、リントさんったら面白い方ですね。ギルドは冒険者の方々との信頼あってこそ。そんな安値で紹介できません。金貨ニ枚ですね」
「それは高すぎやって~! 人を紹介するだけやんか。なあ、人が集まるようになったらウチらが逆に冒険者ギルドを宣伝するし」
なんだか熱い交渉が始まってしまった。
俺はどのぐらいが適正な相場なのかわからないので、口を挟まないでおく。
こういった交渉事は日常らしく、ギルド内の冒険者たちも特に気にしている様子はない。
「では、当ギルドへの宣伝も込みで紹介者ひとりにつき金貨一枚。この条件でよろしいですか?」
「んん~わかった。その条件で依頼するわ」
話がまとまったらしい。
やっと割り込めるタイミングができたので、俺はエルムさんに自己紹介をした。
「銀貨八枚が目標やってんけどな~。エルムちゃん、手強いわ」
リントは納得がいかないらしく、腰に手を当てて口をとがらせている。
これからお世話になるんだし、あんまり無理言わないほうがいいんじゃないかな。
それとも、グイグイ交渉するぐらいじゃないと商売人としてはやっていけないんだろうか?
「あともうひとつ。フィセルの魔窟の探索に行くつもりやねん。腕のたつ冒険者を紹介してくれへん?」
ギルド内にいる冒険者たちにどよめきが起こった。
フィセルの魔窟という言葉に反応したっぽいな。
「なあ、リント。フィセルの魔窟ってなんなの? 俺、聞いてないけど」
「魔道具を仕入れに行くに決まってるやん。商売は直接仕入れが一番儲かるんやから。目玉商品ぐらいはウチらで用意せんとな~」
ダンジョンに魔道具を探しに行くってことか?
たしかにそれができれば一番いいけど。
「リントさん、フィセルの魔窟がどのような場所か、もちろん理解したうえでのご依頼ですよね」
「もっちろん。魔物が巣食うかわりに、魔道具がたくさん眠ってる古代遺跡のひとつやんな。ウチも自分の身ぐらいは守れるで」
「覚悟の上ということですね。ではジェキルさん、少しお話できますか?」
エルムさんはカウンターからギルドの奥にいた女性に声をかけた。
ジェキルと呼ばれた女戦士風の冒険者は、銀色の髪をポニーテールにして、背中に身長ほどもある大剣を背負っていた。
健康的に焼けた褐色の肌が印象的だ。
上半身は金属製のブラと肩当てのみで、おへそが見えている。
腰には短めのスカートが揺れ、膝から下は金属製のブーツでしっかりと守られていた。
「こちらの方々からフィセルの魔窟探索のご依頼です。受けていただけますか?」
「はあ? こんな弱そーなヤツを護衛しろってか?」
ジェキルはずかずかと大股で歩き寄ると、俺をじっくり見た。
か、顔が近い。
色気がただよう美貌に金色の瞳。
果実のような甘い香りがした。
「む、むう……アオイちゃん、この子かなりの使い手やで……!」
リントは珍しく、難しい顔をしてうなっている。
その視線はジェキルの張りのある巨乳に向けられていた。
おい、いったい何の話をしているんだ。
「ケッ、笑わせんじゃねえぞ坊主。お前なんか魔物に襲われてすぐに死んじまうわ」
いかにも酔っ払いという風体のおっさんが俺に近づいてくる。
年季の入った革鎧、腰に下げた剣。
美女に囲まれている俺が目についたんだろう。
「なんやねん、おっちゃん。ウチらは――」
威勢よくたんかを切ろうとするリントを、俺は手で制した。
酔った冒険者なんて何をするかわからない。
俺だって怖いけど相手は剣まで持っているし、女の子を前に出させるわけにはいかなかった。
ジェキルは腕を組んで俺の出方を見ているようだ。
「へっへへ。姉ちゃんらもそんなヤツについて行ったってロクな目にあわねえぞ。俺がもっといい所に連れて行ってやるよ」
無精髭をなでながら、冒険者のおっさんがにじり寄ってくる。
「あんたには関係ないだろ。危険な目に合うのは俺たちなんだ。放っておいてくれ」
「なぁんだ、てめえ! 女の前だからってカッコつけやがってよ!」
冒険者のおっさんは顔を真っ赤にして拳を握る。
その時、俺の魔力探知が無意識に発動した。
魔力が右手に集まっているのがわかる。殴る気だな。
怒声とともにおっさんの右ストレートが飛んできた。大振りもいいところだ。
俺はそれを頭だけ動かして避ける。
次は左で殴ってくるな。
少し距離を取ってかわす。
「お!? こ、この野郎、ちょこまかと……!」
「おいおい、だらしねえぞゴメス! 何やってんだ」
野次馬にゴメスと呼ばれたおっさんは、こめかみに血管を浮き立たせて怒っていた。
その右足に魔力が集まっていく。
俺は小さく横に跳んで蹴りを避けると、ゴメスの軸足を蹴った。
勢いよくずっこけるゴメス。
柱に頭をぶつけたらしく、白目をむいて伸びてしまった。
「ふ~ん。やるじゃないか。ゴメスの動きが見えてたのか?」
ジェキルが腕を組んだまま、感心したように言った。
「た、たまたまだよ。それよりジェキルさん、依頼は受けてくれる?」
「ふん、ジェキルでいいよ。一日あたり金貨五枚。諸経費は別でな」
ジェキルが手を差し出す。
良かった。なんとか依頼を受けてもらえた。
俺は握手しながら安堵していた。
「アオイって言ったっけ。さっそく日程を決め――ふぎゃっ」
話し出したジェキルが急に奇声をあげた。
見ると、いつのまにか背後にまわったリントがジェキルの胸を鷲づかみにしている。
「むむ~。やっぱりウチよりちょっと大きいな。やるやん、ジェキルちゃん。これからよろしく~♪」
「お、おい! 揉むな! アオイ、やめさせろよ!」
やめさせろって言っても、リントはいつもそんな感じなんだよな。
俺は小さくため息をついた。
こんな調子でダンジョン探索なんてできるんだろうか?