2話
「うんうん、アオイちゃんは今日この世界に来たばっかりなんやね」
カフェのテラス席に向かい合って座った後、俺は手短に事情を話してみた。
リントは特に驚かず、興味深そうに聞いている。
どうやら、これまでにも異世界から召喚された人はちらほらいるらしい。
ただ、リントにとっては俺が初めて出会った異世界人なんだとか。
「城で渡された金貨の価値もわからないし、宿を取ろうにもどこにあるかわからなくて」
「うんうん。そうやろな~。困るよな~」
リントは腕を組み、目を閉じながら大げさにうなづいている。
なーんか企んでいるっぽいな。
「ま、最悪そこらへんで野宿するしかないかな、と思ってたんだけどさ」
「野宿ぅ? あかんあかん! アオイちゃんが元いた世界とは違うんやで? 野盗に魔物、その他にも危険がいっぱいやねん。外で寝てしまったら、そのまま目を覚ますこともないかも……」
リントが両手を前で組み、憐れむような表情で俺を見つめる。
たしかに魔物がいる世界で野宿は危険かな。
それにしたって街の中にも出たりするものなのか?
「そ・こ・で! や。ウチがアオイちゃんに住む場所を用意してあげてもいいで?」
「え、本当に? それは助か――」
「たーだーし! タダってわけにはいかへんで? アオイちゃんにはウチのお仕事を手伝ってもらいたいねん」
「仕事? ああ、もちろん、俺にできることなら」
「ウチの家は代々商売をやってるねん。で、ウチも一人前の商人になるために街を回って修行中やねんけど。アオイちゃん、商売に大事な能力って何やと思う?」
「能力……?」
今まであんまり考えたことがなかった。
不用品をフリマアプリで売る、ぐらいのことしかやったことないしな。
俺は目の前に置かれた木製のカップを持つと、果汁っぽいものを飲みながら考えた。
「うーん、なんだろ。お客さんを集めることかな?」
「惜しい! それも間違いちゃうねんけど。大事なのは『人が欲しいと思うものを仕入れる能力』やねん」
「仕入れる力、か」
「そ。集客も大事やけど、ウチみたいな美少女は何もせんでも注目されるから、ね」
リントは肩をすくめると、やれやれといった調子で小さく頭を振った。
自分で美少女と言うだけあって、たしかに目立つ容姿だ。
現に、競売を始めたらすぐに人が集まってたもんな。
「で! アオイちゃん、さっき露店で古い剣を買ってたやろ? あれってなんでなん? 護身用やったら新品を買ったらええやん」
「ああ、これのことか」
俺は剣をテーブルの上に置いた。
長さは一メートルもないぐらいで、片手で扱えるサイズだ。
いわゆる小剣というやつだな。
ところどころ錆びてはいるが、鞘の部分には細かい彫刻がほどこされている。
「この剣から強い魔力を感じたんだよ。他の人は気づいてなかったみたいだから、俺のスキル『魔力探知』が働いたんだと思う」
「へえ~モノに宿った魔力がわかるんや。召喚された異世界人は固有のスキルを持ってる、って聞いたことあるで。ホンマやったんや」
リントが身を乗り出して目を輝かせた。
モノだけでなく、生物からも微弱な魔力は感じられる。
きっと、この世界ではあらゆるものに魔力が宿っているんだろう。
「この剣、銀貨五枚だったから買ってみたんだけどさ。ガラクタかもしれないよ」
「後で鑑定に出してみよ! ウチが連れて行ってあげる。他にも魔力を感じるモノって市場にあったん?」
「ああ、いくつかあったよ。この剣ほどじゃないけど」
「そっかそっかー。ウチ、アオイちゃんを見てピンときたんよね。この人、商品の価値を見抜く『目利き』ができるんかな、って」
なるほど、それで俺に興味を持ってくれたのか。
可愛い子に声をかけられて、つい舞い上がってしまった。
「で! ウチは商人として成功するために『目利き』を鍛えたいねん。アオイちゃんにはそれを手伝って欲しいなーって」
「ああ、それなら俺も助かるよ。魔力探知で役に立てればいいんだけど」
「よーっし、商談成立ぅ! そうと決まったら鑑定に行こか! あ、おねーさん、お勘定ここに置いていくで~」
リントは銀貨をテーブルの上に置くと、元気よく立ち上がって歩き出した。
ちなみに置かれた銀貨は一枚だったので、おごってくれるわけではないようだ。
俺も銀貨をテーブルの上に置くと、早足で歩くリントを追いかけた。
「おいおい、兄ちゃん。これ、どこで手に入れたんだ?」
白髪混じりの髪をかきあげながら、魔道具店のおじさんが目を丸くした。
露店のあった広場から歩いて十五分ほどの場所にあるこの店には、様々な道具が並んでいた。
店主のおじさん、ロダンは魔道具の鑑定や買取、小売を行っているらしい。
分厚い本や剣に兜、何に使うのかわからない小道具など。
うーん、見てるだけでワクワクしてくるな~。
これ全部に魔力が込められているらしい。
店に入る前から強力な魔力をビンビン感じたのだ。
「おっちゃん、商売人が簡単に仕入先をバラすわけないやん。で、そんなにスゴイ代物なん?」
カウンターに身を乗り出してリントが詰め寄る。
ロダンもその迫力に押されていた。
「お、おう。こりゃスゴイってもんじゃないぞ。ワシの鑑定結果が正しけりゃ、五百年以上前の古代魔法王国で作られた剣だ」
リントが振り返って、無言のまま満面の笑顔を見せた。
やっぱり掘り出し物だったんだ。
段違いの魔力だったもんな。
「なあ、これをワシに譲ってくれんか? 金貨百枚まで出すぞ」
「百!? ……こほん、百か~。それな金額じゃ譲れへんなぁ」
「ちょっと安すぎたか? じゃあ百五十枚ならどうだ」
「おっちゃん、冗談やろ? この剣を手に入れるのにウチらがどんだけ苦労したか……」
いやいや、その剣は俺が買ったんだって。
リントが勝手に値段を釣り上げようとしている。
「悪いけどその剣は俺にとって大事なものなんだ。売る気はないよ」
そう言って俺はカウンターに置かれた剣を手に取る。
この魔道具店に置いてある、どの商品たちより強い魔力を放っていた。
「そうか。残念だな。気が変わったらいつでも声をかけてくれ」
ロダンはしょんぼりしながら、名残惜しそうに俺の剣を目で追う。
リントがぶつかりそうな勢いで俺に詰め寄ってきた。
「ちょっとアオイちゃん、せっかくウチが高値で売ろうと思ったのに」
「まあ待ってよ。この剣に本当に価値があるなら、さっきみたいに競売にした方が高値がつくんじゃないか? 宿でゆっくり話そうよ」
俺の提案を聞いた後、少し考えてからリントはにっこりと笑った。
「たしかに、うまくやればもっと高値で売れるかもな。おっちゃん、ありがと~。また来るわ♪」
切り替えはやっ。
リントの性格がちょっとわかってきた気がするな。
外に出ると、街が夕日に照らされてオレンジ色になっていた。
俺は小走りで、宿に向かうリントの背中を追いかけた。
「はいはーい♪ ここがアオイちゃんの宿でーす。ささ、入って入って」
「え? いや、ちょっと、ここって……」
リントが俺の手を繋いで部屋に引き入れる。
ベッドに二人がけのソファ、小さなテーブルと椅子、本棚には商売に関する本がぎっしり詰まっている。
一階が酒場になっているこの建物は、ニ階より上が宿として貸し出されているらしい。
それはいいんだけどさ!
「宿ってこれ、リントが借りてる部屋でしょ? まさか一緒に寝泊まりするの?」
「うん、そうやで。まさかイヤなん?」
「イヤとかじゃないけど、マズイでしょ男女が、そんな……」
「ははーん。アオイちゃん、さてはエッチなこと考えてるん?」
リントがジト目で顔を近づけてくる。
俺は一瞬で赤面した。
耳まで熱い。
「ち、違うよ、そんなこと――」
「じゃあ問題ないやん♪ さ、座って座って。疲れたやろ~お茶いれるね」
俺はかろうじてソファに座ったものの、両手を膝の上に置いてすっかり硬直してしまった。
異世界に飛ばされて、とりあえず寝泊まりする場所は確保できたけど……こんなの緊張して寝れないよ!