お前が自作だと自慢してるポーション、俺が作ったやつなんだよ
うすのろダムド。
物心ついた時から同い年の奴らにそう言われてきた。
言い出しっぺはネルスの奴だ。こいつは典型的なガキ大将で、町長の息子ということもあって周りもあまり強く言えないため、いつも取り巻きを連れて調子に乗っていた。
うすのろ呼ばわりについては、自分でも「まあそうだな」と思うので、否定はしない。
腹立たしくは思うが、別に腕っぷしが強くもないからそいつらに殴りかかろうともせず、聞き流す。
そうしていればいずれ飽きてどこかに行くのだ。
「薬草取ってきたよ」
「あいよ」
父さんは熊狩りで運悪く命を落とし、母さんは流行り病で亡くなった。
婆ちゃんと二人きりの生活。
何でも、婆ちゃんは昔、大きな都でポーションを作る仕事についていたらしい。だから薬草とかの使い道にも詳しいし、それで生計を立てて俺を養ってくれていた。
婆ちゃんの手伝いをしているうちに、俺も自然とそれらの知識が頭に入っていく。
才能があったのか、俺は婆ちゃんから様々な技術や知恵を学んで(半ば強引に教え込まれたのだが)自分のものにして、十二歳の頃には一人でポーションを作れるほどになっていた。
「お前は天才だねえ」
うすのろ呼ばわりされていた俺に、婆ちゃんのその言葉はとても嬉しく、ありがたかった。
婆ちゃんが死んだのは、その二年後だ。
俺に無理やり自分の技術とか知ってることとか教え込ませたのは、薄々死期を悟っていたからかもしれない。一人で生きていかないといけない俺に、そのための術を叩き込んでおこうと、そう思ったのかもしれない。
あるいは、自分がこれまでの生涯で溜め込んだ知識がこのまま墓の下に眠るのを、惜しんだのか。
今となってはわからない。
天涯孤独となった俺に救いの手を差しのべたのは町長だった。
善意からではない。打算だ。
町長は、俺以外にこの町で婆ちゃんの素性を知る、数少ない人物だった。実は町長自身も若い頃にポーション作りの仕事に携わっており、婆ちゃんとは師弟に近い間柄だったそうだ。
どうも作ることより売ることのほうに向いていたらしく、そっちでメキメキと頭角を現して一儲けしてから故郷であるこの町に帰ってきたらしい。
「息子のために裏方をしてほしいんだよ」
俺の才能についても知っている町長は、そう話を切り出してきた。
その息子とは、言うまでもなく、あのネルスである。
裏方といえば聞こえがいいが、つまるところ、俺のポーション作りの才能をネルスの成果にしたいのだ。
自分が手に入れられなかった名声を、ならば息子に取らせようという腹積もりか。年をとってからの子供なだけによほど可愛いのだろう。
たぶん、町長は婆ちゃんがいなくなるのを見計らっていたんだ。目の上のたんこぶが消えたから、うすのろの俺を言いくるめるのも容易いと思っていたに違いない。
断れば、きっとこの町にはいられなくなる。
ここは従っておくことにした。生活が楽になることへの期待もあったからな。
それから一年が過ぎた。
あの町にポーション作りの天才がいる。
都の一流の職人すら思わず舌を巻く出来だそうだ。
なんと、それがまだ十五歳だというじゃないか。信じられん。
こんな噂が広まるまで時間はかからなかった。
当然、その噂の人物はネルスで、評判のポーションは俺が作ったものだ。
町長はとにかく真相が明らかになることを恐れ、徹底してばれないようにしていた。
「お前はただポーションさえ作ってくれればいい。それと、できれば、ポーションなんて怪しげなものは信じないという偏屈者を演じていてくれ」
「あいよ」
こんな真似をしてればいつかは破綻すると思うのだが、そんな忠告をする義理もないので俺は黙っていた。
だが、町長もそれは百も承知だったらしく、要はネルスのポーション作りの腕が俺に届くまでの時間稼ぎができればそれでいいと踏んでいたのだろう。
事実、町長が連日熱心に教えている甲斐もあり、ネルスの作ったポーションはそれなりに効果のあるものになってきていた。それでも俺のと比べたら雲泥だが。
「やっぱな、才能ってのは、然るべき奴が持ってるもんなのさ」
ネルスは鼻高々だ。
こいつは父親から教え込まれた技術で優れもののポーションが作れていると本気で信じている。実際は薬草の絞り汁よりはマシかなって代物なのにな。
「おい、お前もそう思うだろ、うすのろダムド」
「へい」
「親父はお前を気に入ってるようだが、だからといって調子に乗ったりするなよ? お前はたかだか雑用役の下男に過ぎないんだからな」
「わかっておりやす」
「ならいい。身の程を知るってのは大切だからな。しっかり働けよ? ははははっ」
有頂天のまま(基本形にこの男はいつもそうだが)ネルスは胸を張ってどこかに歩いていった。三人いるという彼女のうちのいずれかにでも会いにいくのだろう。あるいは四人目の物色か。
しかしネルスの栄華も、いつまでも続きはしなかった。
ここからさらに一年後、天才ネルスの噂が国中に広まりだした頃、町長が、馬車ごと山道から転落して亡くなったのだ。
町は多少混乱したが、前町長が一時的な代理として担ぎ出されることでどうにか収まった。
ネルスはというと、一応まともなポーションこそ作れるようにはなっていたが、それでも俺にはまだまだ及ばない。
哀れなことに、ネルス本人はいまだに父親の画策について知らなかった。あいつは自分が天才だとこれっぽっちも疑っていない。
俺としては、まあ町長とある種の共犯だったみたいな心境もあり、今更ここで放り捨てるのも……と思い、このままポーション作りの裏方仕事を町長の分までしてやろうと、そう考えていた。
「ダムド。今までご苦労だったな」
俺は家を継いで新たな家長となったネルスから暇を出された。つまりクビである。
ネルスからしたら、俺のような者が父親に目をかけられていたのが、ずっと気に入らなかったらしい。
「薬草臭いうすのろはうちの屋敷にはいらないんだよ」
奴はそう吐き捨てた。
なら、仕方ない。
どうせ全てを洗いざらい話しても信じるどころか真に受けもしないだろう。言うだけ無駄だ。
それに、俺はこいつに対して何の恩も義理も情もない。
「へい。それなら仕方ありません。今までお世話にしました」
事実を一切知らないネルスの奴は、その言葉を言い間違いだと思い、
「はは、うすのろは最後までうすのろか」
と、俺の皮肉には気づかなかった。
一礼してその場を離れ、そそくさと荷物をまとめてその日のうちに屋敷を後にした。
町長は意外と太っ腹だったので、これまで貰い続けていた給金はそれなりの額に貯まっていた。口止め料の意味もあったのかもしれない。これだけあればしばらくは余裕で生活できる。
俺は久しぶりに実家へ戻り、のんびりと一人暮らしを始めることにした。
さて、まずは掃除からだ。
──ネルスの評判が地に堕ちるまで、さほど時間はかからなかった。
お前は天才なんだと親父は言っていたし、あんたらだって俺のポーションを褒め称えたじゃないか。
そうわめいても、その優れたポーションを作れないならただのたわ言に過ぎない。しかもネルスの作るポーションは、普通の効能なのに材料が無駄に高価だったりする。腕のなさを材料の質で補っているからだ。
そんなものを好き好んで買う奴はいない。
他に取り柄のないネルスは、父親の資産を食い潰しながら生きていくしかなかった。
その資産も、怪しげな事業の誘いに乗って案の定かなりの額を失うことになる。それを知ったネルスの母は精神に不調をきたし、実家の者たちに引き取られた。無論、その連中は厄介者であるネルスと縁を切ることも忘れなかった。
何人もいた彼女も残らず離れていった。
使用人も数が少なくなっていった。
増えるのは借金と庭の雑草だけ。
最終的にネルスは、屋敷の玄関で自主的に宙ぶらりんになる道を選んだ。
「一体、一番悪いのは誰だったんだろうな」
俺は今日も、薬草を煎じている。今作っているのは風邪に効くやつだ。
「あんたのお薬は安くて効きがいいから助かるよ。よっぽど腕がいいんだねえ」
「それほどでもねぇよ」
「それだけ腕がいいなら、ポーションとかも作れるんじゃないのかい?」
「そんな怪しげなもんに頼らなくても、薬草煎じて飲むなり塗るなりしたらいい。ろくなことがないよ、ポーションなんざ」