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関心

「はぁ……」


 翌日の昼間、フェリシテは寝間着のままで机に向かっていた。しかし、その様相はいつになく浮かない。何度目かのため息を吐いたところで、痺れを切らしたリルに窘められる。


「そんなにため息ばかり吐かれて……いったいどうしたのですか。皇太子殿下へのお返事も全く進んでいないようですし」

「ノア……あぁ、忘れてた」

 

 フェリシテが机に向かっていたのは、ノアから届いた手紙に返事をするためだった。彼からの手紙の内容は、一昨日のパーティでの非礼を詫びるものだ。

 ローズマリーを優先して申し訳ないと、体についても養生するようにとのことが記されていた。

 しかし、ローズマリーとの関係に摩擦が生まれてからというもの、この手の手紙が送られてくることにはフェリシテはすっかり慣れている。 

 では、現在進行形で彼女の頭を悩ませているのはなんなのか。それはやはり、昨晩の男の存在だった。昨晩はあの男が公爵邸まで()()()()()()ことにより、幸いにも誰にもバレず、ベッドに戻ることができたわけである。


(魔法を使うときに言ってた言葉……古代帝国語、よね?あんなイケメン、いたら知らないわけないし少なくともこの国の貴族ではなさそう。そもそも魔法を使える人自体この国には……)


 男に対してあまりに疑問が多すぎる。しかしそれを解き明かすのに、パズルのピースは少なすぎた。


(そもそも、あいつだってなんであんな所にいたのって話よ。それに、次に会った時って言ったって、その次がいつかも分からないし)


思い返せば返すほど、なんだかムカムカしてくる。フェリシテは眉間にしわを寄せて、羽ペンで洋紙にぐしゃぐしゃと落書きをした。


(初対面の人間に向かって愚か者ってなんなのよ?!黙ってろとか好き勝手言ってくれちゃって……でもその割に、なんていうか触り方は優しかったし)


 怒っているのか、それとも彼の言っていた()を期待してしまっているのか、自分でもよく分からない。そもそもこんなに感情を揺さぶられること自体が初めてで、どう収拾をつければいいのか、その方法をフェリシテは知らなかった。


「まぁお嬢様、落書きなんてして。はやく返事をなさらないと皇太子殿下も心配されますよ」

「うぅ、分かってるわよ。でも私には考えなきゃならないことが山ほどあるの!」

「さいでございますか。ですが、午前のうちに書き上げなければ今日のおやつはなしです」

「リルの鬼!私の唯一の癒しの時間を奪うなんて!」


 そう言われてしまえば、フェリシテは視線を白紙に戻し、必死にペンを走らせていくしかなかった。どうせ書く内容はいつもと変わらない。自分は気にしていないから大丈夫だと、ローズマリーのことも気にかけてやって欲しいと、本心にもないことを綴っていくだけだ。

 ふと、昨晩の出来事に関しても書こうかと思ったが、それはできなかった。叱られると思ったからではない。むしろノアは、そんなフェリシテの破天荒な話を喜んで楽しげに聞くようなタイプだ。「体調が悪いのにこっそり出かけるなんて」くらいは言われるかもしれないが、そんな小言をフェリシテが気にして書けないのではなかった。


(夜に知らない男と会った、なんて、いくら偶然だとしても言えないわ)


 フェリシテは正式にノアと婚約関係を結んでいる身だ。あの男とは何もなかったとはいえ、ノアを不安にさせることは伝えるべきではない、と判断したのだ。たとえノアがローズを優先することが多いとしても、それは仕方がないと理解はしているし、優しいノアに同じ気持ちを味わわせてやりたい、なんて一切思ったりはしていない。


(ローズの嫌味や嫌がらせも結婚したら多少は収まるでしょうし。あと一年の辛抱よ)


 フェリシテとノアの成婚は、ノアが十八歳の成人を迎える約一年後だ。フェリシテが国母となれば、今は容認されているローズマリーの手前勝手な行動も看過できなくなるだろう。それはフェリシテが、という話ではなく彼女たちを取り巻く貴族社会が、という意味である。国王を絶対とするこの国では、皇族に盾突けるものなど一人もいない。

 一昔前は皇族派と呼ばれる派閥と、貴族派と呼ばれる派閥とで争っていたこともあるらしいが、先々代の国王が世紀の大洪水をその英知によって収め、平民や中立派と呼ばれていた貴族からも多大な支持を得ることによって、貴族派は次第にその勢力を失っていった。


(伯爵家は元から熱心な皇族派だし、今のままローズを野放しにするとは思えないもの)


 手紙を書き終え、紙を丁寧に折りたたみ、封筒に入れる。封蝋で封をしてからリルに預ければ、「しっかりとお預かりいたしました。おやつは十五時ごろにお持ちいたします」と返事をもらえるので、正午までに間に合って良かった、とフェリシテは胸を撫で下ろした。


 一人になった部屋で、フェリシテはベッドに体を沈ませる。再び考えていたのは、あの男のことだった。


(またお祭りに行ったら会えるかしら。でも今度はちゃんと護衛を付けていかないとよね……)


 柔らかな日差しが部屋の中に差し込んで、考え事をするフェリシテに睡魔が忍び寄る。


(だめよ……まだ……かんがえなきゃ……いけない、ことが……)


 耐えきれない睡魔に、どんどん瞼が重くなっていく。ぽかぽかと部屋を照らす暖かい太陽に抗うことなどできるはずもなく、そのまま微睡みの中に落ちていった。


 そして、この時のフェリシテは思いもよらなかった。思いのほか早く、そして意外な形で男との()の約束が果たされることになるとは。


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