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甘くて苦い

 建国祭当日、公爵家の屋敷は朝から慌ただしかった。それもそのはず、第一皇太子と共に入場を許される唯一の公女をピカピカに磨きあげなければならないのだ。


(も、もう嫌......いったい、何時に起こされたと思ってるのよ?)


 フェリシテは、侍女たちに好き勝手されながら、家にいるのに帰りたくなるという謎の感覚に襲われていた。無理もない。朝、日が昇るよりも早くリルに叩き起され、湯浴みをして頭から足の爪の先まで余すことなく磨かれた。浮腫を取るためのマッサージも時間をかけておこなわれ、さぁ朝食をと思えば今日は抜きだという。ノアから事前に送られてきていたドレスに着替えさせられ、今はヘアメイクを施されている最中であった。


「こんなにみんなが張り切るのはデビュタントの時以来ね」

「当然ですわ。本日はフェリシテ様が国中で一番美しくなくてはなりませんもの」

「とは言ってもねぇ......これじゃ、ふぁ......ダンスをしながら寝てしまいそうだわ」


 リルは呑気に欠伸をしている主人を叱りたくもなったが、首を横に振り呆れるだけに留めた。そして欠伸をしたまま目を閉じたフェリシテの顔に次々と筆を滑らせていく。

 綺麗な肌はそのまま活かし、頬には薄ピンクのチークをふんわりと乗せる。瞼には大きめのラメを乗せるだけで元々華やかな顔立ちがさらに煌めいて見えるかのようだった。アイラインは彼女の目の形に合わせ、少しだけ跳ね上げる。まるで精巧に作られた人形のように錯覚してしまうほどの美しさに、眩暈すら覚えるほどだ。


「終わった?目、開けても大丈夫?」

「はい、お願いいたします」


 やはり、素の顔立ちが良いからかメイクが圧倒的に映えている。フェリシテは鏡に映る自分の顔を見て満足げに口の端を上げた。


「やっぱり私って美しすぎる!これは罪なレベルだわ」

「本日ばかりは同意です」

「ちょっと」


 クスクスと笑っていれば、少しづつ眠気も覚めてくる。ヘアは数人の侍女たちが加わり、長い髪の毛があっという間に編み込まれていった。宝石や金細工が豪勢にあしらわれた髪飾りを付ければ全ての支度が完成する。


「やった......私たち、やり切ったわ.....」

「まるで天界から舞い降りてきた女神のよう......さすがフェリシテ様......」


 ゼェハァと息を切らしながらも、達成感溢れる表情でフェリシテを拝む侍女たちにはさすがの彼女も苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「みんなありがとう、お疲れ様。それじゃあ私は行ってくるわね、そろそろノアが迎えに来る時間だし」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 尽力してくれた侍女たちに労いの言葉をかけ、エントランスへと向かう。どうやら既にノアの馬車は到着しているようで、彼は立って待っていた。


「ノア.....!座って待っていて良かったのに!遅くなってごめんなさい」

「座っているとなんだか落ち着かなくてね。むしろ待ってる時間を楽しみたかったから、もっと早くに迎えに来ればよかった」


 相変わらずスマートな婚約者は、今日はいつにも増して輝いて見える、とフェリシテは思った。目に見えないフィルターでもかかっているようで、つい目元をゴシゴシと擦りたくなる。


「僕がプレゼントしたドレス、すごく似合ってるよ。可愛い、綺麗だ」

「あ、ありがとう。ノアもすっごくかっこいい」


 互いに照れたように褒め合ってから、フェリシテはノアのエスコートを受けて馬車に乗る。乗ってから気付いたが、どうやらフェリシテのドレスとノアのスーツはリンクコーデになっているようだった。


(これは、たまたま.....なわけないか)


 フェリシテのドレスを用意してくれたのはノアだ。彼がお揃いの物を着たいと思って作らせたのだろうと思うと、フェリシテはやはりノアのことを可愛らしく感じてしまう。ノアのアメシストの瞳からインスピレーションを受けたであろうドレスに、スーツの胸元の同じ色のクラバットは、ノアの独占欲の表れでもあるのだろうか。


「.....ほんと、可愛い人」

「ん?何か言った?」

「んーん!なんでも!」


 皇室御用達の、特殊な加工をかけた馬車は揺れが少なく乗り心地が良い。あっという間に皇城に着けば、どの馬車よりも早く入り口へと案内される。


「さすがノア第一皇太子殿下。基本は顔パスなのね」

「君もだよ、フェリシテ公女様。さ、お手をどうぞ」


 先に馬車を降りたノアに手を差し出され、フェリシテは微笑んでその手を取った。

 石畳をまっすぐ進み会場内に入れば、既に入場を済ませ話に花を咲かせていた貴族たちの視線が二人に送られる。品定めするような視線は居心地の良いものではなかったが、これが一時的なものであることは二人は知っていた。


「ノア・ド・ジル第一皇太子殿下御入来!フェリシテ・ポワ・アンヌ公女御入来!」


 名前を呼ばれた瞬間、その視線は媚びるものへと変わっていく。


「皇太子殿下!本日は公女様とおいででございましたか」

「フェリシテ様、以前お話させていただいたことがあるのですが.....」


 社交界には、明確な序列というものが存在する。上流階級に属し見目麗しく、ファッションのセンスも抜群であり知的な二人は常にそのカーストのトップに位置していた。取り入って、あわよくば甘い蜜を吸おうなどと考える輩も少なくない。


(早く美味しいもの食べたいのに.....これだから、社交の場って面倒なのよね)


 フェリシテは、穏やかな笑みの裏にそんなことを考えながらも個々にに応対していった。そんな時のことだ。


「ノアお兄様〜!」


 砂糖をそのまま水に溶かしたかのような甘い声で駆け寄ってきて、ノアの腕に抱きつく女がいた。当然その正体はフェリシテではない。


(げ、こいつがいたか.....)


 甘い声の女の名は、ローズマリーといった。伯爵家の一人娘で、ノアに人一倍好意を抱いているらしい。ゆえに婚約者であるフェリシテのことを敵対視し、ことあるごとに勝手に対抗心を燃やされフェリシテは辟易としているのだ。

 しかしその伯爵家というのも、古い時代から国を支え懇意にしてきた家のひとつであり、ノアも容易に邪険には扱えない理由があるようだった。


「ローズマリー様、ごきげんいかが」

「ノアお兄様、今日はいつにも増してかっこいいですね!ほら、クラバットも私のドレスの色とおそろい!」


 フェリシテの挨拶を遮って、ノアにベタベタとくっつくローズマリーにフェリシテの苛立ちは募っていく。


(ちょっと?私の婚約者なんですけど!ベタベタベタベタ触ってくれちゃって......。それに、クラバットは私のドレスとおそろいなの!)


 そんなことを大声で喚き散らしてやりたい気持ちをグッと押さえ込み、フェリシテは微笑みを浮かべたまま静観するに徹した。


「ローズマリー様、お久しぶりですね」

「お兄様、お手紙のお返事が遅いんですもの。今日はたくさんあたしと踊ってくれる?」

「はい、ですが一番初めは婚約者の」

「やったぁ!じゃあ今日はノアお兄様のこと独り占めしちゃおっ」


 ノアが話している言葉でさえ遮り、ローズマリーは身勝手にも話を進めていく。フェリシテの存在に気付いていないのかと思いきや、ノアを独占するやいなや彼女は勝ち誇った笑みでフェリシテの方を見つめた。


(何よあれ……!ノアだってもうちょっと拒んでくれてもいいじゃない?)


 表情にこそ出さないが、フェリシテは今すぐこの場でハンカチを噛み締めて地団駄でも踏んでやりたい気持ちでいっぱいだった。

 しかし、ノアは困った顔でローズマリーの相手を続けるばかり。昔から、なぜか彼はローズマリーを気にかける。

 腕を組み離れていく二人の後ろ姿を、フェリシテはただ見つめていることしかできなかった。

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