二人の絆
「あははっ、フェリーはそんなことを考えていたの?」
フェリシテは、婚約者である第一皇太子に会いに皇城に来ていた。毎週末にお茶の時間を取り二人きりで話すことは、婚約が決まった数年前からのしきたりである。しきたりとは言っても、幼馴染で気心の知れた二人にとっては素の自分でいられる憩いの時間であった。
「もう!そんなに笑わないでよ。私だって馬鹿げてるとは思ったけど、ノアにだから話したんだもん」
「ごめんごめん、それで?前世からの運命の人がいたら良かったのにって話だっけ」
「わざわざ言い直さなくてよろしい!」
フェリシテが自分の胸に抱えている気持ちを、真の意味で共有できるのはノアだけだった。同じ境遇で育ち、幼馴染で婚約者である彼だけは、理解してくれていたから。
しかし、前世の話なんてしたのが良くなかった。ノアにその話を揶揄われたフェリシテは、鼻先を横に向けてすっかり拗ねてしまっていた。
「でも、僕はよくないなぁ」
「どうして?もしそんなことがあったらすごく楽しそうじゃない、それにロマンチック」
いつもなら、フェリシテの話に同調してくれるノアが珍しくそんなことを言うので、フェリシテはそっぽを向けた視線を彼のほうに戻して訊ねた。
「だって、フェリーの運命の人が僕じゃなかったら嫌だから」
恥ずかしげもなくそんなことを言ってのける婚約者に、フェリシテの顔はみるみる真っ赤になっていく。
(な、な、なにそれなにそれ……!!!)
そんな甘いセリフは、フェリシテが夜寝る前にこっそりと読んでいるロマンス小説に書かれているものでしか見たことがない。さらにノアは、国民皆が認める美男子だ。サラサラの黒髪に切れ長の目元、すっと通った鼻筋に甘い唇。顔だけがすべてとは言わないけれど、この顔に見つめられて照れない乙女などいないだろう。
「な、なによもう、可愛いこと言ってくれちゃって」
「フェリーには可愛いじゃなくてかっこいいって言われたいんだけどなぁ。僕のほうが年上だし」
「そういうとこ!年上って言ったってふたつだけじゃない」
照れ隠しに可愛い、なんて言い返すことしかできない。そんなフェリシテの内心を悟ってか否か、ノアは満足そうに笑った。
「それで話は戻るんだけどさ、前世に関する面白い話なら知ってるよ」
「え、なになに?聞かせて!」
ひとしきり笑った後に、ティーカップに口をつけてノアは言う。さすがは一国の第一皇太子、紅茶を一口飲むだけでも目を奪われるような優雅さを感じさせる。フェリシテにせがまれて、ノアはカチャリとも音を立てず、カップをソーサーに置いてから再び唇を開いた。
「ルシエール国では輪廻転生論が一般論として語られているだろう?同じ魂が何度も生まれ変わっていると」
「うん、姿かたちは変わっても本質である魂は不変だとかなんとか……」
「そう、だから魂から愛した人は次の生まれ変わりでも同じ魂を愛する、らしいんだ。つまり、フェリーの言葉で言えば、前世からの運命の人は存在するかもしれないってこと」
「私が考えてたこともあながち間違いじゃないってことね!」
嬉しそうに目を瞬かせ両手を合わせるフェリシテに、ノアは困ったように笑った。
「そうだね、ただそれだとやっぱり僕は困るけど」
「どうして?」
「だからフェリーの運命の相手が」
「ノアかもしれないのに?」
言葉をかぶせるようにフェリシテが言い、悪戯に笑う。今度はノアが顔を赤くする番だった。
「くそ、謀ったな」
「ふふん、なんのこと?」
ノアは赤面した顔を隠すように、白い手袋をはめた手でくしゃりと前髪を搔き毟り目を伏せた。珍しいノアの照れ顔に、フェリシテは満足げに口元に笑みを浮かべる。
「まぁ、前世なんてあったところで記憶がなくちゃなんの意味もないものね。今はノアと幸せになることだけ考えることにする!」
「うん、絶対に幸せにするよ」
家が決めた結婚ではありながらも、フェリシテとノアの間には確かな絆があった。
(そうよ、運命の人がいたところで私にはノアがいるもの)
一度でも、いるかどうかすらわからぬ運命の相手とやらに胸をときめかせ、探し出してみたいなどと考えていた自身を恨めしく感じる。フェリシテには大切な婚約者がいるのだ。退屈を凌ぎたいのであれば他で探すべきである。
(そういえば、もうすぐ建国記念日だっけ。市街地のほうでは一週間くらいかけてお祭りをやるとかなんとか……)
「……リー、フェリー?」
「あ……ご、ごめんなさい。ぼーっとしてた」
「珍しいね、建国記念日のドレスはこっちで僕のと一緒に仕立てても構わない?」
「うん、お願い!」
ついそんなことを考えてしまっていたからか、ノアの話にも上の空になってしまっていたらしい。慌てて頷いたフェリシテに、ノアは微笑んで頷いた。
(よし、決めた。今年はお祭りにも行ってみよう、何か刺激的な体験ができるかもしれないわ)
フェリシテは人知れずそう決意した。それが彼女の運命を大きく変えることになるとは、今は誰も気づいていなかった。