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一番幸せな女の子

 この世は、輪廻というもので成り立っているらしい。人が生まれ、寿命が尽きては、同じ魂を持ったまま別の器に生まれ変わる。それが繰り返されて今の私たちは生きているのだと。


(……なぁにが輪廻転生よ。だったら前世の記憶の一つでもくれればいいのに)


 フェリシテは、辟易としながら頬杖をついてアーチ窓の外に広がる庭園を眺めた。

 彼女がこの世に生を受けたのは今から十五年前のこと。皇国唯一の公爵家に生まれたフェリシテは、たいそうその誕生を喜ばれた。幸福を意味するフェリシテという名を授かり、この国で一番の幸せが約束された女の子だった。


(第一皇太子との婚約、部屋がいくつあっても足りないほどのドレスに宝石、生涯をかけても使い切れないほどの財産、ねぇ……)


 国中の女の子が欲しがるもの全てを与えられた存在、それがフェリシテだ。だが、彼女は与えられるだけの人生に退屈を抱えていた。


「フェリシテ様、頬杖をつかれてはなりませんわ」

「何よ、リル。あなたしかいないんだからいいじゃない」


 そうフェリシテを窘めたのは、彼女の乳母であり公爵家のメイド長であるリルだ。フェリシテが寝返りを打つよりも前から彼女の世話を焼いていたリルは、フェリシテが心を許せる数少ない人間のうちの一人だった。


「そういうわけにもいきません。フェリシテ様はこの国の国母となられる方なのですよ、いつでも完璧であり民の見本とならなければ」

「はいはい、分かってるわよ。こうすればいいんでしょ」


 フェリシテは仕方なしに頷き、頬に添えていた手を膝の上に戻した。同時に背筋もしゃんと伸ばして顎を引く。唇には柔らかな微笑みを浮かべ、その姿はまごうことなき公女そのものであった。


「こうしているほうが楽だなんてね。素晴らしい公女様のこれまでの血の滲むような努力がうかがえるわぁ」

「当然ですわ」

「……でもね、それは全部与えられてきたものをこなしてきただけに過ぎないでしょう?だから時々思ってしまうのよ」

「フェリシテ様……」


 フェリシテの下瞼に、長い睫毛が影を落とす。何よりも大切に育てられてきた彼女だが、それは同時に不自由をも意味していた。綺麗な鳥籠の中で飼われることは、必ずしも幸せになれるとは限らない。リルも、ずっと傍でそんな彼女のことを見守ってきたのだ。気持ちが分からないわけでもなかった。慰めようとフェリシテの肩に手を伸ばした時のことだ。


「どうして私ってこんなに美しいのかしらって!」

「……はい?」

「いやね、確かにこの美貌はお父様やお母様、神様が与えてくださったものよ?でもこの美しさは頑張って手に入れられるものじゃないもの!」

「はぁ……」


 自慢げに顔を上げ、高らかに笑う自身の主を見てリルは一瞬でも同情したことを後悔した。そうだった、自分の主人はこういう人だった、と肩に伸ばしかけた手で顔を覆う。

 しかし、否定のしようもないほどフェリシテの美しさは確かだった。腰まで伸びた銀髪は艶やかで、枝毛の一本もない。ぱっちりとした大きな瞳には宝石のような碧が覗き、白く陶器のような肌にふんわりとローズに滲む血色は儚さと快活さの両立を図っていた。そんな主人を着飾る時間は、リルにとっても至福のひと時であったのだ。


「ほら、ふざけていないでください。もうお茶の時間はおしまいですよ」

「ええ?!まだマカロンが残っているじゃない!」

「フェリシテ様が自慢げに話されている間に、食べる時間がなくなってしまっただけでございます」

「うぅ……」


 ティーセットを片付けられて、フェリシテは仕方なく席を立つ。お茶の時間の後は妃教育の時間だ。


(運命の人がいれば、いいのに)


 フェリシテは、再び窓の外を見やった。さすがにこの齢になれば、自分の貴族としての役目も理解しているし、敷かれたレールの上を従順に歩いていくことにも納得している。でも、どうしようもない退屈をどうにかしたかった。人生に刺激を求めてしまう。たとえば、前世からの運命の人がこの世界のどこかにいてその人を探すとか__。


(……なんて。さすがに馬鹿げてるわね、リルに話したらまた叱られちゃう)


 長い髪を上品に靡かせて、フェリシテは部屋を後にした。

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