ep.9 ep.8の続き
「四十川の死因をあれこれと議論をしても机上の空論で終わりかねない。ここはまず、手堅く周囲の人間関係を探るのベストじゃないか」とヤマナシくんは打診する。
「そのことなんだが、情報と呼べるようなものをすべてを取り揃えたわけじゃないんだ」
僕は自分たちの手際のわるさについ苦笑いを浮かべた。
しかし、咄嗟に西原が口を開いて、「情報がないこともないの」というとヤマナシくんは「なら、お聞かせ願おうか」と食いついた。
「まずもって、あなた自身。四十川さんについてどれくらい知っているの」とヤマナシくんに対して問いただした。たしかに四十川の件は知っていても、彼女の自身を知っているかはまた別の話だろう。
「どれくらいと言われても今回の一件で初めて知ったよ」と彼はひょうひょうとして感じで喋る。
その感じに、四十川を知らずにああだこうだと言っていたことも不服だったのか。怒りはせずとも、西原は少しばかり顔を歪めるように引きつらせた。
「そうか。なら彼女について少し話す必要がありそうだな」と僕が名乗りを上げるように西原の前に出た。
体に憤怒が浸透している西原をこのまま野放しにしていたら、爆発しかねないので僭越ながらも変わりに僕が喋ることによってヘイト管理に徹する。
「だめよ。あなたじゃ四十川さんのことは何一つとして喋れないでしょ」と言われて心外であった。
別に喋れなくはない。喋れる量が少ないだけで、知識ゼロということではないのだから、何一つという表現は僕には適していない。言うなれば大して喋れないというのが正しい評価である。
それにしても血相をかいていたと思っていが、案外しっかりとした心持ちだったようだ。感情に靡かれていたわけではなさそうだ。
「彼女について、私の知る限りのことをあなたに教えてあげる」とさっきの仕返しなんか煽るような言いぶりであったが、彼はそれに動じもせずにいる。
<傍白>
私と彼女の出会いについて語ることはないと思っていた。
彼女の関係を語るということは彼女とのラブレターのやり取りを明かすようなものであり、私たちの秘匿事項を赤裸々に語ることに等しい。しかし、いま彼女の無念を晴らす上でそういったことは気にしていられない。彼女の救済のためだと意を決している。
入学したての時期に、私は少し鬱々としていた。
単にクラスに馴染めるのかとか、誰と仲良くなれそうとかという平凡的な悩みではなく、人という存在を信じられずにいたことと、男性恐怖症とでも言えばよいのか。常に個としての男子ではなく、全般的な男性に対して強い忌避感を覚えていた。
「そのために私は常に自閉的だった」し、それが一番手っ取り早く人を疎外できた手立てだった。
我関せずが、他社からも接触を極端に減らせる方法だったのは間違いなかった。
しかし、「そんな中で彼女は私に手を差し伸べてくれた」。
「けれど、最初はその手を取ろうとは思わなかった」。「なぜって、そのころは猜疑心にうもれていた私が人の善悪など見分けることは不可能だったと思うから」。常に相手の真意をを伺った、試した。今思えば嫌なやつだったことは自覚できている。けど、それでも彼女は粘着質というよりも、もはや溶接でもしてきているかのように再三と同じようにつきまとってきた。
「とにかく明るい子でこっちが眩惑するほどだった」
―――けど、それが普通に怖かった。恐怖心をつねに煽がれているようで、あの面のうちに何かがあると思えるほどに。
私は意味がないと、思うよりも止めてほしいと切に願った。だからといって私は自分から「止めて」と強気に出ることはできなかった。
もしも、そう言って彼女たちに余計に笑いものにされるのが怖かった。エスカレートーすると思ってた。
私は常に彼女たちの見世物で、彼女たちの鳥籠にしまい込まれて弄ばれる存在だと思っていた。
けど、彼女だけはそうじゃなかった。彼女は彼女たちも叱ったし、私も叱った。
「常にみんなに対して平等でだったと思う」
今どき平等なんていうのは大人のでまかせとでも思っていたけど、彼女はその言葉通りに歯向かおうことができて、籠などにしまい込めないほどの大鷲のようだった。
「それに頭も良かったから・・・」
小鳥のような私を庇護してくれる優しい鳥で、彼女を倣えば、ひな鳥が独り立ちするときにその業を知っているように私も鳥籠から出れると思ってしまえた。
気づけば、「私は四十川という人物を気の知れた人だと思ってしまった」。けど、彼女はひとりでに死んで逝ってしまった。私は彼女の真意を知っていると誤認していたんだ。
「私を助けてくれたのに彼女を助けることはできなかった。それが私の心思いだ」
私の一人語りを終えると、少しの間の静寂を切り開くようにヤマナシくんが口を開いた。
「よく出来た人だ。まるでレオナルド・ダ・ヴィンチが描いたのような精巧な人間だ」とヤマナシくんは小賢しく言う。
「概ね。僕も彼女の意見に同意だ」と岸峰くんがいうと、彼は私以上に何かを知っているようでそれが疎ましく思えた。
「しかし、そういった人物は往々にしてやっかみを受けるっていうものだ」
「やっかみ?」と私は首をかしげた。
「水清ければ魚棲まずだな。四十川は体裁を整えすぎたといっても過言ではないかもな」と岸峰くんがいうこと一言に私は意識を向いてしまう。
「あなた達はやっかみを受けて自殺したと言いたいの」
「そういったことも考えられるよねというだけの話さ。まずもって自殺だったのかも、君は疑っているわけだろう」とヤマナシくんに言われると釈然とはしないが、言い返せなかった。言い返せるだけの情報はないし、不確定要素でどうこう言っても意味がないとわかっていからだ。
「それにうちのクラスメイトの話じゃ、一部の女子からも内々で反感を買われていたようだったしな」と岸峰くんが言葉を付け足すと、
「いっそうとなって彼女の死んだ動機が深くなったな」
ヤマナシくんくんはかなり岸峰くんの言葉に食いついてきた。そしてかなり機嫌が良さそうだ。
「僕からみたクラスはそうは見えないんだよな」と疑問を含んだような嘆息をこぼした。
「あんたが知らないだけでしょうが」
やはり、こいつにさっきの「概ね同意するよ」という回答が後々になって胃を煮出す材料となりはじめた。
「というと、やはりクラスの女子の派閥は疾風怒濤であったと?」
「さすがに表立ってではそこまで荒れ狂ってはいなかったけど、裏では冷戦状態よ」というと岸峰くんは自分ごとではないはずなのに体を小刻みに震わせた。
彼に対しては鈍感なやつと思いながらも、彼のような小心者だったら、女子社会ではやっていけないだろう。どっかしらで区切って、見捨てていかないとすべてを受け入れてしまうような人間は私みたいに痛い目に遭う。
「君たちのクラスがどうあれ他殺だった場合、容疑者は一様にかかっている。可能性としては君たちも入っているわけだが―――」という言葉には反論をしようと思ったが、彼はその合いの手をいれる間さえも与えずに、「だがしかし、学生が学生を手に掛けるなんて考えたくもないことだけどね」というと私の反論する意思は薄れて、ストンと胸の底に落ちて気持ちが片付いてしまった。
「まずは、言うまでもないだろうがクラスメイト一人ひとりに当たっていくのが妥当だろうね」とヤマナシくんの他人行儀な言い方には腹がったが、それでも彼はクラスメイトよりかはよっぽど協力的な人間であることには変わりない。
それに彼の言う通り当面の課題はクラスメイトからの事実調査にほかならない。多角的な意見から調べて、信用性のある応えに行き着くにはやはりそれが一番の経路だろう。
「迂直の計。君たちがやろうとしているのはそいうことだよ。また、情報があったらぼくのところを尋ねてくれ、一枚噛んだ仲だしぼくも興味がある」と心底、ヤマナシくんのにやついた笑みが靄のように顔にかかっている。
「あぁ、そうするよ」と岸峰は私の意見を一切求めずに二つ返事で応えやがった。
「じゃあ、待ってるよ」と終始、あのいけ好かない顔で私たちを見送った。