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彼女がいなくなる頃に  作者: 春と芒
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ep.8 *

 校舎の中は寝静まり返ったかのように、静謐な空間のようであった。

 昇降口向かってすぐに見える大々的な掲示板には数多の勧誘ポスター―――留意していただきたのは決して部活動が機能していないわけではないのだ。ただ愛好会などと比べて部費という財源を持ちながらも、あまり目立った功績を残していないというだけにすぎないのだ―――と生徒会からの諸連絡や市警からの注意喚起のポスターが満遍なく貼られている。

「コーラス部の発声の一つでも聞こえてきてもいいとは思わない?」と彼女自信もこの掲示板にはそぐわない部活動への希薄さを嘆いているようだ。

「ただ、今日に限って部活がなかった。それだけだろ」と肩を持つわけではないが、心の内でここまで罵倒していると、なぜだか部活動を庇護してやらなければとつい思ってしまった。

「それもそうね」と彼女は納得した様子だった。

 私服で上履きを履くのは小学生ぶりであった。高校生とい言うものになってからは小学生の時分が、どうも自分の中で小学生のころが全盛期だったというように、単に記憶から思い出すのではなく懐古してしまう。  

 廊下のビニール製の床とゴムの靴底がうまく噛み合わずにキュッキュッと音を鳴らし、閑静な廊下の辺り一体をその音で占める。

「例の役に立つっていう人はどこにいるの」と廊下を歩きがてら彼女はそう言ってきた。

「たぶん、旧校舎」とだけ答える。

 実際、今日いるかどうかもわかったことじゃないが、それでも知らないやつの家を尋ねるよりかは学校にいることに賭けるほうが、損耗した体力ともいい釣り合いだろう。

「旧校舎って、今じゃ閉鎖されてるんじゃないの・・・」など、西原はいうが実際に今から尋ねる奴がそこを使っているのだから別に行っちゃいけないと言われやしないだろうと僕は高を括っていた。

 それにしても本当に校舎内が静かで学び舎だと思えないほどに人気が無い。

 

 旧校舎はベビーブーム期に作られた校舎だった。実際、学校運営側もまさか第三次ベビーブームが起きないと予測はできなかったために、無計画に建てられた旧校舎と呼ばれるD棟はもはや校舎の骸で誰一人として立ち入ることがなく、その劣化からも安全性のために立ち入りを禁止しているなんて言うことも聞いたことはあるが、別に明治期とかに作ったようなものでもないし、出入り禁止とはいっても通行を妨げるような施錠があるわけでもないために、使っている生徒も少なくないと聞く。

 それを知らない教師でもあるまいだろうに、体裁としては禁止とは言っているが、取り締まりの面倒なためにかなり規制は緩めであるというのが現状だろう。

 B棟から続く渡り廊下を経て、年中開いている扉を開けば埃っぽいD棟もとい旧校舎の到着である。

「D棟には初めて入ったわ」と彼女はその古びた残影を真新しく見ている。

「ここの二階だ」と僕は手近な階段を使って二階へと上がった。

 机も椅子もない拓けた荒廃した教室の横を素通りして、目的の場所へとたどり着いた。

「カーテン」と彼女が首をかしげた。

 廊下側につけられた黒地のカーテンをみて、不思議に思ったのだろう。さっきまでどこの教室とってもカーテンなどいう遮蔽物はなかったのだから。

「どうやら今日は住人がいるようだな」とさも得意げにして話した。

「住人って何よ」と彼女はこちらに訊いてくるが百聞は一見にしかづ、見てもらったほうが早いと思い、早速扉を開いた。

 白いレースのカーテンが外気によって舞って、その間を陰気を引き裂くようにして光が差し込む。そんななかで一人の生徒がキャンパスと向き合っている。

「例の住人さ」と僕は紹介すると、声に気づいたのか。住人はこちらに振り向いた。

「どなたかは知らないが、何用だ」

 日にあたって乱反射する銀メッキされた白髪頭は、彼のアルビノという特異体質なまでであり、肌の色は瑞々しいように白く透き通っていて、白い虹彩はまるで人の心を見透かしてくるほどに幻惑で、その三白眼から放たれる鋭い視線は全てを勘ぐってきそうで印象がよいとはいえない。

 急な訪問者にも動じた様子ではない。それは単に彼がそういった急事に対して慣れているということもあるのかもしれないが、一方で彼は弱視なのである。我々の存在を耳づてで聞いているのだ。

「いきなり尋ねるようですまない」と僕が語ると彼は顔を丸くするように笑みを浮かべて声をたどりにこっちへと振り向いた。

「別に構わないよ。白色を眺めるっていうのにも飽きてきたころだったからちょうどいい遊び相手ができたところだ」と彼は常にニコニコと顔をほころばせながら喋る。

「彼って・・・」と西原も彼の実態は知らないにしろ、なんとなくは察しが付いたようで僕の耳許でささやくようにして喋るが、聴覚に長けた彼にとっては造作もなく盗み聴いていたようで、

「そうだよ。僕はアルビノなんだ」とその特異性をさも得意げにして話す。

「そ、そうなのね」と彼女は少し気まずそうにして言った。

「お二人と会うのは初めてかな」と彼は白の輝きのような一燦とした笑みを浮かべながら、首をかしげた。

「こっちは一方的に知っているが、月見里(やまなし)さんからしてみれば知る理由もないよ」

 彼はクスクスと笑って、「僕の名前を知っているんだ。有名人にでもなった気分だよ」

 彼は学校全体的に見ても有名人であることには変わりない。アルビノという性質上、否応でも目立つ存在である。しかし、彼はそれを気にしている様子はなかった。むしろ、今になって自分という存在が他者に認知されたかのようにはしゃいでいるようにも見える。

「僕のところまで尋ねてくるほどまでの用事とは一体なんだい」

 その顔にたがわず、彼は人並みよりも明敏な頭の持ち主だ。

「早速で悪いんだが、四十川といううちの生徒を知っているか」と訊ねると白眉をピクリと動かした。

「聞いたよ。自殺だったらしいじゃないか」

 やはりその情報は言うまでもなく、この学校の生徒なら全員知っていることだったようだ。

「で、その四十川さんがどうしたんだ」と早々と質問の意図を読んでき始めた。

「僕たちはその四十川の死の真相を知りたいんだ」というと彼の笑みは薄気味悪く、気分でも変わったかのような黒い笑いを浮かべている。

「四十川さんの死の要因は自殺だったんだろ」

 彼の顔をは真顔そのものになり、まるで能面のように独特な怖さを醸し出す。

「巷の噂ではそうらしい」

「出元がしっかりとした場所じゃなかったのか」

 少し興ざめのようにがっかりしている。

「それじゃあ、自殺っていうのあくまで噂の域をでないのか・・・」

 やはり、彼はこの件に関してすこし推理ゲームとでも思っているかのように楽しんでいるようにも見える。

「彼女はそんな自殺なんてするはずはないわよ」とさっきまで小さい声で喋っていたために、大きな声を出した西原に月見里は驚いたのか腰を抜かしたように顔がこわばった。

「驚いた」と一言だけ言ってから、彼は普段通りの顔つきに戻る。「そうわいっても、火のないところに煙は立たないというだろ。何らかの根拠がなくっちゃいくら噂といえども、こんなに広まらないさ」

 彼は自殺の線には一定の考える余地を見出しているようだった。

 確かに、僕たちが彼女の死因にいくら伺っているからといってもここまでの広がりようは何らかの裏がありそうなのは確かだ。やはり、おいおいにはなるだろうけど、僕の知らない四十川のバックグラウンドも調べる必要がありそうだ。

「根拠って・・・」

 西原はそこまで考えが至っていなかったのか。自分の浅はかさを思い知らされてなのか。その顔には憮然とした表情がありありと刻まれている。

「ぼくは君たちが一体どこまで調べ尽くした(はいりこんだ)かは知らないけど、下手すると死者への冒涜になりかねない」

「それは言われずともわかっている」

 特に西原なんかはその最たる結果の渦中にいる。彼女は身を持って知る羽目になったのだから。

「けど、どうしても私は彼女を救いたい」

 西原は少し感情的になっているのか。体を前のめりにして、顔も少し紅潮とさせている。こみ上げた気持ちを吐露するかのように必死さが体が溢れ出ている。

 それを月見里は肌でも感じたかのように「そうだ」と脈絡もなく声をあげた。僕はその声に目を丸くさせてしまった。

「立ちっぱなしで長話をするのもあれだ。どこかに椅子があった気がするんだが・・・」と彼は動こうともせずに頭で考え始めている。

「教室の中には椅子っぽいそれは見当たらないが」と俺が報せてやると、月見里は「そうか、それは悪かった。一人だけ座っているのは申し分ないな」と面目なさそうだが、もともと予定していなかったのだから構ってもらえるだけで十分だった。

「そこまで長話をしようって言うんじゃないんだ」というと西原が僕を睨んできた。彼女の意図は分からないが、その険のある表情に気後れしそうだ。 

 月見里は気を取り直して再び話の路線を戻した。

「それでだ。ぼくの持論は死者は救えないと思っている。けど、死者が無念あると思えるのは死者を思う優しい心の人だけだ」

 月見里は西原を諭すようにしてはなした。ほんとに何から何までを見据えている彼の慧眼のような心眼には恐ろしさを勝って心いる。

「ぼくもできる助力はしよう。報われない死者ほど憐れなものはないからね」と、彼はこちらを懐疑的させるようななんともいえない笑顔だった。

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